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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第六十四話 ベヘモット】

「先生! カレンさん!」


 額に玉の汗を浮かべたアリスが、休憩していたカレンとセスに駆け寄った。

 ソレイユがアリスの足元で舌を出してハァハァと息を吐いていた。


 カレンは目を丸くし、手を膝について荒く呼吸を繰り返すアリスの肩を取る。


「どうした、ロニアはどこだ? もしやサボりか?」


 セスが目を細くしてアリスを見る。

 しかし、アリスの厳しい監視から逃れられるはずもない。


 ロニアは、サボるなら仕事を終えてからという性格だということをセスは知っている。


 『自分がやるから、キミは先生に伝えろ』。

 おおかた、そういうことなのだろう。


「……いや、サボりではないな。アリス、状況を」


「クロウル先生が脱獄し……今はロニアさんが対応しておりますわ! ですが、どっちも様子がおかしくって……」


 アリスは、見たものを訥々と語った。

 黒魔法を扱うクロウル、怒りに呑まれたロニア。

 何よりも、具合が悪そうにしているソレイユ。


「……ロニアくん、まさかアレをまた……」


 セスとアリスが同時に首を傾げる。

 アリスはもちろん、シトリウス家での動乱にセスはいなかった。


「試練の鍵……ああいや、えっと……」


 ロニアにはまだ言い訳が必要だ。

 どうはぐらかそうか。カレンは、言葉を飲み込んだ。


 天使であることを、ロニアはひた隠しにしている。

 

 ただの魔法に優れた優等生として、彼は生きていたい。

 ロニアがかすかにそう望んでいるのを、カレンは心で理解していた。


「試練の……なんだって?」


「あの……昔行ったダンジョンの、【試練の巣窟】で受けた……」


 言葉を並べるカレンの視線は泳いでいる。

 問い詰めたいところだったが、今はそれどころではないとセスがかぶりを振る。

 カレンが嘘を吐いていることを知っているし、ロニアの正体も見当がついている。


「今はそれよりも、警備をさらに厳重にすべきですわ。あのテンプル協会の警護を搔い潜ったその実力だけは……確かですわ」


「警護の厳重化には賛成だけど……それじゃあ街のみんなが混乱しちゃうんじゃ?」


「背に腹は代えられんだろう。実行委員を分散し、できるだけ被害のあった場所から遠ざけるように誘導するか」


 しかし、アリスは胸騒ぎを覚えていた。

 クロウルという男の性格を鑑みれば、彼がひとりで復讐を仕掛けるのはあり得ない。

 彼と共に、ロニアとカレンに対する暗殺計画を企てた生徒らが一斉退学になったのをアリスは見ていたからだ。


「必ず、協力者がいる……」


「そう、だよね……。私もそう考えてた」


「この期に及んで、鑑定団はいないときた……。警護を破れたのもその協力者が手引きしたのだろうな……」


 ならば、警戒すべきはそれだ。

 ロニアの状況も気になるが、今は危機の芽を摘まなければならない。


「場所の目安はついているのか?」


「……いえ、クロウル先生のはわかるのですが、そこはロニアさんが」


 クロウルとは違い、協力者とやらの情報はゼロに近い。

 その中で、できるだけ被害を出さずに対処するのは至難の業だ。

 相手は魔法使いかもしれないし、砕獣の可能性も否めない。


 十二神徒の関係者という線もあり得る。

 ロニアの編み出した封印魔法を解いてしまったからだ。


「シャーッ!」


 突如、ソレイユの毛皮が針金のように逆立った。

 何もない虚空、北東の方角を睨んでいる。


「ソレイユ? あっちは立ち入り禁止区画ですわよ?」


「北東……?」


 カレンは、脳裏に強く刻まれた場所を回想していた。

 そこは、彼女にとってのターニングポイントでもあった。

 

「……まさか、あそこ……」


「なにかわかりましたの、カレンさん?」


 カレンの眼鏡に、光がかかった。

 

「あの廃教会、まだあるかな」


「は、廃教会?」


 セスが頓狂な声を上げ、目を丸くする。学院の地図に、そんなものはない。


 しかし、ロニアとカレンがまだ出会ったばかりの頃。

 戒厳令にも関わらず、ふたりはそこで再び出会った。


 名家たるフランカ家の重圧という彼女の鎖を、ロニアが緩めてくれた場所。


「ん、いや、待てよ……。古い地図にあった、旧聖堂か? しかし、今は魔力隠蔽が施されているはずだが……」


「だからこそ、綻びが生じやすいのではなくて? クリスタリアを覆う膜とは違う、()()()()が」


「『エーテルポケット』が生じるというわけか。確かに、あそこは脆いな」


「きっと、そこから入り込んだのかな……。でも、ずっと前から?」


 ロニアがいない今、誰ができようか。

 それは、自分たちだけだ。カレンたちは、まるで心がつながったようにそう思った。


 闘いが激化しても、リウやマチィナがきっと駆けつける。

 混乱は招くが、それでも被害はきっと少なくて済む。

 

「じゃあ、行こう。私についてきて」

 

 道のりは覚えている。

 カレンは、背を翻して走り始めた。

 

 カレンとアリスのローファーがカツカツと廊下に響き、道行く生徒らを潜り抜ける。

 セスは音もなく、気づけばカレンと並走していた。


「カレン。何かあれば私を置いてすぐに逃げろ。継承戦の時のように君が怪我すれば、ロニアを抑えるのに一苦労だからな」


「あのときは、それしかないと思って……。でも、あのときよりは強くなりました。レヴィアタンとアスモディウスを乗り越えたんですよ、私たち」


「大罪ではありませんか! 実在したのですね!? というよりも、倒したのですか!?」


 カレンは、天使という非現実極まりない存在が側にいるせいで、感覚がマヒしていた。

 本来なら、天使や悪魔、大罪や神などは、伝承に過ぎないのだ。


「ロニアくんがどうにかしてくれたんだけどね」


「はぁあ……。やっぱり、何者ですのあのヒト」


「そうだね。ロニアくんは、とってもミステリアスなコだね」


 隠し事ばかりのロニア。

 カレンは知っている。彼は、心の奥底で涙を流していると。

 本性を知られたくないという、一歩引いた諦念に近い気遣いを。


「カレン、スピード上げるぞ。無駄口はそこまでにしろよ。舌を噛むからな」


 セスは、彼女らの足元に緑魔方陣を展開した。

 加速の魔法である。


 少数精鋭で、挑むことにした。

 テンプル協会の警備員は、どれも魔法使いとしては中堅。

 雇われであるため、戦闘員としては向いていない。


 できるなら、シトリウス協会の騎士たちを雇いたかったとセスは呟いた。


 件の教会には、やはり人影ひとつない。

 耳を傾ければ、風音のように囁くゴスペルが流れている。

 

 肌を突き刺すような寒さはここにはない。

 生暖かい湿地のような、べとつく熱気が充満している。


 鮮血のツンとした臭いが鼻を突き、アリスとソレイユは表情をゆがめた。


「ここ……なんだな」


 セスが、すっかり伸びた黒髪を後ろで結んだ。

 それは、彼女の臨戦態勢である。


 自分の心臓がやけに喧しく感じるアリス。

 これはもはや、調査という名のオアソビではない。


 殺し合いだ。

 クロウルの協力者なのだから、慈悲はない。


「……行きますよ。皆、準備を」


「――ああ」


「……わかりましたわ」


 セスは黒い革製の手袋を。

 アリスは懐から木製の小さな杖を。


 カレンは、青魔法:結び目の道(アーク・ノドゥス)で身長よりも少し高い白銀の杖を取り出した。


 近づくほどに、ゴスペルが盛り上がる。

 草と藁の青臭さが辺りに満ちる。


 むちゃむちゃと、咀嚼音が響く。


 やがて、カレンたちは目にする。

 教会の中で、死肉を貪る男を。


 彼はテンプル協会の制服を着ていたが、魔力探知に優れたカレンらは、ただの人間の持つ魔力ではないと見抜いた。


 セスが先陣を切る。

 彼女はカレンとアリスに目配せをした。

 ソレイユを囲むように、三角形のフォーメーション。


 全員が主力級であるための方陣だ。

 

 風のように男に近づいたセス。

 赤い魔方陣が彼女の拳を覆い、男に直撃する瞬間、爆破した。


 ズバンッ!


 爆風がカレンらを押し出す。 炎と土煙が視界を覆う。

 ちらりとアリスがソレイユを横目に見ると、彼の足元には白い魔方陣が浮かんでいた。


(白魔法? やっぱり、ただの猫ではありませんわね……)


 黒煙が晴れ、人間離れした跳躍力で戻ってきたセス。

 そこに立っていた男は、なんでもないように笑っていた。


「ヒドイなぁ……。ゴハンも食べさせてくれないの? ニンゲンって、やっぱりケチだね」


 パキパキと彼の顔がひび割れる。

 右半面が剥離し、姿を見せたのは怒り狂う牛のような様相で、角が勢いよく飛び出した。


「ミャアアッ!」


 ソレイユ。跳ぶ。

 白い剣が空間を撫で斬る。


 男は、その切っ先を右手で掴んでいた。

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