【第六十三話 筆頭たるゆえん】
ロニアが、ミカエルの愛銃【聖典黙示殲滅銃】を構える。
その白い銃身には、八つの眼がぎょろりとクロウルを睨んでいる。
迸るような赤いラインからは、忙しなく流れる魔力の流れを感じた。
ロニアが引き金を引く。
銃口から焔が上がる。
空気中のエーテルと放たれた魔力が結合した。
それは、聖弾であった。
光すら置き去りにするそのスピード。
クロウルが体を捩じらせて回避を試みるが、避けられない。
脳天を狙ったつもりだったが、弾丸は彼の右肩に螺旋を描くように貫いた。
弾がすぐさま大気中に霧散する。
「うぐぉっふ……!」
至近距離からの発砲。
クロウルは翼を背に吹き飛び、ロニアの足元で倒れた。
背中の骨翼がペキリと音を立てて割れる。
間髪入れずに、クロウルの口腔に銃口をねじ込む。
引き金を二度引く。
パンパンとライフルが唸るたびに、クロウルの肉体は弓なりに反る。
「ミカエルのやつ、知らない間に武装を変えやがって」
忌々し気に言うロニアの声色は、腹に響くほどに低かった。
銃身にある突起を押し込むと、ライフルがガシャンと音を立てて変形する。
【チェンジ:サーベル】。
引っ込んだ銃身の代わりに、ロニアの体内を迸る魔力で構成された赤光の刀身が現れた。
ブウンと唸るそれはおそらく、喉頭を穿っただろう。
血液と唾液すらも蒸発した。
けれど、ロニアの中で燃え上がるどす黒い炎はこれだけでは治まらない。
こいつは、もっと苦しめないといけない。
たとえ、許しを乞うてきたとしても。
「起きろよ。何勝手に終わってんだよ。【白魔法:回帰】」
「おごっ……あっ……がっ……!」
蘇ったとしても、彼の喉を焼く光の剣がそれをいたずらに奪う。
「キュア。キュア。キュア」
ロニアは無機質に、足元で蘇ってはびくんびくんと波打つモノを見下している。
赤熱する剣を引き抜き、ロニアはクロウルの顔面を蹴りつけた。
「答えろ。【午前二時の人形】ってなんだよ。どうしてオマエなんかが天使の力を持ってんだよ」
「い……言え……」
「拒否権はないッ! 言うか死ぬかどっちかだッ!」
最も神経が走る足の甲を、ロニアは斬りつけた。
ジュッと肉を焼く音。
絶叫を上げるクロウルの喉を踏みつけるロニア。
酸素を求め、クロウルの身体は芋虫のようにもだえる。
それでもなお、彼を見下ろすロニアの瞳は冷たいままだった。
「……どうした。さっさと答えろよ」
「ひぃッ! 言う、言うから! 俺たちは天使の力を模倣して……」
「天使の模倣? ボクらを安く買いすぎてんな」
「俺たちの……長も……お前と同じ堕天使なんだよ……!」
それを聞いたロニアの眉がぴくりと動いた。
ロニアは、自分こそが唯一の堕天使だと傲慢にも思っていた。
とたん、胸の奥で眠っていたはずの【鎖】が目を覚ました。
きりりと音を立てて、それはロニアを縛り付ける。
まるで、ボクの詮索を拒んでいるようだとロニアは思った。
「そいつは誰だ。さっさと答えろ」
「し……しらねえ! 俺はただの木っ端で……!」
「あっそう。じゃあもう死ね」
ロニアが、剣の引き金を引く。
光の刀身が空間を引き絞るような音を立てて回転する。
大気中のエーテルと酸素を喰らい、焦げた臭いが充満する。
【進撃せよ。汝、神に仇なす者也】。
無機質な音声が剣から鳴った。
回転はやがて音をも置き去りにし、ロニアも握っているのが精一杯。
【D/V/L。エクゼキューション】。
世界の音が止まった。
世界のにおいが消えた。
世界の、動きが止まった。
刹那の瞬きのあと、その空間に広がったのはすべてを飲み込む虚無。
罪を懺悔する暇もなく、かつてクロウルだった男は飲み込まれた。
蹂躙の末、ロニアは深く息をつきながら空を見上げる。
晴れ渡る晴天が、そこにはあった。
溜息。肺からあふれ出た。
【執行完了。お疲れさまでした】。
聖鎧:ミカエルの眼らが、ロニアの肉体から剝離する。
まるで蒲公英の綿毛のように、またはシャボン玉のように、それはふよふよと消えていく。
足元で広がる亀裂以外に、目立つ痕跡はない。
ロニアの瞳に、光が再び灯った。
そして、奪われた世界の概念が戻ってきた。
「……はあ、やっちゃった」
ふらふらと歩む前に、建物の壁に背を預ける。
静かだった心臓の拍動が、なによりもうるさく響く。
鎖が喉元を締め付け、まるで耳元で怒鳴るようにジャララと音を立てた。
心臓を、内側から握られるような痛みが響いた。
爪を突き立て、ゆっくりと、リンゴを潰すように。
胸元を抑え、ロニアは呻き声を上げながらその場に倒れ伏した。
「あっ……がっ……ぐぅあ……」
四肢が雷鳴の迸ったようにしびれて動かない。
口の中で、鉄の味が広がる。
カツカツと、ヒールの音を鳴らす人物がロニアに近づいた。
足音のリズムと、かすかに見えたその装いで、ロニアはその人物の正体に気づいた。
しかし、見上げる前に意識が途絶えた。
「憐憫。ラファエルに警告されたはずなのに」




