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チャプター17.いってきます


 おらの中で答えは出てた、まるで最初っから決まっていたかのように。

 世界は救うべきである、と。

 ── 恐ろしいぐれえに、迷いはなかったんだ。


「……それは、おらの意思なのか?」


 自問自答をしながら、誰もいない廊下を進んでいく。

 作り物、その言葉が頭を離れてくれない。


「この決意もなにもかも、全て偽物(つくりもの)じゃねえのか」


《本物の家族に会えるかも》


 頭の中でさっきのシアウの言葉が響く。


 じっちゃんを思い出した。

 世界を元に戻して、おらの本来の映画を見つけたら?


 きっと彼処には帰れねえ、じっちゃん、村の皆に会えないはずだ。

 それなのに。


「なんでだよっ!!」


 胸はしめつけられるのに、涙ひとつすら出てこない。

 おらの設定(からだ)は仕方ないと割り切ろうとする。

 こんな時ですら頭が冴えているのが。

 …… 忌々しい。


「……ちくしょう」


 しばらく歩くと、空いたままの扉が目に入ってきた。


 扉の横にはってある絵には、鎧兜と知らない男が対峙してるんが描かれている。

 これが、おらがいた世界の"本来の主人公"だろうか。


「……おらたちの出てきた部屋か」


 しばらくそれを眺めて立ち止まると、おらはふらりの中に吸い込まれていった。


────────────────


「真っ暗だな」


 中に入ると真っ暗でしんとしていた。


 さっきまで、一筋の光が中央にあったはずだったが。


「……あっちだったよな」


 記憶を頼りに、光の出ていた根本だったであろう場所に目をやる。


 大きな絡繰に、黒く平べったい円形の何かが差し込まれている。


「ふぃるむ」


 フーディから聞いた特徴とおんなじだ、あれが映画(せかい)の入れ物か。

 じっちゃんの顔がまた頭に浮かぶ。


「じっちゃん、そこにいるんか」


 近づいて声をかける。

 返事なんてくるわけねえはわかっていた。


 それでも寂しくて。

 おかしくなれなすぎて、おかしくなりそうで。


 頭に乗せてもらった、あのごつごつとした手のひらが恋しかった。

 絡繰の上に飛び乗ると、フィルムに向かって手を伸ばす。


「みんなもそこに……んだぁ!?」


 何かに足をもつれて、おらは絡繰の上からずるりと滑り落ちてしまう。


「いててっ、こ、こぶ出来てねえよなぁ?」


 むくりと起き上がると頭を摩りながら、フィルムの方に目線を戻す。


「なっ!?」


 差し込まれたフィルムが、おらたちの世界がぐるぐると回っていた。


「ま、不味いんじゃねえかこれ!!」


 映画の中にいる人が目を回してしまうのではないか、中で天地無用になってしまっているのではっ!?


「止め、ねえ、と?」


 絡繰を止めようと慌てて飛びのると、さっきまでは無かった光が放たれてるのが見えた。

 光が照らしてる先を目が追っていく中で。




『── おめえさんどうしたんだべ?』




 懐かしい声が聞こえたんだ。


『なんだ迷子か?こりゃまた変わった髪色に耳をしとるなぁ、着物も見たことがないもんだ』


 正面の大きな布に灯りが当たって色をつける。

 じっちゃんと誰かが、森の中にいるのが映し出されている。


『喋れんのかぁ?ワシの顔が怖いか?いや逃げていかんしなぁ』


 見覚えがある、あれは"昔のおら"だ。


『随分とぼろぼろじゃないか、おいで』


 差し出されたじっちゃんの手をおずおずと握り返す画面の中のおら。


「これは、おらが拾われた時の……」


───────────────


 ガランとした沢山の座席。

 そのうちの一つにぽつんと座りながら、おらは映し出されている過去を見つめていた。


『名前もわからんのかぁ』


「映画ってのはこんな感じか」


 現実の人達も、こうやっておらたちを見ていたのかな。


『ならおめえの名前は美桜(みお)だ!綺麗な桜色の髪と目だからなっ!ははっ!!』


「……じっちゃんは変わらんなぁ」


 昔のおらを抱き上げてじっちゃんが笑う、その姿をみて顔が綻んだ。


 異変を解決したら元通りになるのでは?

 何故おらが映し出されているのだろう。

 直るのに時間が掛かるのだろうか。


「……懐かしいなぁ」


 次から次へと場面は切り替わる。

 じっちゃんとの日常、みんなと遊んでみたいと憧れるおら。

 村の子供たちの拒絶。


 この頃は良い思い出ばかりで無いなと苦笑い。


「心の声まで聞こえるんだな」


 中にいた頃には、わかんなかったものまで聞こえてきた。


 得体が知れない、怖い。

 そう村の人たちにこの頃は思われておった。

 改めて聞くと多少くるものがあったが。

 …… いつもとおんなじだ。


 感情はあれども少しの寂しさを感じるだけ、それ以上は届かない。


『誤魔化すな着物に血がついておる』


『誰にやられたんだ美桜』


 じっちゃんが初めて怒った日が映る。

 慌てたよなぁ、流石に。


 ……悪いことをしたと思ったんだ、心の底から。

 それでもこの時ですら。


『なんで、毎日必死こいて、頑張ってるおめえが…悪い事をしてねえ、こんなちいさな子が……自分を責めにゃならんのだ………何故だ……何故……』


──── 涙は出なかったんだ。


 抱きしめて泣いているじっちゃんの顔を見つめて。

 昔のおらは、申し訳なさそうな顔で抱きしめ返している。


 "本当"に大事に想っている。

 "本当"に大好きなんだ。


 ……… なのに、なんで。


「ほんと便利な設定(からだ)だよな」


 おらが思った本物(こころ)を否定するように、作り物(からだ)は平静を保とうとする。


「……なにもかもが、偽物で」


 だけど世界を救うならちょうどいいだろう。

 最初から決まっていた答えを選べばいい。

 ……悪いことではないはずだ。


 皆を救える、帰る場所も見つけられる。

 そうだ、それで ────



《── おまえがどんな存在であろうと構わない》



 おらの心の声を、じっちゃんの心の声がかき消した。

 あの時の叫びのように。



美桜(みお)



 おらを抱きしめるじっちゃんから溢れた。

 中にいた頃には知らなかった台詞(こころ)



《どうか、幸せに》



 静かな部屋に

 ── ぽたん、と雫のこぼれる音がした。


 画面の中のじっちゃんが泣いているからそれかな。


 ……なんか、おかしいな。

 視界がぼやけている、前が見づらい。

 

 なんでだ?


「……ん、だぁ……?」



 ぽたん、ぽたん。

 音は止まらない、画面はもう次に移っているはずなのに。


「……おら、なんで……?」


 その涙は。


「えるふ、なんだろ……?」


 おらの目から、溢れていた。


「そういう作り物で、なのに」


 打ち解けた村の皆との、幸せだった時間が流れる。


『美桜遊ぼうぜーーっ!』


『美桜ちゃん、この花の蜜甘くて美味しいんだよぉ、吸ってみて?』


『次は美桜が鬼なっ!!』


 感情がまとまらない……悲しい?苦しい?


 ……ちがう。


「……ちがう」


『またなーーーっ!!!』


 これは、すごく、あたたかい。


「…… たしかに、おらは、おらたちは作り物かもしれねえ」


 だとしても。

「だとしても」


 ずれていた、身体と心がおんなじになっていく。


「それを見て感じた感情(こころ)は」


 はじめての涙を握りしめて、おらは呟いた。



「── ぜってえ、"本物"だ」



 故郷の村から旅立ったあの日が映る。

 村のみんなが昔のおらを見送ってくれている。


『一人でいくのかよ、やっぱり俺もぉ……!』

『大丈夫だって、皆がいりゃあ村も安心だしな、ここを頼むべ』

『旅先で変な扱いされないかねぇ、髪色が不可思議だし』

『最初はみんなだってそうだっただろ!』

『そりゃそうか!はっはっは!』


 村のみんなと軽口を叩きあって、笑っている昔のおら。


『んじゃま、日ノ本ちょっくら平和にしてくるべ!』

『気をつけてな、風邪をひかんように、夜は早く寝るんだぞ』

『むーっ、おらもう子供じゃねえぞ!じっちゃん!』

『子供さ、いつだって』


 じっちゃんも笑っている。


『……ワシの大事な一人娘さ』


『!! そうか、そうだよな!へへっ』


 昔のおらは村から巣立っていく。

 それに皆が手を振る。


 心の声がまた聞こえる、村の皆の声が。


《旅先でも元気に笑っていてくれよ》


『美桜ーーーっ!!!!』


『なんだあーーっ!!!!』


 もう。


『またなーーーっ!!!!』


 この旅に出てしまえばそこには帰れない。

 そのまたなには、永遠に答えることは出来ない。


「……それでも、おらはこの世界を助けてえ」


 映画を観て、こんな気持ちになったであろう観客たちを。


 なにより、画面の向こうで手を振ってくれている。

 作り物だけど、本物の家族を。


「だって……おらやっぱ……皆の笑った顔がっ……大好きだからさっ……!!」


 嗚咽を必死に止めて、伝えようとした。



『いってらっしゃーーーーい!!!!』



 皆をみて、昔のおらは笑顔で手を振りかえす。


 …… おらも、いま笑えてるんかな。

 しまらねえなぁ。

 心配させるような顔、してねえといいんだけど。


 迷いはもうない、頭にも、心にも。



『「いってきます」』



 嗚咽混じりの同じ声が、その声に重なった。

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