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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第七十二話 バース・デイ】

 十二月二十五日。

 学院祭は終わり、クリスタリア魔術学院は冬休みへと突入した。カレンをリーダーとする砕獣研究クラブは、全員彼女の家に集まっている。


 何せ、決して外せない一大イベントがあったからだ。

 いや、二大と言うべきだろうか。


 クリスタリアの学院長の孫娘である彼女の部屋には、砕獣の模型の他に、飾り付けられた針葉樹が置かれている。

 中央には、折り畳み式の巨大な円卓が占めていた。

 キラキラと輝く星を模した装飾が、()()の顔を反射していた。


「……あのさ、ボクずっと座ってなきゃダメ?」


 先の尖った帽子を被せられたロニアは、恐る恐るカレンたちに尋ねた。


 カレンたちは慌ただしく、この広すぎる部屋で走り回っている。


 玄関ではマチィナとアリスが、メイドが届けた食事を受け取る。山のように巨大なケーキを、マチィナが片手で持ち上げるのを見て、アリスは腰を抜かした。

 

 リウとセスは、針葉樹の飾り付けをああでもないこうでもないと唸っている。

 わずかな角度が大事なのだと、セスが指先で星型の装飾を傾けた。頭の中でイメージしているリウも、つられて頭を傾ける。


 そして、カレンは五つの色とりどりな包みを整理していた。大きさはまばらだった。


「だーめ! 主役なんだから、ちゃんと座ってなきゃ!」


「うう、わかりました」


 やはり、ロニアとカレンの指には安物の指輪が輝いている。手持ち無沙汰なロニアは、それを指先で優しく撫でていた。


「それにしても、ロニアさんの誕生日が降誕祭と同じなんて。すごい偶然ですわね」


「だよね! 私も、最初そう思った!」


「ロニアのやつ、昔は『それとこれは別。プレゼント二個ちょうだい』って駄々こねたことあってな」


 セスに引き取られてから、ロニアは色んなものを欲しがった。最初はセスの使っていた万年筆をねだった。

 それから、文書、変形する魔道具など、次第にエスカレートしていく。


 微笑を浮かべながら振り返るセスの表情は、正しく母親のモノだった。


「母さん……! 昔のことを掘り返さないでよ……!」


「ロニアくん、可愛いところあるのですね!」


「セス先生がロニアのお袋って知った時はマジでビックリしたけど、話を聞くにめっちゃ丸くなったんだな……」


「それはもう、別人かと疑うほどにな」


 傍若無人。傲岸不遜。

 過去のロニアは、そんなニンゲンだった。

 こうして見てみれば、ロニアは()()()()()()()として成熟している。


 母として、セスは目頭が熱くなるものを覚えた。


 養子ではあるものの、息子が友に愛され、心からの祝福を一身に浴びせられる。

 セスは目を細め、どこか目頭を押さえるような仕草を見せた。ロニアは照れくさそうに顔を逸らすが、友である彼らには、ロニアの素直になれない性格などとうに見抜かれているのだろう。


 パーティを計画していたカレンは、ロニアのルームメイトであるネヴィル・カデンも呼びたかった。

 ロニアのルームメイトであり、初めての友であるからだ。

 しかし、一週間前から彼は故郷に帰省している。


 建築学部の免許試験があるそうだ。


「あっ! ソレイユ~! それは猫の食べ物ではありませんわ!」


 アリスの足元を走り抜ける、もう一匹のロニア。

 ミカエルから受け取った白猫、ソレイユだった。


 縫うように人々を避け、ソレイユはロニアの肩に飛び乗って大きな欠伸を上げた。

 つられたロニアは、口元を手で隠して欠伸をこぼす。


「……賑やかになったな」


 セスが、装飾に反射するロニアの横顔を見つめながら穏やかに微笑んだ。


「会ったばかりのロニアくんを思い出しますね。握手を『病原菌を交換し合うあれ』とか言ってた時代が」


「すっげえ冷たかったもんな。俺たちに」


「『ボク以外なんてどうでもいい~』って感じだったなのです。それにしても、そんなロニアくんを惚れさせるなんてカレンも意外とやり手なのですね」


 ロニアが座らせられている席の前に、ドドンッと音を立てて食材が置かれた。

 人間離れした怪力を持つマチィナですら、額の汗を拭っていた。

 

 ロニアの眼の前では、照明に照らされた七面鳥のグリルが湯気を立てながらキラキラと油を輝かせている。

 じんわりと鼻腔に広がる、いかにも高そうな香辛料のスパイシーな香り。

 焦げ茶色の皮は、一部をわざと焦がしている。これにより、さらに軽快な食感となるらしい。


 ロニアはたまらず、ごくりと喉を鳴らした。


「まあ。そんな時期があったのですね。わたくしが出会ったのは直ぐ最近ですけれど、それでもちょっとドライでしたから」


「人見知りなんだよ。この子は」


「否定は……しないよ。母さんと初めてだった時のボクを、母さんも覚えてるでしょ」


 ロニアは、せわしなく部屋を駆けまわる一同を眺めている。

 ソレイユの顎を指先で撫でると、喉をゴロゴロと鳴らして頬を摺り寄せてくる。

 羽毛のように柔らかな髭が、ロニアをくすぐった。

 

 温かい。うるさくて、煩わしくて。

 けれど心地のいいこの空間。


「――ヒトは、どうなるかわからないな」


 セスがぽつりとこぼした言葉。

 それに、料理を運んでいたマチィナが首を傾げた。


「え? ロニアくんは天使なのですよ?」


 一瞬。時が止まった。

 口を滑らせたマチィナの顔から、さあっと血の気が引いていく。

 セスとアリスは、ロニアの『正体』を知らないのだ。


「……え? と、いうことは……。ロニアさんのあの暴走は……」


「……私、天使を育てていたのか……? どうりで不思議な子だと思ったら……」


 錆びついた機械のように、ロニアは首をマチィナの方へと向けた。

 張り付いたような笑顔だったが、口元はヒクついている。


「あ、あはは……。嫌だなあ、天使だなんて……。そこまで言われると、ボク困っちゃうなあ。そんなに綺麗ってことかい?」


「そ、そうだよな! ロニアはマジで美少年? っつーか?」


「うん! ロニアくんはすっごく可愛くて! 私のキューピットさんで!」


 あまりにも無理がある取り繕い方だった。

 ロニアは、額に手を当てる。

 片目を開けて、母の方を見た。


 心臓が高鳴る。冷汗が額を伝う。

 瞳孔が揺れる。


「……もし本当にボクが天使だとして。みんなはボクを嫌う?」


 乾いた唇から、震えた声が漏れた。

 

 ――答えを聞くのが、怖かった。

 今すぐに、耳を塞ぎながらこの部屋から出て行きたい。


「――まさか。たとえお前が天使だとしてもな。ここにいるのはロニア・ロンドだろ?」


 セスが作業の手を止め、ロニアの頭をわしゃわしゃと撫でる。温かい、大きな手だった。昔何度も撫でてもらった、あの手だった。

 

「どんなお前であれ、お前は私の息子(ロニア)だよ。ほら、顔を上げなさい。せっかくの誕生日なんだから、笑っていろ」


 ロニアが顔を上げると、微笑を浮かべるセスが映った。

 家で甘える時に見せる、優しい表情だった。

 ひどく懐かしい気分になり、セスの腰に手を回す。


「母さん……」


「先生に同感ですわ! それに、見方を変えれば、天使の使う魔法を教えてもらえるかもしれませんし!」


 未知への恐怖だとかはなく、アリスにはただ知識欲だけがあった。

 銀縁メガネを光らせ、胸を張るアリス。

 

 しかしそれにむしろ、ロニアは胸をなでおろす感覚を覚える。


「――マチィナ、ロニアにごめんなさいしろって……!」


 マチィナに駆け寄り、耳元で囁きかけるリウ。


「うぅ……ごめんなさいなのですぅ……つい、うっかり……」


 涙目になりながら、深々と頭を下げるマチィナ。

 マチィナとロニアは、どちらもバケモノとして生きている。

 片方は、造られた存在。もう片方は、堕ちた天使。


 だからこそ、つい心が緩みきってしまう。

 それが災いし、失言してしまったのだ。


 その気持ちは、ロニアも痛いほどよくわかる。


「……いや、大丈夫だよ」


 ロニアは、ゆっくりと首を振った。

 胸の奥につかえていた、冷たくて重い塊が、この陽気に溶けて消えていくのを感じながら。


「これでもう、隠すことはなくなった。みんな。ボクを認めてくれて、ありがとう」


 いつも気だるげで。

 笑うときは、嘲笑と冷笑だけだったロニアが。


 目を三日月状に細め、白い歯を見せて表情をほころばせた。

 人間界に来てから――いや、生れて初めて。


 ロニアは、めいっぱいの笑顔を見せた。

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