【第八十七話 ベッドの数が足りません】
「ははぁ。街が、ねぇ……」
「ああも簡単に操られるものでしょうか」
食卓の横で正座をさせられているロムレスとヴァレンティノスが、互いに顔を見合せていた。
頭部には特大のたんこぶが浮かんでいる。
セスが右手をヒラヒラさせながら、アリスに視線を向けた。
「確かに、その服は茨の劇団のもので間違いないな」
「母さん、茨の劇団って?」
ロニアが、口元に付着した魚のスープを拭きながら、首を傾げて言った。
「テンプル協会の傘下――とまではアリスが言ったとおりだ。レサルエ大陸はただでさえ広い。各地域の治安管理は、テンプル協会だけでは手が回らん。あくまでメインはクリスタリアにあるからな」
「つまり、北部の自警団みたいな感じ?」
「大方そんなものだ」
セスが、肩越しにロムレスをチラリと覗いた。
くるりと波打つ白い前髪を、指先で回している。
瞳は俯き、いつもの陽気さはない。
まるで思索に耽っているようだった。
「どうかなされましたか、ロムレスさん」
「ん? ああ、いや。まだ預言者ちゃんの言った人数に達してねえなって」
「前々から思っていたのですが、その預言者とやらはどこのどいつです?」
自身が作り上げてしまった紫色のスープを啜りながら、ローラは忌々しげにため息を零した。
「……ワタシがこんな因縁の館に押し付けられたのも、アナタの里帰りも、どうせその預言者とやらのシナリオ通りなのでしょうね」
ローラのぼやきに、ロニアも内心で同意した。
「だよね。ボクも気になってた。時々、ヴァレンおじさんとの会話でも聞いたからさ」
「あぁ……それがな。キルちゃん、言ってもいいか?」
ロムレスが眉を八の字に曲げ、ヴァレンティノスを見る。
ヴァレンティノスは目を閉じながら、かすかに頷いた。
「まあ、言うだけなら良いのでは。遅かれ早かれ、向こうからやってくるのです」
これ以上騒がしくなるのか。
ロニアは心の底で感じていた、どこかほろ苦い感覚を嚙み締めた。
どうせ来るにしても、自分のように静かな人がいい。
「十二神徒ってのは知ってるよな?」
ロニアは、カレンと瀕死のリウを見る。
カレンと目が合って、つい視線を逸らした。
あの夢を思い出してしまったのだ。
彼女が、ロニアの細い腰に手を回した。
「う、うん。カレンとリウのお兄ちゃんが、それやってる」
「へぇそうかい――ってはぁ!? どうなってんだお前の人脈!?」
「それをボクに言われても……」
十一席、熱心党のサイモン・フランカ・クリスチャン。
第二席、激流の蛟星軒。
どちらも強力な戦士だった。
特に星軒に対しては、出力を落としていたとはいえ、聖剣エレクシアを振るうリウを圧倒していたのだ。
そして、ロムレスがこの話題を出したということは――
「わかった。その預言者っていうのも十二神徒なんだよね」
「鋭いな。第四席、洗礼のヨハネちゃんだ」
「ああ、どうりで」
口を挟んだのはセスだった。
「えっ、母さん知ってるの?」
「ん、ああいや。親が知り合いだったんだよ。今のバプテスマはどうか知らないが。私の名前も、預言者に付けてもらったそうだぞ」
占い師かよと、ロニアがボソッと呟く。
「だがなあ……。問題があるんだわ」
ロムレスが顎髭を撫でながら、天井のシャンデリアを見つめた。
時が止まっているように静止している灯りが、ロニアたちを淡く照らしている。
「問題って、何が」
「ベッドの数が足りねぇんだよ。客室はもう一杯でよ。誰か二組は相部屋になるなあ」
ロムレスがロニアを見るも、背後のカレンから感じる冷たい圧に苦笑しながら目を逸らした。
「ま、待ってくださいよク――お兄様。まさか、この雌牛と夜を明かすつもりですか? ロンド家はそんな場所ではありません。ワタシが夜通しで監視してあげます」
ローラがジト目で凄み、ロニアの右腕を掴んだ。
カレンがロニアの腰に回した腕の力を強め、見上げれば彼女は赤面していた。
薄茶色のセーターに浮かぶふたつの双丘が、視界の半分を占めていたものの。
「あ、なら拙者と一緒はどうでござるか?」
「ワタシが却下します。お兄様は、足らずの美学を知るべきです」
「なにさ、その足らずのなんとかって」
ローラが控えめな胸を張り、鼻を鳴らした。
純白のアホ毛が、ぴんと立つ。
ロニアのものも共鳴するように浮いた。
「ふんっ。そこの雌牛やアマクサのようにデカいだけでは、真の美にたどり着くことはできません。ワタシや、そこのマチィナさんのように極限まで削ぎ落したボディこそが完璧なのです」
「ほえ? 私もなのです?」
ローラが椅子から飛び降り、コツコツと足音を鳴らしながらマチィナの隣に駆け寄った。
そして、彼女の手を力強く握る。
首を傾げるマチィナの頭部にはまるで、ハテナが浮かんでいるようだった。
「そうですよ! まさしく、アナタは完璧の肉体の持ち主! ミス・パーフェクトと言いましょう!」
「……なんかテンション高くない? ローラってあんな子だったの、おじさん」
ロニアがふたりの男に目を向けるも、口を揃えて「さあ」という言葉で返してきた。
「はぁ……めんどくさ。いいよ、ボクはソファで寝るから」
「だ、ダメだよ、それじゃ姿勢が悪くなっちゃうよ! それに、添い寝は初めてじゃないでしょ!?」
さらに強く抱きしめるカレン。
圧迫され、ロニアは物理的に息苦しさを覚えた。
「……もう行くところまで行きましたか。救えませんね、このエロ兄貴」
牙を剝き出しに威嚇を見せるローラ。
酸素を求めもがくロニアを見て、ヴァレンティノスが立ち上がり両手を叩く。
「はあ。揉めるのはナシです。ロニア様は私たちと同じ部屋で、決定。異議は認めません」
さっきまで揉めていたやつが何を言うか。
ロニアはそう言いたげに、カレンとの間に生まれたわずかな隙間から視線を送った。
「む、さっきまで揉めていただろ、と? ふん。人間は学ぶものですよ」
眼鏡のブリッジを親指と薬指で触れた。
ズレていた眼鏡を正し、空になった皿をひとつずつ回収する。
そのとき、外で破裂音が響いた。
パスンッ、という渇いた音だった。
「私が行く」
「いや、俺も行くよ」
「拙者も」
三人が一斉に立ち上がり、玄関へと走る。
彼らのただならぬ背中を見て、ロニアの心臓も警鐘のように跳ねた。胸騒ぎが伝染したのだ。
アリスが先ほど語っていた、茨の劇団の男。
住人たちが次々に洗脳されている異常事態の中、ひとりだけヘラヘラと笑い、キノコを探していたという不気味な青年。
もしかしたら、本当に通りすがっただけの可能性もあると、ロニアは思考を巡らせる。
けれど――このスーノス地区に何があるかはわからない。
ロニアも慌ててカレンの腕を解き、その後を追って玄関から顔を出した。
アマクサがドアを蹴り飛ばすように開いた。
「……あれは?」
セスが、伸びてきた黒髪を後ろで結んだ。
門の前でひとりの女性がエーテル光弾と戦っていたのだ。
両手で握られた双剣で、光弾を弾いていた。
黒く、ぴっしりとしたスーツと共に、亜麻色のセミロングへアが舞う。
灰色の光弾が、飛び出てきた蜂のように彼女を狙っている。
「遅かったでござるな。預言者どのと――」
「ラティファちゃん……」
ロムレスが過去を回想するように、背負っていたクロスボウを構えた。
「ラティファって、あの十二神徒、八席の懐疑か?」
ラティファと呼ばれた女性が、開かれた玄関に気づく。
風よりも速く接近し、構える前に彼女の剣先はロムレスの喉元に触れた。
「よ、よぉ……」
「チッ、またあんたと会うことになるたぁね」
近くで見れば、彼女の目元にはシワがあった。
四十歳か、それ以上だろうか。
「知り合いなのですか、ロムレスさんと、あなたは」
「ああ、セスちゃん。こいつはね――」
俺の元カノなんだよ。
ロムレスが、こめかみを指先で掻きながら言った。




