表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/87

【第八十三話 ゲイザー】

 「ふむ。どうやら辿り着いてしまったようですね」


 夜の闇を揺らす、低い声が響いた。

 

 廊下の奥に、光る双眸があった。

 それは、雪光に照らされた眼鏡だった。

 黒い髪に、どんよりとした漆黒の双眸。


 男の着崩した白衣が、今や肩からずり落ちてしまうようだった。

 

「ヴァレンティノス……。アナタ、もしかしてタイミングを伺っていましたね?」


 冷たく吐き捨てるサタンの声色が、かすかに震えていた。


「いえ、単なる偶然ですよ。お初にお目にかかります。双子の片割れ、ロニア・ロンド様」


 ヴァレンティノスがロニアに恭しく跪いた。


「教えてよ……。二百年前に何があったか、私たちに教えてよ!」


 カレンが声を張り上げ、ロニアを胸元にしっかりと抱きしめた。

 壊れモノのように、しかし確実に離さないという確固たる信念をもって。


 背中越しに、カレンの力強い拍動を感じていたロニア。

 それでも、太鼓のように鳴り響く鼓動は収まらない。


「落ち着きなさい。真実を話したところで、今いるロニア様とローラが否定されるわけではありません。あなたたちは、確かに人間として日々を生きてきたのでしょう?」


 ヴァレンティノスが立ち上がり、ロニアとローラを見つめている。

 だが、ローラに対してはどこか皮肉の色があった。


 それもそのはず、ローラはサタンだ。

 ニンゲンとしてなどと、滑稽な笑い話にすぎない。

 ローラは眉をひそめてヴァレンティノスをねめあげる。


「二百年前の大戦争は、ここスーノス連邦が火種でした。最初は、ただの貴族同士の利権争い。醜いものでしたね」


「俺たちロンド家も、傭兵として殺し合ったんだよな?」


「ええ。確かそのはずです」


 まるでその目で見てきたような口ぶりで、ヴァレンティノスは絵画の少年たちに触れた。


「ですが、クリスタリア王国が騒ぎに便乗。事態はより複雑化し、数万人が死にました」


 カレンがロニアを抱きしめる力をより強める。

 ロニアの耳元で、「大丈夫だよ」と囁いた。

 ロニアは小さく頷き、カレンの腕に身を委ねている。


「こうしたとき、信心深い人間ならばどうすると思います?」


 ヴァレンティノスが眼鏡を整え、カレンを見つめる。

 フランカ家は、敬虔な教徒としても知られている。

 初対面だが、それでもヴァレンティノスは見抜いていた。


「……神様に祈る?」


 指を鳴らし、声を上ずらせるヴァレンティノス。


「正解。人々は神にこう祈りました。『神よ、どうか我らの敵を滅せよ』と!」


 そして、その燃えるような祈りは届いたのです。

 演説のように叫ぶヴァレンティノス。


「ルシフェルが降臨したってコト?」


 ロニアが、今にも消え入りそうな声で言った。

 ヴァレンティノスが何度も頷き、恍惚のような声を浮かべて絵画の少年を見る。


「ええ、ええ! ですが、天使の肉体には器が必要でした。そうして明けの君は作り出したのです! 自らの半身と、妹の半身を!」


「そうして生れたのが、このふたりというワケですね。サタンたるワタシと、ルシフェルたるクソ兄貴。ですが、あくまで器でしょう? 主としてのルシフェルは今どこに」


 ローラが絵画を見上げ、流れるように足元のロニアへと視線を注いだ。


 ルシフェルは今もきっと、どこかで生きている。

 サタンがローラを演じているのも、失踪したルシフェルの捜索に役立つかもと考えたからだ。

 そうでなければ、サタンの忌避する天界の連中と手を組むことはしない。


「そこまでは知りませんよ。地獄に堕ちて、()()()にでも訊いてみては?」


 眼鏡を光らせるヴァレンティノス。

 舌打ち。ローラが鳴らした。


「んで、俺みたいなのは失敗作ってことかい?」


 ロムレスが自身を指し、皮肉気に口元を歪める。

 双子の子孫でありながら、魔法が使えない。

 天使のような聖性もない。


 ロムレスは自分が何よりも劣っていることを理解していた。


「さあ。それは私が決めることではありません」


 なあ、教えてくれ。

 セスがそう言って、震える声を上げた。

 壁を叩くその拳。爪が白くなっていた。


「器に近いロニアは、これからどうなるんだ……?」


「それは彼自身が決めることです。無垢な人間として生きるか。それとも、化け物として生きるか」


 カレンの腕を掴むロニアがつんのめり、声を張り上げる。


「ボクはニンゲンだ! 化け物なんかじゃない!」


「そうだよ! ロニアくんはめんどくさがり屋で、甘えん坊で、ちょっとだけ食いしん坊なの!」


「素晴らしい信念です。ですが、心からそれを否定できますか?」


 ロニアは喉元で詰まっていた言葉たちを、一斉に飲み込んだ。


 口では否定できる。

 だがずっと昔から、鎖の存在がロニアを締め付けていた。

 自分の魂は、元から人間じゃない。天界から堕とされた『何か』だ。

 その魂が、ルシフェルのために作られたこの『ロンド家の器』に、ぴったりと収まってしまった。


『オマエは堕天使だ。化け物だ』


『ニンゲンだなんて、おこがましい』


 聞こえないふりを続けていた。

 ときどき、その鎖を振りほどいた。

 一本は引きちぎった。


 破片が、今や喉に刺さっているようだ。


「心からそれを否定できたとき、あなたは真に人間へと昇華できるでしょう。陰ながらロンド家の一員として、応援していますよ。ロニア様」


 ヴァレンティノスが口笛を吹きながら、すっかりランタンの灯った廊下の奥へと消えた。


「――ま、妹としても応援しておきます。ワタシは化け物としての生を受け入れましたから」


 元より化け物ですし。

 サタンであるその瞳を細め、ロニアに微笑みを向けた。


「……ロニア。お前には私がいる。友達がいる。そして、カレンがいる。天使だろうと、器だろうと。私たちには関係ない」


 よろめくように、セスが壁に手を当てて接近する。

 カレンごと、ロニアを抱きしめた。

 

 懐かしい匂いが漂う。

 セスが愛用している、カーネーションの石鹼。

 

 ふと、ロニアは自身のベルトに括り付けてあるランタンを目にする。


 マチィナからのプレゼントだ。


 反対方向には、カレンからの贈り物がホルスターに収まっている。

 カレンの物と同じ色をした、白銀の小さな杖。


 合体することにより、剣となる。

 天使の力を使わないようにと、友たちからのささやかな祈りが込められている。


「そうだよ。お誕生日会でみんなが言ったこと、忘れちゃった?」


「お前はロニア・ロンドだ。どんな運命が待っていようと、それを忘れるな」


 セスがロニアの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 カレンにお仕置きをされ、ただでさえ髪型がボサボサだというのに。


「まだ、ちょっと怖いけど。でも、そう思うことにする」


 ロニアはカレンの腕を両腕で挟むようにして掴んだ。

 

 目を閉じる。

 

 ランタンの明かりが、暗闇の中で踊っている。

 嫌な景色は見えない。


 カレンとセスの匂いがする。

 血の臭いはしない。


 ロニア・ロンドは、ひとまずここにいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ