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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第六十二話 祭りの場所】

 ソレイユの毛皮が逆立つように、ロニアの肌に粟が立った。

 ロニアの高鳴る胸は、事態の異常さを雄弁に物語る。

 人混みをすり抜けるように、ソレイユとアリスの背を追う。


 いる。いてはいけない何かが、ここに。

 この感覚は、地獄の大罪とは違う。

 もっと、自分に近い存在。


 ――堕天使のソレに近かった。

 

「ソレイユ……! どこへ行くのですの! 待って!」


 アリスが呼び止める声を無視するソレイユ。

 風のような速さで走る彼は、ただの猫には見えなかった。

 

 生身では追いつかないと判断したのか、アリスは加速魔法で速度を上げる。

 ロニアもその手段を用いた。


 上腕で輝くエンブレムが、彼らの速さにより二本の光線となり走る。


「ロニアさん、ソレイユはいったいどうしましたの!?」


「……敵だ。あのときのダンジョンに似た臭いがする」


「なんですって!? ですが、全てのダンジョンは封鎖されたはず……!」


 その通りだとロニアは肯じた。

 治安維持のテンプル協会は、魔法にも長けている。

 だからこそ、ロニアの開発した封印魔法が使えなかったという訳ではない。


 ならば、考えられるのはひとつ。

 内側から破られた、ということだ。

 

 ただの砕獣はもちろん、いっぱしの魔法使いには破れない造りになっている。

 なにせ、ロニアが用いたのは天界でも使われている術式であったからだ。

 人間でも使えるように簡易化したものの、それでも効力はそのままのはず。


 エノク語。例のやせ細った男の言葉が気がかりだった。

 クロウル、と彼は言っていた。学院の狂った教師のクロウルと見て間違いないだろう。

 教師であるならば、学院祭の日付は把握しているはずだ。


 このお祭り騒ぎを狙っての行動か。

 クロウルという男の行動を考えれば、確かにやりそうなことだ。


「せっかくの祭りだっていうのに……!」


 この後に待つカレンとの時間を潰されたような感覚。

 直視していれば殴りたくなるようなあの顔を思い出すと、心の奥底で炎が沸き上がる。


 加速の緑魔法をさらに重ね掛けするロニア。

 もはやソレイユにも並び、近づけば近づくほどに頭痛が強まる場所へと駆けた。


「……あ?」


 しかし、眼前に広がるのはなんの変哲もない人だかりだった。

 肉を喰らい、甘い果汁を飲み、模造杖を振るって遊ぶ人々。

 享楽の景色の中に、風変わりなものはない。


 頭痛だけは、強まるばかり。


「どこだ、どこにいるんだ?」


「ミャア……!」


 ソレイユが鼻を鳴らし、辺りを見回す。

 耳をぴくぴくと動かし、爪を突き出した。


 背後に、数分遅れてアリスが到着した。


「探し漏らしがないか見てみましたが、道中に異変はありませんでしたわ」


「……うん。けど、おかしい。透明魔法(インビジブル)か? いや、教師なら使えて当然なはず」


「教師……。まさか、クロウル先生が!?」


 クロウル・マウスフィールド。

 レヴィアタンに呑まれ、ロニアらとウリエルに討伐された男。


「まさか……。あのダンジョンから抜け出してきましたのね……!」


「そのようだ。また、アイツの顔を見なきゃならないのか」


 憂鬱さを隠すそぶりもなく、ロニアはため息交じりに言った。

 実際、校舎ですれ違う彼を見ても嫌なニンゲン特有の澱んだオーラがあったのだ。

 ねちっこく睨みつけるあの眼光と、冷笑でもしているような口角。


 思い出すだけで、虫唾が走る。


「アリスさん。キミは先生に伝えてきてくれ。この際誰でもいい。セブチカ先生でも、セス先生でも。できるだけ混乱を招かないように」


「わかりましたわ。ロニアさんもできるだけ穏便に」


 アリスが去ろうとしたときだった。


「へえ? じゃあ、俺に伝えてくれよ? 『クロウル先生~! 砕獣が出ました~!』ってなあ!」


 アリスの頭上に突如として闇が凝固し、漆黒の大剣となって降り注ぐ。

 ロニアは、風のように駆けてアリスの前に立った。


 六角形の白い膜が、次々にロニアと彼の間を覆う。

 自動防護膜である。数多にも展開された結界により勢いは殺され、剣は霧散した。


 ロニアは、目の前の下卑た表情を浮かべる男を睨みつける。

 噂をすればなんとやら。


「クロウル……! オマエ、懲りずに出てきたな……!」


「それが教師に対する物言いかァ! ウゥヒャヒャヒャ! 戻ってきたぜぇ、俺はよお!」


「そんな……もう……!?」


 高笑いを浮かべ、二撃目を食らわせるクロウル。

 しかし、膜に阻まれて攻撃は届かない。


 この騒ぎを聞きつけた観衆が集まってきた。

 物珍し気な表情で、彼らはこの鍔迫り合いをアトラクションか何かだと思って眺めている。


「なあ、天才。もしも俺が、ここで民衆を一人でも殺したらどうなる」


 クロウルがロニアの耳元で囁いた。


「祭りは台無し。あのときの砕獣襲撃事件の二の舞だ」


「正解だよぉ! 生意気に実行委員長のエンブレムなんかつけやがってさあ!」


 彼から伸びた尻尾のような槍が、眺めている子供の眉間に迫る。

 さすがに、あの距離までは膜を張れない。


「アリスさん!」


「わかっていますわ!」


 アリスは子供の前に滑り込み、すぐさま青魔法で簡易的な防護壁を生み出した。

 ゴゴゴと地表が隆起し、土の壁が槍をへし折る。


 震える子供をアリスが抱きしめ、『大丈夫ですわ』と背中をポンポンと叩いていた。


「……早くみんなを連れて、校舎に行ってくださいまし。もっと面白いイベントがございましてよ」


 アリスが必死に瞳で促す。

 子供はしばらくぽけっとしていたが、笑顔で家族を連れて校舎へと消えた。


「……オイオイ、なに別のオンナを侍らせてンだよ。カレンとかいういけすかねえ学院長の孫はどうした。()()()()()か?」


 その言葉に、ロニアの額には青筋が走った。

 涙袋と口角が痙攣しはじめる。


 ロニアの両足が踏みしめる地面に、バキバキと亀裂が走った。

 彼の真っ赤な双眸から光が消え、内臓を押し下げるような圧が空間を襲った。


「ぐっ……、なんだ、気持ち悪い……」


「メシが当たった?」


 人々が口をそろえて不調を訴える。

 アリスも例外ではなかったが、彼女はむしろそれを貴貨と捉えていた。


「うっ……、でも……今が好機ですわ! みなさん! 医療テントはこちらですわ! さあ、はやく!」


 人々を連れて、ソレイユを抱きながらこの場を離れるアリス。

 最後に振り向いた彼女の瞳は、ロニアの小さな後姿を捉えていた。


「……負けないでくださいまし。ロニアさん」


 やがて皆が去った後、ロニアの呼吸が荒ぶる。

 最後の最後まで、理性で怒りを抑えていたのだ。

 この怒りが達すると、人々にまで被害が及ぶ。


「オマエ……、自分が何を言ったかわかってんのかよ……!」


「あぁ~ん? あのアマは寝取られたのかって言ってんだよ」


「そうか……。どうやら死にに来たみたいだなあ!」


 ロニアが声を荒げ、喉元のチョーカーにある赤い宝石を押し込む。

 ミカエルのモノであり、現状使用できる試練の鍵において最高火力である。


【エラー:権限を検知できませんでした】。


「うるさい黙れッ! いいから使わせろッ!」


 力強く喉元を押し込むロニア。

 彼が足を踏み込むごとに、黒い魔力がクロウルを押し出す。

 

「うぉおッ! んだこれ……!」


 やがてクロウルは、ロニアの背後に広がる黒い翼を幻視した。


「何してるんだこのポンコツ!」


【エラー。エラー。エ――】。


【認証しました。聖鎧:ミカエル、転送】。


「『オソレミヨ、これが神に似たるもの! もはや汝の罪は贖われん』ッ!」


 ロニアを囲むよう、四方に白い魔方陣が浮かんだ。

 それが交差してロニアを通過すると、天界で使われているいくつもの機械的な目がロニアの身体を覆う。


 眼がロニアの身体へ吸着するたびに、ドゥンという拍動にも似た音が響く。

 それらはやがて、真っ赤な鎧としてロニアの全身に纏われた。


 彼の右手には、ミカエルが愛用している(アサルトライフル)が握られている。


「もう、言葉は意味をなさない……! オマエが許されるには、その命を神に返上することだ!」


「やってみろよ、できるんならなあ!」


 クロウルの背後から、肉を骨から引きはがすようなミチミチという音が響く。

 やがて広がったのは、骨のように歪な翼だった。


「知ってんだぜ、テメエが堕天使だかってことはなあ!」


「そんなことはどうでもいい……。カレンをその汚らわしいその口で穢したコト、その命で償え!」

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