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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第八十話 星辰揃いしとき】

 ロニアは、父親()の気分を覚えていた。

 目の前で、あらゆるニンゲンが彼の前にひれ伏している。口々に祝詞を述べ、十字架を掲げていた。


 『再誕せし神の御子よ。再び我らに勝利あれ』


 『罪深き我らに、神たる祝福を授けたまえ』


 祈る彼らの瞳は、救いを求めるというより、都合の良い偶像を見つけた飢餓感に満ちていた。

 ロニアは寒気を感じ、思わず隣のカレンのコートを強く握りしめた。

 

「……ボクには関係ないし」


 勝利も祝福も、今のロニアには勿論の事、天使だったロニアの管轄ではなかった。

 謂れもない信仰に、ただ奥歯を噛み締めて嫌悪に震えるだけだった。


「大丈夫だよ、ロニアくん。私がいるから。それに、先生も」


「どうやら聞く耳を持たないからな。休憩どころか、より疲れてしまったな」


 セスは、ロニア諸共カレンを持ち上げた。

 突然身体が軽くなった二人は目を丸くし、まるで落下するような感覚を覚えていた。


「喋ると舌を噛むぞ。ジッとしてろ、お前たち」


 セスはそのまま、その場から走り去った。

 

 まず、リウたちの待つ噴水へと向かった。

 どこからか買ってきた湯気を上げるマグカップを片手に、のほほんと談笑している。


 最初に気づいたのはアリスだった。

 組んでいた細い脚をすらりと解き、立ち上がる。


「せ、先生? 如何しましたの?」


「緊急事態だ。休憩も馬車もない。走るぞ!」


 三人の応答を待たずに、セスはアリスたちの横を通り過ぎる。

 リウたちは、地を揺らすような轟音に心臓を揺らした。


「なんだ、この音……」


「げっ! なんかこっちに向かってくるです!」


「あぁ、そういうことなのですわね!」


 事態を肌で理解した一行。


 ただ逃げろ。

 そう心が叫んでいるようだった。


 遠くに見えるセスの背中を追いかける。

 背後で、ヒトの波濤が押し寄せていた。


「……ったく、どうしていつもこうなんだよ!」


 リウが切実に叫んだ。

 どの旅も、穏やかだったことはない。

 そして、これからもそうであることはない。


 誰もが、心のなかでそう思っていた。

 退屈こそしないが、命がいくらあっても足りなかった。


「スーノス地区……。もしや……」


「アリス? なにかわかったのです?」


「『聖なる器の眠る場所』と、昔オカルト誌に書いてありましたわ。あくまで伝承ですが……」


 ニンゲンの想像力とは限界がない。

 空に浮かぶ星々を眺め、しかしそれが破滅の凶兆だと騒ぐ。

 ただの灯篭を、ソラからの侵略者だと怯える。


 【聖なる器の眠る場所】という伝承もきっと眉唾なもの。

 アリスは、細く息を吐き眼前を走るセスの背中を追いかけた。


 

 一方、ロニア。

 ふと、試練の鍵に指の腹を当てた。

 冷気により、よけいにキンと冷えている。


 それだけでなく、まるで脈打つようだった。

 特に、中央の黒い水晶が。


 新しい双子。神の御子。

 冗談じゃない、自分はそんな大した器じゃない。

 ロニアは心からそう叫びたかった。


 だが、脳内に過る景色がロニアの叫びを殺した。

 

 ロニアを見つめる、地獄の王サタン。

 翼に隠れた瞳で睨みつける、熾天使ミカエル。

 そして、最恐の堕天使――ルシフェル。


 似すぎている。

 

 ロニアは、心の奥底で湧き上がる、恐怖にも似た震えを押し殺した。


 街を抜けた。

 ロニアたちを抱えたセスは守衛の頭上を高く跳び、雪を押し分けた。

 切り裂かれた冷たい空気が、肌を撫でた。

 

 ひたすらに走っていると、琥珀色の外壁が目に入った。

 背後で、ようやく追いついたリウとアリスが、餓えたように肩で呼吸をしていた。


「……あれが、ロンド家か」

 

 よいしょと言いながら、セスから飛び降りるロニア。

 彼の肌では、なにかビリビリと電撃のような、それでいてひどく冷たい冷気を覚えていた。

 

       ─────────◇─────────


 ドタバタと何かが転がるような音が、廊下に響く。

 何やら、素っ頓狂な声まで聞こえてきた。


「……なんなんですか、騒がしい。ロンド家はサルも飼い始めたのです?」


「ん、ああ……キルちゃんか」


「キルちゃん……? 物騒な名前ですね」


 言って、サタンが溜息交じりに黄褐色の扉を開いた。

 建付けが少々悪く、蝶番が引きずるような音を立てる。


 サタンは、眼前の光景に眉を顰めた。

 男が、目を3の字にして這いまわっている。

 吸い込まれるように黒いその頭髪に、キラリと輝く眼鏡が載せられていた。

 

 サタンの眉は、もっとも会いたくないタイミングで旧友と遭遇したときのような角度で曲がっていた。

 

「……先輩?」


 サタンが、絞り出すように男へと呼びかける。

 口角が震え、サタンの瞳はゴミを見るように冷ややかだった。


「おわァ! み、見えないよ!? そこに誰かいるのかな!?」


「ワタシです。ロー……サタンです」


「懐かしいよ!? 懐かしいけど見えないよ!?」


 男は自身の顔にベタベタと触れ、ようやく頭部にある望みの品を発見した。

 それを目元に、手を震わせながら装着する。


 すると、まるで先ほどまでの狼狽さが嘘のようだ。

 真夜中の海原を思わせるような冷静で知的な眼差しが、サタンを見つめている。


「……久しいですね、サタン。何千年ぶりでしょうか」


「アナタ、ほんとにさっきと同じ人物なんですか?」


「何を言いますか。正真正銘、元虚飾たるヴァニタスだったヴァレンティノス・キルエですが」


 眼鏡を押し上げた男は、先ほどの醜態などなかったかのように白衣の襟を仰々しく正し、完璧な作り笑いを浮かべた。


「バカしかいない……この館……」


 サタンの声色が震え、彼女は頭を抱えるようにドア枠に凭れかかった。

 せっかく地獄の同僚(頭痛の種)から逃れられたはずなのに。

 サタンは、奥歯を噛みしめ、握った手を震わせた。


「ところで。預言者が貴女の訪いを教えてくれましたが、いったいどのような要件です。地獄の業務を、無責任にほっぽり出すようなヒトではないでしょうに」


「空席は、ハエ野郎に任せてあります。ワタシがアナタにお伺いしたいのは、三界のこれからについてなんです」


 人間界、天界、地獄。

 それらを総じて、三界と呼ぶ。


 ヴァレンティノスが顎に手を当て、しばし唸るように考え込んだ。

 窓枠に手をついて立ち上がり、ズボンの汚れを手で払う。

 ズレた眼鏡を整え、口を開いた。


「こういった話は、それにふさわしい場でどうです。立ち話もなんですし」


「……はい。そうかも、しれませんが……」


 サタンは、横目で睨みつけるように、背後の人物を視界から外そうとしていた。


「ぅお~い、キルちゃん! 頼んでた魔弾の調整まだかよぉ~!」


「待つことを貴方は覚えなさい、ミスターロムレス。あれはまだ調整段階。死んでもいいというのなら、今すぐに貸し出しますが」


 サタンの肩を掴みながらつんのめるロムレス。

 サタンは目を細め、唇をへの字に曲げた。

 彼女の背後から、半透明の黒炎が浮かび上がる。


「……離れなさい。ジジくさいです。あと酒」


「そっ、そこまで言わなくてもいいじゃねぇか!」


 涙目になりながら、ロムレスはサタンを我が子のように抱き上げた。

 彼の手の中で、サタン、もといローラが、溺れているように藻掻いていた。


「は~な~しなさ~い! ワタシをなんだと思っているのですか~!」


「かわいい姪っ子」


「んが~! どうにかしなさい、アマクサ!」


 窓から外を眺めているアマクサに、ローラが怒鳴りつける。

 室温が高いせいか、ローラの表情は紅潮していた。


「あなや」


「『あなや』ってなんですか!?」


「強い驚きを表す言葉でござる」


「意味は訊いてませんけど!? だれか話が通じるヒトはいないのですか!?」


 ロムレスが豪快に笑い、割れ物のようにゆっくりとローラを足元に下した。

 汗と酒のツンとした刺激臭が、ローラの鼻腔を突き刺した。

 この男、さては風呂に入っていないな。そう思った。


「しかし、まだ来ないのであるか? その、片割れというのは」


「預言者が言うには、もうすぐだそうです。曰く、『嵐と眷属を率いて、明星来たれり』と」


「はぁっ……。はぁっ……。これ以上、騒がしくなるんですか……!」


「ローラ。貴女の兄上ですよ。多少は弁えているはずです。多分」


 多分とは何ですかと睨みつけながら、サタンは暖炉から離れたソファに腰かけた。

 深く、そして大きなため息。


 その時、肌にピリリとした感覚を覚えた。

 茨まみれの剣のような、傲慢な痛みが。

 そして、底知らずの空虚さが。

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