【第五十九話 ソレイユ】
「ミャ」
その白猫はふてぶてしく、まるでヒトを見下しているような表情を見せていた。
「え、ヤダ」
「ミャ……」
揺れていた尻尾が垂れ下がり、白猫は目を俯かせた。その様に、何故か胸がずきんと痛む。
白い毛皮に赤い瞳。まるで、かつての自分を見ているようだ。
拒絶され、突き刺す寒さに凍えながら孤独に生きていく。
あまりにも、自分に似通いすぎている。
だからこそ、気持ちが悪い。吐き気がする。
鏡写しの自分を見ているようだと、ロニアは眉を顰めた。
「観測。孤独は孤独を呼ぶ。……アナタはこの子をどう受け入れる?」
「まさか見捨てちゃうの、ロニアくん?」
眉をへの字に曲げたカレンが、ロニアを見上げられるように屈みながら上目遣いを見せた。
「こんなにも小さい毛玉ちゃんなのですわ。可哀想なことを言わないでくださいまし」
「えぇ……いやだってさ、今日知り合ったばかりの人だよ? 貰えないって。それにさ、学生寮はペット禁制でしょ」
「ああ……そうだった。私、実家住みだから忘れてた……」
「カレンさん。確か、あなたのおじい様は学院長でしたわよね? 掛け合ってくれませんこと?」
ミカエルが抱いていた白猫が身体を捩り拘束から脱走する。そして、ロニアに飛びついた。
「のわッ! なんだよコイツ……」
首根っこを掴んで引きはがそうとしても、爪をコートに突き立てて抵抗している。
「痛い痛い! 服が破ける!」
大事なコートを傷物にされても困る。
仕方なく、非常に不本意だが、肩の上に置くことを決めた。
「人懐っこいのですわね。あらま、うとうとしはじめていますわ」
「ホントにロニアくんそっくり〜!」
いつもはそんな眠そうな顔をしているのかと突っ込みたくなったが、この猫をなんだか起こしてはいけないような気がする。
もしもロニアならば、睡眠を妨げられたらへそを曲げる。
この猫がロニアの分身だと言うのなら、今は放っておくのが吉だ。
「……重くなってきたら降ろすからな」
触らぬ神に祟りなし。
「そっくりって……ボクは二人もいらないでしょ?」
ロニアは、ついに丸まった白猫を横目に見ながら呟いた。
喉をゴロゴロと鳴らし、だが擦り寄ることはしない。
「でも、まるで弟か妹みたいだね」
「……そうだね」
妹という言葉が、ひどく懐かしく感じてしまうのは何故だろう。
ツンケンしていて、それでもなお優しいような響き。
ロニアの脳裏に、誰かの姿が過った。
「問題ない。この猫は、認識阻害の首輪を施してある。他のヒトには、ぬいぐるみに見える」
「ナニソレ。都合よすぎでしょ。いくら熾天……支店長だって言っても、そんなモノ作れないって」
「え、これチェーン店なの?」
ロニアは、肩で眠る白猫の顎を撫でた。
指先にチリンと触れる鈴がある。
きっと、これのことを言っているのだろう。
「……とりあえず、セス先生なら預かってくれるよ。多分ね」
「残念。ワタシは、アナタに飼ってほしかったのに」
「胡散臭すぎるよ。認識阻害なら、なんでカレンやアリスさんには猫だってわかるのさ」
「チッ。バレた」
ロニアが、口元を歪めてミカエルを睨む。
熾天使の中でも、特に苦手なのがこのミカエルである。
力だけでなく、策略にも長けている。
「バレたってなんだよ。何が目的なんだよ」
「沈黙。今は言えない。他の客の妨げになるから、早く帰って」
そして時に、このように身勝手な一面もある。
話に聞くルシフェルと似通っていた。
なんとも厄介な兄妹だ。
冬は日の入りが早い。
暮れなずむ茜色の空により、ロニアと白猫の毛髪がキャンパスのように染められた。
「ねえねえロニアくん。せっかく飼うんだしさ、名前つけようよ!」
「いや、飼うのはセス先生……」
「名案ですわね。我々砕獣研究クラブのマスコットにもなりますわ」
まだ加入してすらいないのに、アリスはもうクラブの一員であるかのように振る舞っていた。
どちらにせよ、ロニアはアリスともっと関わりたいと思っていたので、歓迎はする。
「アリスさんまで……」
「シロなんていうのは如何でしょう?」
「安直すぎるかなあ……」
ペットの名前なんてそんなモノではないか?
使い魔こそあれど、愛玩動物の経験はない。
これは、ネイティブ人間である彼女らに任せるべきだろう。
「あら、そうでしたの? では、ホワイト」
「アリスさんの母語でも同じことだってば。白色じゃん」
「なんでもいいよ、この際」
「「良くない!」ですわ!」
ひぇえと情けない声を上げるロニア。
どうしてこういうときだけ団結力を発揮するのか。
「じゃあ、好きなモノの名前にしたら? ボクならピローとか」
「えぇ……枕にでもするつもりですの?」
「例えばだよ。例えば」
カレンは手を顎に当てて考え込み、やがて眼鏡を光らせた。
「あっ、【ソレイユ】っていうのはどう!? みんなを明るく照らす、カワイイ太陽!」
「おっ、いいじゃん」
「ぐぬぬ……ちょっと悔しいですわ……。素晴らしいのが余計に……」
─────────◇─────────
「報告。……こちらミカエル。対象の追跡は、部分的に完了」
フードを外したミカエルが、喉元のチョーカーに手を当てて誰かに語り掛けている。
それは、試練の鍵。ロニアの持つモノとは形状が違うが、四つの宝石があった。
クレープ屋はいったん店じまい。
店頭に、【落涙。また明日お越しください】という看板が置かれている。
宿の一室で、ミカエルはベッドに腰かけていた。
《部分的? それはどういう意味なんです?》
相手はウリエルだった。語尾が上ずり、口頭でもわかるほどに困惑の色を滲ませていた。
「発信機を、別のヒトに預けるそう」
《……それって、失敗では?》
「否定。そんなことない。ロニアも頻繁に訪れるみたい。クラブがなにかわからないけれど」
《ワタシたちでもやってる奴、あるじゃないですか。茶葉同好会。それと同じです》
ウリエルの背後で、ガブリエルが騒いでいる音が聞こえた。
ミカエルは一瞬の沈黙を挟み、再び言葉を繋ぐ。
「質問。サタンの同行は?」
《アスモディウスの処理に忙殺されています。ラファエルが解決した案件ですね。全く、同情します》
「了解。引き続き、監視を続ける」
通信を終了しようとするミカエル。
横目に外を見ると、すっかり暗くなっていた。
「……くあぁ……」
《あら、欠伸なんて珍しいですね。アナタともあろうヒトが》
「苦言。ワタシはヒトではない。人間界に来ると、なんだか機能が著しく低下する」
《……見つかるといいですね。ルシフェルの痕跡が》
その言葉を最後に、ミカエルは何も言わずに試練の鍵を外した。
ベッドサイドテーブルに乱雑に起き、そのままウトウトと眠りに落ちてしまった。




