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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第八十一話 初めまして、クソ兄貴】

 ロニアは、眼前に聳える琥珀色の外壁を見上げていた。

 クリスタリアの、天へと手を伸ばすような建造とは少し違っている。

 丸みを帯び、絞られたクリームのような形状をしていた。


 形式は似ているものの、目指すものは違う。

 それが、ロンド家の在り様だと感じた。

 

 ズボンやコートについた雪を払い落とす。

 ロンド家の子孫として、ペディメントへと近づく。


 額に滲む汗と、嫌にかじかむ指先。

 警鐘のように、首元を締め付ける鎖。


「ロニアくん、大丈夫?」


 不調が表れていたのか、カレンが背筋を摩ってきた。

 ロニアは柔らかな微笑を浮かべ、カレンの額に頭をこちんとぶつける。


「大丈夫。これでもボクは男の子なんだよ」


「そういう問題じゃあ……」


 苦笑するカレンをよそに、ロニアは再び正面玄関へと向き合う。

 すると、目の前には自分と同じ背丈の少女が、しかめっ面で仁王立ちしていた。

 鼻先が触れる。

 

 真っ赤な瞳と、白皙とした肌。そして、降りしきる白雪にも似た色の長髪。


「おわぁ!」


「失礼ですね、ヒトの顔を見るなり腰を抜かすなんて」


「サ、サタ――」


「アナタの妹、ローラ・ロンドです。知らないって顔をしないでくださいね。ブチ殺したくなりますから」


 ローラが、スカートの丈をつまみ、持ち上げる。

 脚を交差させ、僅かに頭を下げる。

 それは、カーテシーだった。


 しかし、一体ここで何をしている?

 ロニアの頭の中では、無数の可能性を演算していた。

 光速を思わせる速さで、なにゆえ地獄の王が自分の妹を名乗っているのかと。


 ――監査? 違う。それは天界の仕事だ。

 ――復讐? ありえない。サタンは弱肉強食の信念を持っている。

 

 まさか、愛憎?


 ロニアは、大きな溜息をこぼして額に掌を押し当てた。


「わぁ! ロニアくんの妹ちゃん!? かわい~!」


 駆け寄るカレンを、ローラはあろうことか睨みつけた。

 そして、近づくカレンの胸元を――


 むにっ。


「へ?」


 世界の動きが止まった。

 その場にいた誰もが、息を呑んだ。


「近づかないでください。この牝牛。だらしなく肥って、なんて情けない。アスモディウスが見たら喜びそうですね」


 ローラの小さな掌が、カレンの胸部の豊かに実った果実を握りしめている。

 みるみるうちに、カレンの表情が紅く染まっていく。

 アリスたちは、口をあんぐりと開けて互いを見合わせていた。


「……ちょっ、おい! ボクのカレンに何するんだよ!」


「『ボクの』? 随分と骨抜きにされたようですね、クソ兄貴(おにいさま)


「いいからその手を……放せって……!」


 乱暴に、ロニアはローラの細い腕を掴んだ。

 だが、焦りと衝撃が災いを呼び寄せる。

 ロニアは、足元の小石に気づかなかったのだ。


 そして、ローラの脚を巻き込みながら前方――カレンの方へと転倒。


 むっにゅう……。


「……もう! このバカ兄妹!」


「あぐぅっ」


「ぐえっ」


 ロニアたちは、頭部に雷のような衝撃が走った。

 険悪に見える兄妹は、ふたり揃って意識を失った。

 拳を震わせるカレン。ため息をつきながら、肩をすくめるセス。


「……なんだか、本当に似た者同士だな。あのローラとかいう子と」


「クリソツなのです……。絵に収めたいぐらいなのです……」


 ソレイユが、二人の頭部で体を伸ばし、白い橋をかけていた。


 ロンド家――客室。

 

 目覚めてすぐに、ロニアは()と並んで正座させられていた。

 背後では、暖炉がパチリと火の粉を吐いている。

 それが今は、とても冷たかった。


 ちらりと横目にローラを見ると、同じく青ざめている。

 かつて地獄の王として君臨していた威厳はなく、等身大の少女だった。


「二人とも? こういう時はなんていうか知っているよねぇ?」


 カレンが笑顔で二人を見下ろしていた。

 だが、心の奥底は笑っていない。


 憤怒の炎が、めらめらと燃えていた。


「えと……面目ない……です」


「違うよねぇ? ロニアくんはともかく、ローラちゃん? 妹だからって少しは大目に見ようとしたけどぉ」


 ローラ。どうか安らかに眠れ。

 ロニアは目を閉じ、心の中で十字を切った。


 カレンを怒らせるからこうなるのだ。


「いきなり私のお胸を触るなんて、ちょ~っと失礼じゃないかなあ?」


「……これ見よがしにぶら下げているからです」


「言い訳厳禁」


「はっ、はいっ!?」


 地獄の王が、まさか背筋を正した。

 ダラダラと冷汗をかき、赤い瞳が揺れている。

 恐怖の象徴たるサタンが、年端も行かないニンゲンの少女に恐れ慄いていた。


「確かにロニアくんはちょっとエッチなトコもあるけど、ここまではいかなかったよ?」


「ロニアは思春期だからな」


 部屋の隅で腕を組み、事態を面白そうに観察していたセスが口を挟んだ。

 ソファの上で、ロニアがそのままダンディに老いたような男が涙を流し蹲っていた。

 クッションを叩き、体を震わせている。


「その……カレン? そこまでにしてあげてほしいかなって」


 恐る恐る、ロニアが口を開いた。

 笑顔のまま、カレンはぐりんとロニアを見る。


「ふふっ、そうだねえ。でも、ロニアくんとは二人きりではなそっか?」


「えっ。遺言を残す時間は……」


「私だけが聞いていればいいの」


「何それどうしたのさカレン――あぁっ!?」


 ロニアの柔らかく細い腕がカレンに掴まれ、まるで人形のように引きずられていった。

 無情にも、木製のドアが閉じる乾いた音だけが響いた。


「……地獄での席は取っておきます。クソ兄貴」


「それにしても、大丈夫かこの方は。今にも笑い死にそうだぞ」


「ご心配なく。いつものコトですから」


 ローラは、かすかにしびれてきた脚を何とか直立させ、指先でロムレスの脇腹を突いた。

 芋虫のように飛び跳ねる彼。彼の目元から顎髭にかけて、涙の足跡が残っていた。


「いつまで笑ってるんですか、酒臭ジジイ」


「だってよぉ、笑うなっていう方が無理だろ!? 生意気な姪っ子と、カワイイ甥っ子が彼女ちゃんに叱られてんだぜ? 笑うなっていう方が無理だっつーの!」


 甥っ子という言葉を聞き、セスは姿勢を正した。

 そして、ロムレスの前に立ち、深く頭を下げる。


「叔父上でございましたか。これは失礼しました。私、ロニアの養母をさせていただいております、セス・アダマンティアと申します」


「おっ、おいおい、お母さんよ。急にかしこまんなって。肩の力、抜いてこうぜ? な?」


「ですが、勝手にロンド家の人間を引き取り、我が校に通わせているのも事実です」


「あぁ……。俺、子育ては苦手でさぁ。それに、ローラちゃんとは違ってロニア坊が生まれるとこ、見てねぇんだわな」


 頭を掻き、ぶっきらぼうに答えるロムレス。


「……しかし、ロニアというのですね。あのバカ兄は」


 ローラは、かつてミカエルの語ったことを思い出していた。

 試練の鍵。そのオリジナルを持つ者。

 赤いコートのせいで見えなかったが、きっと今も身に着けているのだろう。


 ロニアこそが、恐らく(ルシフェル)に近づくための鍵。

 ローラは、ドレスで隠してある尾を少しだけ振った。


「……まだ、足りない」


「足りないだぁ? 怒られたりないってか? 俺、呼んでこよっか?」


「違います。アルコールが脳に達したのですか?」


 ギザギザの歯を見せて威嚇するローラ。


 窓の外が、さらに吹雪いている。


「リウたち、迷っていなければいいが」


「問題ないはずです。ワタシの従者、アマクサは優秀ですから。きっと迷うことなく、お部屋まで案内できているかと」


 ならいいのだが。

 セスはそう言って、窓の外を眺めていた。

 すっかり冷たくなった硝子に触れ、どこか遠くを見つめている。


「なあ。ローラちゃん。少し、質問をしてもいいかな」


「はい、なんでしょう」


「新しい双子。または神の御子とはなんだ?」

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