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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十八話 真っ白なクレープ】

「ところでせんせ。おかねちょーだい」


「あ? 継承戦の後にやらなかったか?」


「貰ってません。ねだっても、『今は忙しいからまた後で』って……」


 結局、件のクレープ屋を訪れることになったロニアと二人の弟子たち。

 リウやマチィナも誘いたかったが、彼らにも出し物の準備があるそうだ。

 ロニアも、実行委員と掛け持ちしているカレンのモノを手伝うことにしていた。


 だが、まずは糖分補給だ。


 ロニアのなけなしの貯金が底を尽きた為、こうしてセスに駄賃をねだっている。

 ロニアの財布の紐を握っているのはセスなのだ。


「……そうか。銀貨何枚だっけ?」


「金貨じゃダメ?  ボク色々頑張りましたよ?」


「……わかったわかった。ったく、ワガママな生徒だ」


 苦笑しながら、セスは3枚の金貨と8枚の銀貨をロニアの手のひらに押し付けた。

 無駄遣いするなよと言って、セスはロニアの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「まるで母子みたいだね」


「……そうだね」


 実際そうなのだとはまだ言えなかった。


「ロニアさん。あなた、仮にも学年一位ですわよね?」


 アリスが信じられないものを見る目で、ロニアと金貨を見比べていた。

 クリスタリア魔術学院のトップが金欠であるという事実は、彼女の常識からしたら言語道断なのだろう。

 しかも、母親に金銭をせびるその姿は高等学部生ではなく中等学部の男の子にも見えた。


 しかし、ロニアは羞恥心こそあれど、どうしても食欲と金欠は誤魔化せないと知っている。


「あのね、一位と言っても金銭には困るし腹も減るの。最近、服も買い始めてさ。アリスさんは実家が太いから分からないかもだけど」


「ふ、太くはありませんわ!  小遣いにも困っていません!  それに、実家が太いのはあなたのフィアンセの方ではなくて!?」


「えへへ……フィアンセかぁ……」


 カレンが顔を紅潮させ、照れくさそうに両手の人差し指を軽く付き合わせて視線を落とした。

 ロニアはしばらくその言葉の意味を考えていたが、理解した瞬間、ぼんっという音と共に顔が赤く染った。


「……あの、イチャイチャなら他所でしてくれませんか?」


「あたしたち準備で忙しいんですけど」


 実行委員たちのブーイングが響く。


「あぁ〜、あつ。冬なのに」

 

 呆れたような声色のセスが窓を開けた。

 穏やかな冬の風が部屋を満たし、熱をもったロニアの頭を急激に冷やした。


 それと同時に、ぐぅうと低く唸るような音が準備室に響いた。その音の主へとロニアたちが振り向くと、彼女は銀色の瞳をわなわなと震わせていた。


「は……恥ずかしいのですわ」


「まあ……いいから行ってこい。ロニアもアリスも疲れただろう。甘いもの食べて元気でも蓄えとけ」


 セスがカレンに目配せすると、彼女はロニアとアリスの腕を両手で掴んで走り出した。

 後ろから見る彼女の耳は、まだ赤かった。


 クリスタリア魔術学院の敷地は広大である。

 保有する領地だけでも、ひとつの大きな街として成り立っている。

 だからこそ、出店の割り振りには何日にもわたる下調べが必要なのだ。


 そんな中、不思議な発見もある。

 それがまさにカレンらの見た不思議なスイーツ。

 クレープとやらである。

 

 五感を言葉に表すのは、一度経験しなければ不可能に近い。

 オレンジのような匂いと言われてもそれを知らなければわからない。

 渡り鳥の鳴き声と言っても多種多様であり、聞いてみなければわからない。


 味覚に関してもそうだ。

 カレンは『とろけるような甘い雲に、薄いパン生地と苺が乗っかってた』と語った。

 どのように甘いと訊いても、彼女は首を傾げて考え込んだのだ。


 冬景色の街。校門の裏側に位置する居住区は白くめかしこんでいる。

 ダンジョンの動乱から帰ってきたばかりの火照った体から白い湯気が上がっていそうだ。

 道行く人の数はまばらで、それぞれ自室で暖を取っているのだろう。


「あ、あったよあそこ!」


 カレンの指さす方向には、ひどく風変わりな屋台があった。

 深くフードを被っている店員が、石像のようにこちらを見つめている。

 肩まで伸びた白髪が目に入った。

 

 周りは煉瓦製の家屋なのに対し、あの屋台は金属製のパイプで作られた支柱に見たこともない繊維の布を張っている。

 妙に角張った文字で、こう書かれてあった。


【美味! 栄養補給所(実際美味しい)】。


 このセンスは間違いない。


「み……ミカエルさん……?」


「否定。ワタシはミカ。注文ならば早くして」


 もうすでに、ミカエルは右手にお玉、左手にはT字型の道具を持っている。

 液状の生地を掬い、陽炎を生み出すほどに熱された鉄板の上に垂らした。

 トンボと彼女が呼称した道具で生地を円状に回す。


 バターと卵が香り、思わず口内で涎が生成される。

 美味しそうだなんて、思っていない。


 現に、眼前のミカエルとあのダンジョンの擬似天使の男が気がかりだった。

 

 だが、ロニアは心の中で強がりながらもクレープを三つ注文していた。


「……ミカさん。この苺と、ポテトと、ナニコレ。甘蕉?」


「享受。それはバナナという果実。とろみのある甘みが特徴的で、南国・アーランヤでは大人気」


「じゃあ、それを」


 ミカエルは頷き、足元の棚から材料を取り出した。

 真っ赤な苺を慣れた手つきで刻み、それと同時に紫芋とバナナが輪切りにされた。

 ひとつ目のクレープに焼き目が付き始めたころ、手元にあった、白いもので張っている袋を手に取る。


「なんですの、それ?」


「自賛。ワタシが開発した、【ホイップクリーム】。味は格別だと自負している」


 それならロニアも知っている。

 さてはミカエルのやつ、未来でつまみ食いしたな。

 どうせ気に入って、技術を盗み出したのだ。


 きっとガブリエルが好むだろう。


 ミカエルが袋を絞ると、まるで雲のようなクリームが飛び出した。

 カレンがそう形容していたのも無理はない。

 生地越しに加熱され、砂糖とミルクの甘い香りが漂ってくる。


「やっぱり美味しそう……」


「回想。アナタはさっきも来た。警告するが、これ以上食べたら太る。ただでさえ、少し腹が出たのが気になるんでしょ?」


「な……なんでそれを!?」


 カレンが腹部を腕で隠しながら屈んだ。


「別にちょっとぐらい太ってもいいでしょ。そっちの方があったかいよ?」


「ろ、ロニアくんまで!?」


「レディに対しなんてことを言いますの!?」


 太りすぎは確かに避けるのが吉。

 しかし、程よく太っていたほうが健康なのではないか。

 細身のロニアは、太るということに無縁である。


 もちもちの頬を持つと母親(セス)やカレンに言われているが、カレンの場合それが腹になっただけのこと。

 何ら変わりはない。


「憤慨。騒ぐならあっち行って。綺麗なクレープができない」


「いや、アンタが始めたんじゃ……」


「何か?」


「いえ、なんでも……」


 ミカエルの圧は、ラファエルのモノほど重くはない。

 しかし、それでもなお熾天使である。

 カレンやアリスはもちろん、ロニアまでもが背を正してしまった。


 見る見るうちにクレープが完成していく。

 最後のひとつが、ヘラで鉄板から離れた。

 器用に畳まれ、紙袋へと入れられる。


 鼻腔を通り抜け、ほのかに甘いミルクの匂いが脳に伝わった。

 ちらりと除く黄色く、黒い微小な種を持つソレはバナナのモノだ。


「……お代はいらない。今日だけは」


「ええ!? 私、あのとき払っちゃいましたよ!?」


「心配無用。あなたは二回も来てくれた。サービス」


 涎により溺死しそうなロニアは早速バナナクレープにかじりついた。

 ふわり柔らかい生地に、甘みを持つ綿のようなクリームが口内を独占した。

 

 二口目。

 バナナを二つほど巻き込んだその咀嚼は、舌の上で踊る食材たちに酸味という新たな役者が加わえられた。

 これにより、クドくなりがちな甘味にメリハリが与えられ、飽きを防いでいる。


「んんっ……! んまい……!」


「わたくし、こんなの今まで食べたことありませんわ……。あぁ、いけません。ついつい食べ過ぎてしまいそうですわ……!」


「でしょ! また来ようっと!」


 クレープにかぶりつく三人を、ミカエルは頬杖を突きながら見守っていた。

 その表情は鉄のように硬く冷たいままだが、その赤い目だけは暖かみを含んでいる。

 

 すると、彼女の肩に突然白いネコが飛び乗った。


「放念。ここにアナタのモノはない」


「ミャ?」


 白猫が細めていた目を開くと、ロニアのように赤い目をしている。


「偶然。ワタシも、アナタも。あの子(ロニア)も、本当にそっくり」


「んぐ? 何か言いまひた?」


「……別に」


 煩わしそうに、その白猫を抱きかかえるミカエル。

 屋台から出て、ロニアの元へと接近した。


 見上げるほどに身長。上目遣いでは、彼女の全長は捉えられない。


「提案。この猫、アナタが貰って」

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