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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第七十話 キミのとなり】

「体調は大丈夫なのです、みんな!?」


「ったく、心配したんだからな」


 療養期間を終えて医務室を出ると、馴染みのある人物ふたりがいた。


 白い息を吐きながら汗をかくマチィナが、次々に顔を覗き込んでいる。

 ぶっきらぼうなリウも、素っ気ないように振舞っているが、剣ダコのできた手は震えていた。


 廃教会での騒動から二日後。

 ベヘモットという男と、ロニアの更なる暴走はカレンら三人とソレイユだけが知っていた。


「……うん。ちょっとムリしすぎた」


「ロニアくんったら、張り切りすぎちゃって。でも、私のためだったもんね〜?」


「しっかりしろよな、実行委員長サンよ」


「ふん。二度とやらないからね」


 ロニアは唇を窄め、ぷいっとそっぽを向く。

 慣れないことをすれば、必ず大きな事件に巻き込まれるのだ。


「けど、お前ら3人が倒れたって聞いたときはたまげた。ロニアはともかく、カレンとアリスさんまでだなんてな……」


「おいともかくってなんだよリウ」


 カレンとアリスはこれ以上言及することはせず、ただ頷いただけだった。


 ――クロウルの復讐。

 ――ベヘモットの襲来。


 そして、魔王の降臨。


 ロニアの暴走が進んでいるということがリウたちに知られてしまえば、余計に気を遣わせてしまうとカレンは思っていた。


 ロニアは()()として生きていきたい。

 もしも天使形態の暴走が進んで誰かが傷ついたりすれば、ロニアはふらっとどこかに消えてしまうのかもしれない。


 傲慢に見えるが、彼の本性は誰よりも繊細な子猫なのだ。寄り添う場所がなければ、飢えて死ぬ。

 だからこそ、カレンはロニアのため傍にいる。


「カレン? どうしたの、そんな辛気臭い顔して」


 ロニアがまじまじとカレンを見上げる。

 彼の瞳に映るカレンの姿は、まるで何かを追い詰めているような顔をしていた。


「あっ、ううん。なんでもないよ。それじゃ、めいっぱい羽根を伸ばしに行こ? ずっとお休みしてたし、ね?」


 羽根という言葉に、ロニアは何か引っかかるものがあった。彼にとって、羽根、もとい翼は頻繁に伸ばしている。

 だが、比喩は比喩である。それはロニアもわかっている。


「羽根、ねぇ……。ま、ここ最近ずっと頑張ってたしね。ちょっとぐらいは息抜きしてもいいかな」


「ちょっとだなんて、思いっきり休んでくださいな。面倒ごとは、どうぞわたくしに押し付けてくださいまし」


「え? でも、アリスさんも安静にって……」


 ロニアの言葉にアリスはほどよく育った胸元を張り、鼻を鳴らす。


「ワンダラー家を甘く見ないでくださいまし。タフさには定評がありますのよ。頑丈さなら、リウさんにも負けませんわ」


「ああ……。まあ確かに、アリスさんって疲れ知らずだったもんな」


 クリスタリアにおける実技試験には、模擬戦という項目がある。かつてロニアが鍛え上げる前のリウは、アリスに蹂躙されていたのだ。


「という訳ですから。カップル水入らずで楽しんで来てくださいな。わたくしのことはお気になさらずに」


「まあ、アリスさんがそこまで言うなら」


「それじゃあ! 早速私のおすすめスポットに連れて行ってあげるです! 着いてこいなのですよ、みんな!」


 マチィナが袖をまくり、土煙をあげる勢いで走る。


「ちょっ、2人きりにする流れだったじゃんマチィナ!」


「……あえ、そうだったのです? じゃあ、リウとアリスは私に着いてこいなのです! ロニアくんたちはお好きにどうぞなのです!」


「えっ、わたくしは……」


 マチィナが振り返り、アリスにはち切れんばかりの笑顔を見せた。


「アリスも頑張りすぎなのです! せっかく新しい友達になったんだから、一緒に楽しもうなのですよ!」


「あぁ! ちょっと!」

 


 マチィナにリウとアリスが連れて行かれたあと。

 ロニアはカレンの袖を掴みながら、赤子のように優しく引いた。


「ロニアくん。手、繋がないの?」


「……恥ずかしい」


「もう、あんなにべったり一緒に寝て……」


「それとこれは、別」


 カレンを見上げていたロニアは彼女から視線を外した。

 彼の白皙とした耳は紅潮していた。


 学院祭は最終日ということもあり、人集りはさらに密度を増している。

 こうして繋がっていないと、必ずはぐれてしまうだろう。ロニアをひとりにはさせられない。しっかり、彼のことを見てやらねばいけなかった。


 ブースに繋がる廊下には掲示板が設置されており、テストやイベントなどの通知はここで行われている。

 本来なら、カレンもあまり気を留めない場所だった。


 内容に、目を引くものがあったのだ。


「モス……マン?」


「は? ナニソレ、演劇の議題?」


「いやほら、見てよロニアくん」


 カレンが指し示したモノをよく見てみると、ある生徒の目撃情報と参考イラストが描かれてあった。

 蛾のように痩せ細った男の背中から、黒い羽根が広がっていた。


「――うげ」


「これってさ……」


「うん……まあ……ボクが天使ってバレてないし、いっかな……」


 暴走したロニアが、廃教会まで飛行していたのを誰かに見られたのだろう。幸いなのは、目撃者によるとそれは天使ではなく蛾だったというコト。

 蛾であるのならば、あまり深く気にする必要は無いだろう。


 【更なる情報求ム!】

 そう、堂々と書かれてあった。



 街を行脚し、まずロニアの心を掴んだのは、斧投げだった。

 色分けされた的に向けて斧を投擲し、中央に当たれば最高点として景品が貰えるという。


「おっ、そこのごきょうだい! 一発投げてくかい?」


「むっ、きょうだいじゃないよ。ボクたちは心を分かちあった――」


 カッコつけた言葉を紡ぐごとに面映ゆくなり、いてもたっても居られなくなった。

 

 勢いに任せて投擲。

 斧は空気をぎゅんぎゅんと切り裂き、的の中央にカコンという軽快な音を響かせて突き刺さった。


「わあ! 凄いよロニアくん!」


「……ふん。大したことないね」


 景品は布を縫い合わせた熊の人形だった。

 ロニアの部屋に飾る趣味はない。

 

 こういうのは、動物と砕獣が好きなカレンに渡すべきだろう。素っ気なく渡したが、カレンはそれを聖母のような微笑みで抱きしめた。


 どこか、心がチクリと傷んだロニア。


「……やっぱ返して」


「あっ、お人形さんに嫉妬してるんだ〜?」


「……うるさい」


「ふふっ、いいんだよ。もしして欲しかったら、後でい〜っぱいしてあげるから」


 冬の冷気には似つかわしくないほどに、ロニアの身体は熱を帯びる。頭から湯気が上り、ロニアの表情は赤く染まる。


「……いいから。次、いくよ」


「はいは〜い」


 今度は、ロニアの袖を掴むカレン。

 彼が着ているのは、かつてカレンがロニアに贈った真っ赤なコート。

 ここ最近ずっと身につけており、実行委員長の腕章をつけるために制服を強いられたときは、ひどく居心地が悪いそうにしていた。


「……カレン。射的だって。やる?」


 ロニアが足を止め、左側の出店を見上げていた。

 魔法による射的。ルールはほぼ、先程の店と同じだった。


 レンタルされる杖を用いて、魔法の制度を競うというモノ。景品を倒すことができれば、みごとそれを手に入れられるのだ。


 ロニアがチラリとカレンを見ると、こういった催しを待っていたかのように鼻を鳴らすカレン。


「うん! やる! 私、こういうの得意かも!」


 意気揚々と、貸し出されてある粗悪な小型の木杖を手に取る。そして、カレンは赤い魔方陣を展開した。


 対象は、ハテナで隠されてあるシークレット品。


「ちょっ、お嬢さんよ! 赤魔法じゃ店が……」


「待っ――、カレン! 程々にし――」


「【疾風よ、嵐よ、竜巻よ、今ここに吹き荒れよ! 赤魔法:ハリケーン】!」


 風勢はロニアらの毛髪を弄んだ。

 竜巻が尾を巻き、シークレット品に直撃した。

 カランと、空き箱の倒れる音。


「ああ、やりやがった……。絶対に倒れねぇように細工してたのによ……。しょうがねえ、約束の品だよ、受け取りな!」


 店主が、棚から小さな箱を差し出した。

 包みに入れられており、中はわからない。

 カレンがそれを受け取ると、飛び跳ねるようにロニアに近づいた。


「やったあ! ロニアくん、見てた!? シークレットだって!」


「はいはい。でもやりすぎじゃないかな?」


「……かも。ごめんなさ〜い……」


    ─────────◇─────────


 祭りを一通り楽しみ、空が藍と紫に灰が混ざったような色を映し始めた頃。

 ロニアとカレンは、人気の少ないベンチに腰掛けていた。


「それにしても、酷いよね! ロニアくんの翼を蛾だなんて!」


「ま、ボクは別にいいけどね」


「あんなに綺麗だったんだよ!?」


 カレンのアタックに、ロニアが思わず顔を赤らめる。


「……ありがと。でも今後は、できるだけ天使にはならないよ」


「……また、あの姿になったら大変だからね」


「今度こそ……止められなくなるかも」


 ロニアは、どこか遠くを見つめながら細々に呟いた。

 やがて空を暗闇が支配し、点々とした星が輝いた。


「――ねえ、カレン。伝えたいことがあるんだけどさ」


「ん? なに?」


「ずっと、いつ言おうか迷ってて。今がちょうどいいかなって」


「もう、勿体ぶらずに言ってよ〜」


 カレンが、悪戯げに笑った。

 その姿がどうしても魅力的で、ロニアは思わず息を飲んだ。


 固唾を飲み込み、ロニアはカレンの顔を今までにないほどに真面目な顔で見つめる。

 心臓が、早鐘を打った。


「じゃあ、よく聞いててよ。カレン。ボクはキミのコトが――」


 パァンッ!

 破裂音と共に、空にひとつの大輪が咲いた。

 それがカレンの表情を七色に照らす。


「あっ――」


 念入りに準備していた計画を台無しにされたような喪失感。

 瞳を伏せる。しかしそれでも良いと言わんばかりに、静かに口角を上げた。

 

 張っていた瞳は綻び、表情が和らぐ。


「えっ、ロニアくん?」


「――いや、なんでもない。なんでもないけど……今はキミのそばにいさせて」


 ロニアはカレンにさらに密着し、彼女の手をぎゅっと握った。

 柔らかな彼女の手。ロニアの心に、あたたかな花園が広がる。


 自分は、なんて幸せなんだろう。

 自分は、なんて愛されているんだろう。

 自分は、どうしてこんなに恋に落ちたのだろう。


 繋がる二人の手には、カレンが手に入れた安物の指輪がきらりと輝いている。


 カレンに聞こえないように、ロニアは何かを囁いた。

これにて、第一部完結となります!

今までお読みいただき、ありがとうございました!


第二部に関してですが、二日ほどお休みをいただいた後

いつもと同じように投稿を継続させていただきたいと思っております。


改めまして、第一部を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


(評価やブクマ、感想などいただけますと励みになりますので、どうかよろしくおねがいします!)

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