表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/78

【第六十九話 守りきった動乱】

 ロニアは、カレンから離れなかった。

 黒の水晶が囁く声はもう聞こえない。


 潤んだ瞳は、ボロボロになったカレンを見つめている。

 傷つき血まみれになりながらも、彼女はロニアに微笑みかけていた。


 心に棘まみれの茨が巻き付き、ロニアの罪悪感を加速させる。


「……ボクが、キミをここまで……」


「ううん。ロニアくんのせいじゃないよ」


「でも、傷つけようとした」


「本心じゃないんでしょ?」


 ロニアは、喉元で空気が鋭く尖って突き刺さる感覚を覚えた。

 何も言えない。ただ、自分が暴走していたという事実だけがある。


「母さ……先生も、アリスも、ごめん。迷惑かけた」


「この際母さんと呼べ。心配させるな、バカ息子が。カレンがいなかったら、いったいどうなっていたことやら」


「それに、ソレイユのことを忘れないでくださいまし」


 アリスがソレイユを抱き上げる。

 ソレイユは、眉間に皺を寄せ不機嫌そうにそっぽを向いている。

 まるで、いつものロニアのよう。


「この子、何度も守ってくれましたのよ。ロニアさんの正体は気になりますが、それはそれ、これはこれですわ」


「さっさと医務室に行くぞ。私たちも同行するから、ゆっくり歩けよ。応急処置ぐらいはしてやるから」


 セスがブーツの音をカツカツと響かせ、ふたりの肩に両手を添えた。少しだけ硬かったものの、その温かさには慈愛に満ちている。



 肌だけでなく、心までもが陽気に包まれた。

 外気の寒さとは打って変わって、この廃教会には春の麗らかさが漂っていた。


 数十分後、テンプル協会の特別医務室。

 白を基調とした殺風景な一室で、三台のベッドと仕切りのカーテンがあるだけだった。

 鋭利な匂いが鼻を貫く。

 

 それでも、ロニアはカレンから離れることはしない。

 それどころか、「同じ寝床がいい」と言い出す始末。


 どれだけセスが説得しても、ワガママさは勢いを増すばかりだった。

 しかし、ロニアの精神的摩耗を考慮すれば、それが得策なのだろうとセスは許可したのだ。


 これで大人しくなるかと思えば――


「……あの、少しはその甘〜いオーラをしまってはいただけませんこと?」


 同じく負傷していたアリスが、隣の寝台から忌々しげに唸った。

 診断結果は、三人とも二日の安静。祭りは最終日に楽しめば良いとのこと。


「ごめんね、アリスさん。ロニアくんったら、私にくっついちゃって……」


「ん。離そうたってムダだよ。ボクはカレンがいなきゃ今日は寝られないもん」


「はぁ……。これで付き合ってないなんて何かの冗談ですわね」


「告白してないだけだもんね〜だ」


 それはもう告白と同義なのではないかと、カレンは苦笑する。

 ロニアは、何度もしつこく「告白しなければ恋は始まらない」と唱えている。

 最初は高尚なコトをとカレンは思っていたが、最近になってそれがただの強がりだということに気づいた。


「カーッ! そうですか! ではわたくしは寝ますので!」


 仕切り越しに、アリスが乱雑に布団を被り、痛みに悶える音が聞こえた。


 ロニアはカレンへ、互いの脈を感じるほどに密着した。

 最初こそ驚いて声を上げたカレンだが、微笑を浮かべロニアの白髪を優しく梳くように撫でる。

 彼女の甘い石鹸の匂いが、鋭利な部屋の匂いを上書きした。


「あっ、今ゴロゴロっていったね?」


「いってない。猫じゃないんだから」


「素直になれないトコロとか、面倒くさがり屋なところ、本当に猫ちゃんだよ。ソレイユって、実はロニアくんの弟だったりする?」


「まさか。ボクにきょうだいはいないよ」


 カレンにとって、ロニアは最愛の恋人であるのと同時に、まるで弟のような存在だった。

 簡単に臍を曲げ、そのくせ簡単に釣られるあっけなさ。


「仮にお前にきょうだいがいたら、会ってみたいよ」


 医務室の扉から聞こえてくる声。セスだった。


「あ、母さん」


「……学院でそう呼んでいいのは今日だけだからな、言っておくが」


「……うん。わかってる。たまには帰るよ」


 仕切りがガラッと開き、目を大きく見開いたアリスがロニアたちを見ていた。

 セスとロニアを何度も見比べ、怪訝な表情をしている。


「……え、ロニアさんと先生って、親子だったのですか!?」


「義理だよ。えっと、引き取られたんだ」


「もう、四年ぐらい前か。当初は今以上にツンケンしてたんだぞ〜?」


「ちょっ、やめてよ母さん!」


「あの時みたいに『ママ』とは呼んでくれないのか?」


 ロニアの白皙とした肌が、みるみると紅潮する。

 彼の喉から、絞り出すような声が漏れた。


「あぁっ……! ちょっ……! それはナシでしょ!」


「ロニアくんが、『ママ』って……?」


「まあ! これはなんてギャップ……!」


「――ッ! リウとかマチィナには言わないでよね! アイツら絶対からかうから!」


 抱き着いていたはずのロニアが、カレンに抱かれている事に気づくのはすぐだった。

 飄々としていて、どこか冷ややかな彼が育ての母親を「ママ」と呼ぶ。


 恋人のより可愛らしい姿を見せられて、理性は更に砕けそうになっていた。


「ねえ、ロニアくん……。私をさ、先生だと思って、『ママ』って呼んでみてよ、ね? ね?」


 ロニアを胸元に押し付け、天使か、あるいは悪魔のような甘い声色でロニアに囁く。


「う……。いくらカレンでも呼んでやるもんか」


 ロニアは、更に顔を赤らめ、布団の中に潜り込んだ。

 次に暴走するのはロニアではなく、カレンだった。


   ─────────◇─────────


 ミカエルが歩む度に、翼は黒く染まっていく。

 毛先から焼かれていくような痛みに、歪まる表情。

 ロニアの持つ試練の鍵の五番目――黒水晶により引き起こされた暴走。


 それは、ミカエルの持つ新型の試練の鍵とは異なるものだった。


 暴走は旧型ゆえのエラーか、それとも。


「……疑問。これは……?」


 ミカエルが、ぐにゃりとしたものを踏みつけた。

 ヒールを上げてみると、半分に引き裂かれた男の顔面が落ちている。


 クロウル・マウスフィールドのものだった。

 ロニアの聖鎧:ミカエルにより引き起こされた虚無。

 それに運良く吸い込まなかった箇所。


「哀悼。やっぱり、アナタはヒト。あの子(ロニア)を刺激してはいけない」


 頭部の翼で目を隠しながら、ミカエルはその場にしゃがみ込んだ。そして、喉元の試練の鍵を押し込む。


「報告、こちらミカエル。作戦に失敗しました」


《……まったく、情けないですね。それでも熾天使のトップですか? こんなんじゃ、ワタシの配下にも敵いませんが》


「――疑問。なぜアナタがいる? ウリエルやガブリエルは……」


《ちょうど席を外しています。(クソ親父)に、せっかくならどうだ、だなんて言われまして。まったく、管理体制どうなってるんですか》


 応答したのは、地獄の王でありルシフェルの妹、サタンであった。


「憤慨。アナタにとやかく言われる筋合いはない」


《それはワタシだってそうですよ。何をどうしてこんなカラクリみたいなアナタと一緒くたに『妹』と呼ばれなきゃいけないんですか。ルシフェル(お兄様)の妹はワタシだけで十分です》


「嘲笑。傲慢も司るようになったせいで、性格も変わった?」


 どれほど負傷していようと、()と出会えばひとたび口論に発展する。まだサタンが産まれたばかりのときから、これは変わらなかった。


《ま、それよりも。随分とこっぴどくやられましたね。アナタをここまで懲らしめるなんて、それこそお兄様レベルでは?》


「――肯定。でも、ちょっと違う」


 通信越しに、サタンが首を傾げているのがわかった。

 この話題は、天界でも随一の厄介な種である。


「試練の鍵。それを使った()()()が暴走した」


《ロニア? 誰ですかそれ》


 ミカエルは、ことの経緯を全て話した。

 サタンが言葉を失い、何度もミカエルに問いただした。


 それは事実か?

 いや、ありえない。


 ()()()()()()()()


「事実。今から天界に戻る。その時にまだいれば、もっと詳しく話す」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ