【第六十話 冷たい雪をぶっ溶かせ!!】
「へへ、ようやくかあ」
「……え、お前ってそんな笑い方する奴だった?」
信じられないモノを見るような顔で、何度もロニアを見るのはルームメイトのネヴィル・カデンだった。
「いや、ボクにとっては初めての学院祭だからさ。ちょっと楽しみなんだ」
「マジで大丈夫かお前。実行委員長になったり、祭りを楽しみにしたり」
ネヴィルは、入学したての怠惰極まりないロニアを知る数少ない人物。
だからこそ、ロニアの変容ぶりに呆然とするしかなかった。
夜も暮れ、時計は22時を指している。
ロニアは、精霊に温めろと命じた布団で温もりながら、脚をぱたぱたさせていた。
寝ようとしても、なんだか眼が冴えて眠れない。
「あれはさ、不可抗力なの。でも、えへへ。カレンはどこに行くんだろうなあ」
「マジで好きなんだな……」
唯一気がかりだったダンジョン封鎖も、セスが根回ししたおかげで全て完了したそうだ。
これで気兼ねなく楽しむことができる。まずはどこに行くか。
売店を巡るのもいい。出し物に参加するのもいい。
あとは――。
「てか、実行委員長って遊べんのか? 忙しそうなイメージあるけどな」
「え、そうなの」
「去年はあちこち行ったり来たりだったっぽいぞ」
温まった布団が、キンと凍り付いた。
部屋に霜のかかるような寒さが満たされる。
頬筋が収斂し、ネヴィルはカタカタと震えていた。
「さ……さむ……。なあ、窓開けたの誰?」
「……しらない」
ぷいっとそっぽを向き、ロニアは布団に潜り込んだ。翌日まで一言も発すること無く、ネヴィルは極寒の中夜を明かすのだった。
─────────◇─────────
暖かな日差しでありながら、頬を撫でる風は冷気を帯びていた。クリスタリア魔術学院普通学科の生徒数千人が、外れの演習林に集まっている。
足元には、数日前に降った根雪が残っていた。
みな、頬を紅潮させている。
祭りへの興奮か、それとも寒さの表れか。
白い息を吐きながら、祭りの予定を語り合っていた。
仮設テント下の、上腕で腕章を輝かせる実行委員たちも、ひとりを除いて学院祭の開催を心待ちにしている。ロニアはカレンに襟を正されながら、死んだ魚のような表情をしていた。
ロニアの肩には実行委員の紋様が刻まれた服を着せられた白猫――ソレイユが微睡んでいる。
「はぁ……。ホントにやらなきゃダメ?」
「ええ、当然ですわ! 由緒正しいクリスタリアの学院祭、その元締めなのですのよ!」
ロニア・ロンドが苦虫を噛み潰したような表情で、アリス・ワンダラーから手渡された三枚の紙を見つめていた。
「私が指名しておいてあれだが、まさかロニアが全生徒の前に出ることになろうとは」
「私もびっくりです。あんなにもめんどくさがり屋だったロニアくんが……」
ロニアのネクタイをキュッと締めるセスとカレン。
心做しか、いつもよりも凛としているような感覚を覚えたロニア。
ロニアとアリスの腕章は他の委員よりもひときわ輝いている。
委員長と、副委員長の証だ。
「うわ、こんなに沢山……」
「わたくしが夜なべして作った、人心掌握間違いなしのスピーチ原稿ですの! ささ、出番ですわよ委員長! スピーチの後は全36区画の見回りと、売上計算、迷子の対応、クレーム処理とクラスの出し物が待ってますわ!」
「うう……委員長権限で休めない?」
「そんなモノありませんわ」
肩で眠っているソレイユを降ろそうと抱き上げても、爪を突き立てて抵抗している。
仕方がないので、そのまま向かうことにした。
テントからカレンの応援が聞こえ、生徒たちが歓声を上げる。耳元で、ソレイユが大きな欠伸を上げた。
壇上に立ったロニアの背後には、セスら実行委員デザイン部門が旗に描いた今期のマスコットいた。
鷹の頭、虎の胴体には鷹の翼が生えており、直翅類の脚をしたキメラが不気味にはためいている。
結局、このデザインにしたのか。
「マジで!? あのロニアが委員長!?」
「似合ってるぞ〜! 天才ク〜ン!」
「ぬいぐるみなんか抱いて、あざといぞ〜!」
こんなときだけ、なんて調子がいいヤツらだ。
ため息をつくと、白い息があがる。
右手に持った原稿にチラリと目を通し、烏合の衆に向き合った。
「はぁ……。え〜と、ご機嫌うるわしゅう、生徒諸君」
変に硬くなりすぎている、事務的な文章だ。
生徒たちの間でも、学年一位がいったいどんな高尚なスピーチが始まるのかとざわついていた。
これをロニアが言ったところで、盛り上がりはしないだろう。それに、長々しく語るのは趣味ではない。
原稿用紙を畳み、ポケットにねじ込んだ。
「え〜、楽しみましょ。はい、以上。行ってらっしゃ〜い」
「ミャッ!」
生徒たちの間に、わずかな沈黙が走った。
互いに顔を見合せ、ロニアの言葉を反芻している。
それを破ったのは、バリバリと空を揺らすような歓呼の声。
「スピーチ最短記録だああ!」
「生徒の気持ちを何よりもわかってやがる……! 天使! ロニア様マジ天使!」
テントに戻ると、アリスが口をあんぐりと開けていた。カレンも目を見開き、口元を手で隠している。
「ちょ、ロニアさん!? いったいどういうつもりですの!? わたくしの、血と涙の結晶が……」
「悪いけど、長すぎたし。あ、でも文字はとっても綺麗だったよ。すっごく読みやすかった。それにみんなだってボクの話を聞くより、早くお祭り楽しみたいでしょ? ソレイユもそう思うだろ?」
ロニアはソレイユの右脚を優しく掴み、人形劇のようにフリフリと揺らした。
「『ミャッ! ボクは早くお祭りに行きたいニャ! 労働なんて嫌ニャ!』……ほらね?」
「途中からお前の本音が出てるぞ」
セスがロニアの頬をつねった。
彼の柔らかさは年々増しており、いずれ液体になって溶けてしまうようだ。
「まあ、結果オーライなら」
「結果が良くてもプロセスが最悪ですわ! わたくしの徹夜を返してくださいまし!」
瞬間。学院長の挨拶が終わったらしく、ついに開催が命じられた。爆発音のような声と共に、一斉に生徒たちが走り出した。
飛び上がったアリス。
「……っ! まあ、大衆の心を掴むという結果だけは評価してあげますわ。勘違いしないでくださいまし! 今回だけですわよ!」
アリスが拳を握りしめながら、ズレていた眼鏡を正した。流石に彼女の苦労を無下にしたので、後でクレープでも奢ってやろう。
「さて、私たちは行くぞ。忙しくなるからな」
「じゃあ、頑張ってね、ロニアくん!」
「うぇえ……。行かないでよカレン……」
力なく手を伸ばすロニア。
申し訳なさそうに手を振るカレンの影は、校舎の中へセスと共に隠れた。生徒が出す店の監察に向かったのだ。
「まるで迷子の子供ですわね。預かって差し上げましょうか?」
笑顔で語りかけるアリス。
やけに圧を感じる物言いに、ロニアは思わず背筋を正した。
「あっ、いえ、頑張ります!」
カルニバルは、生徒たちの雪を溶かさんとする熱気と共に幕を開けた。
しかし、歓声に沸く生徒たちの足元に、ぬるりと這いよる蛇がいた。
誰も、それに気づくことはなかった。
「……ミャ?」




