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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十七話 新しいともだち】

 ダンジョン、【腹減りの翁】の入り口で歩き回っているアリスは、冷汗を滲ませていた。

 心臓が早鐘を打つ音がいやに喧しく、眼鏡を拭きながら彼女は溜息をついた。

 

 今しがた、合図として青魔法で取り出した大岩を転がせたばかりなのだ。


「はあ……心配だわ……。ロニアさん、無事でいてくださいまし」


 アリスの祈りをもてあそぶかの如く、突然の轟音と衝撃波が彼女を吹き飛ばした。


 ドオオンッ!


「ぎゃああああッ!」

 

 まるで紙屑のように彼女は後方へと吹き飛び、雪により濡れた雑草が制服やタイツに引っ付く。

 咳と共に体を起こすアリス。前方に目をやると、洞窟の口がぼやけていて輪郭すらも怪しい。

 頭を振って汚れを落とすアリス。顔をペタペタと触ると、やがて顔が青ざめた。

 

 彼女にとって、眼鏡は命よりも大事なのだ。

 なぜなら、彼女は眼鏡を外してしまうと――。


「ありません、ありませんわッ! わたくしの眼鏡が!」


 何も見えなくなってしまうのだ。

 カレンよりも重度の難視である。


 ゴロゴロとその場を転がり回るアリス。

 その様は、まるで大きな兎のようにも見える。

 視覚の権限を触覚へと委任し、手先で景色を探る。


 掌をくすぐる雑草を押し込むと、風変りに硬い何かがあった。

 指先でそれの形を確かめると、それはアリスの銀縁眼鏡。

 あったと口元をほころばせると、その手は柔らかい何かに重ねられた。


 短い頓狂な声を上げ、思わず目を閉じ丸くなってしまう。

 すると、耳の裏に眼鏡のブリッジをあてがわれた。

 ゆっくりと暗い視界をこじ開ける。

 

 アリスの視界が鮮明になり、クリアになった景色をどどんと独占する少年がいた。

 彼の背後からは煙が立ち込め、雪のような白髪が残骸により煤けていた。


「……何やってんのさ」


 紅玉のような瞳が、アリスの顔を覗き込んでいる。

 彼の瞳越しに、自身の情けない姿が映っていた。


 温かな吐息がアリスの皮膚を撫でる。

 彼女はみるみるうちに紅潮し、頭頂部からは湯気が立ち上る。


「ち……近くは……あ、あ、ありませんこと?」


「ここまで近づいたら流石にと思ったけど、まさかそこまでなんて……」


「べ、別によくて!? 眼鏡はわたくしのアイデンティティですわ!」


 悪いとは言っていない。そう、ロニアが肩の汚れを払いながら苦笑した。

 

 ロニアがダンジョンの入り口を一瞥すると、呼応するようにそれは瓦解した。

 瓦礫が入り口を塞ぎ、微かな隙間風が差しこんでいる。

 もはや【腹減りの翁】などではなく、【泣き虫の少年】のような音を鳴らしている。


「……ご無事なのですね」


「うん。工事かんりょ~。見ての通り、ちょっと汚れただけ」


「ですが、こんなにも派手に……。いったい、どんな魔法を?」


 アリスは、座り込んだままロニアの手を掴んだ。

 彼を見つめるアリスの眼は研ぎ澄まされており、戦場でのカレンの眼光にも通ずるものがあった。

 

「ボクの自動防護壁だよ。白魔法のいっこだね」

 

 無意識下に展開されているもので、一朝一夕に使えるものではない。

 

 ロニアが空を見つめながら、そう呟いた。

 だが、それでもなおアリスは食らいつく。


「伝授してはいただけませんこと?」


「えぇ……めんどくさ……」


 歯を食いしばるアリス。

 刹那に表情を強張らせ目を逸らし、再びロニアに向き合った。


「そこをなんとか!」


 今までのプライドはどこへやら。

 地面に額をこすりつける勢いで、アリスは頭を下げた。

 高飛車という名は、先ほどの爆破で吹き飛んだのだろうか。


「……わかった。でも、ボクはワガママで傲慢だ。カレンと一緒に学ばせるからね」


 アリスが勢いよく頭を上げると、額にくっついていた雑草がはらりと落ちた。

 その様が可笑しかったのか、ロニアは口をすぼめて笑いを堪えている。

 

 やがて、彼は悟りを開いたように目を閉じる。

 滋味深い滑稽さを、微笑という形で消化していた。

 

「……いつか必ず、超えてみせますわ。ロニア先生」


「ロニアさん、もしくは呼び捨てでいいよ。じゃ、さっさと戻って報告しよう。あ、封印結界を張っとかないと」


 言って、ロニアは白い魔方陣を展開した。

 そこに、指先で六芒星を描く。


「ええとなんだっけ。【天と地。均衡と支配のはざまにて眠れ】」


 バシンという、叩くような音が響きダンジョンの入り口を覆った。

 たまたま舞っていた花びらがその結界に触れると、理不尽なまでの力により跳ね返された。

 あれをヒトが触れると、果たしてどうなってしまうのか。


 アリスは、想像するだけで身震いをした。


「あ、その点については大丈夫。ヒトみたいな有機生命体が触れると、静電気がバリバリって奔るだけだから」


「静電気の擬音ではありませんわ……」

 

      ─────────◇─────────


「……と、いうことがありました。ハイこれ。ボクが考えた結界魔法。周りのダンジョンも、これを使えば封鎖できます」


「大丈夫? ロニアくんもアリスさんも怪我してない?」


「まあ、概ね無傷ですわ」


 カレンと共に、砂糖の甘い匂いを漂わせるセス。

 ロニアら二人が危機に陥っていたときになんと呑気なコトかと、彼は二人を目を細めて睨んだ。

 

 セスがロニアの渡した羊皮紙を手に取り、顎に手を当ててそれを睨んでいる。

 封印結界の使用法と、魔方陣の描き方が記されていた。


「テンプル協会がダメでも、アポテオシスのヒトらなら使えるでしょ」


「まあ……どうだろうか。テンプル協会は学院祭の警護に当たってくれるが……」


「ま、そこはオトナがなんとかしてください」

 

 生徒らがどうこうするよりも、学院の安全管理の責任は大人らにある。

 下手に動き回るよりも安全だ。


 協会のニンゲンらがダメでも、教師陣なら扱えるほどに簡略化してある。

 魔方陣は最初からそう描くのではなく、ルーン文字による数式が必要なのだ。

 編み出された解が、方陣というアートになる。


 クリスタリア魔術学院普通科に、魔方陣アートという科目があるらしい。

 確か、マチィナとリウが受講していた。


「……ほんで、カレン。何食べてきたのさ」


「えっ!? いやえっとぉ……何も食べてないよ?」


 眼鏡越しに青い目を泳がせるカレン。

 自分の弟子は二人とも眼鏡をかけているし、母親も稀に黒縁のものを身に着けている。

 この際、サウムルで自分も買ってこようかと考えた。

 

「嘘つけ。こんなに甘い香り漂わせて、何も食べてないのは無理がある」


「だから食べてないってばあ~!」


「口元にクリームついてる」


「えっ!?」


 しばらくの沈黙。

 カレンの絞り出すような『ごめん』が、準備室に木霊した。


「……先生と外回りに行ってて……そしたら新オープンのお菓子屋さんがあってぇ……」


「カレン、じっと見つめてたもんな」


「でも、店員さんがちょっと怖くって」


 セスが苦笑しながら首肯する。

 ロニアよりも早く、アリスが首を傾げた。


「お菓子屋さんで? 店員が怖い?」


「無表情でね。フードも深く被ってた。知らないお菓子作ってたんだよ。名前は確か――」


 頬に人差し指を当て考え込むカレン。

 セスも、ロニアの渡した羊皮紙から視線を外し記憶をたどる。


「ああ、確か、クレープって言ったか?」


「そうそれです! このあたりじゃ見なくて。これは何ですかと訊いても『愚問。お菓子以外の何物でもない』って!」


「うわ、ヤな店員」


 ロニアが最も嫌悪するタイプの店員である上に、その口調にはひどく馴染みがあった。

 ああ、よりにもよって()()か。

 降臨する場所も選んでほしいものだと、ロニアは頭を抱えた。


「今度連れて行ってあげるね、ロニアくん。店員さんはあれだけど、味はとてもよかったよ!」


「あ、私も連れて行ってくださいまし!」


 弟子同士のオリエンテーションとしては丁度良いか。

 そうは思ってみたものの、あの自分によく似すぎた熾天使がいると考えると胃が痛む。

 

 やはりあの時、ミカエルは嫌だと思ってしまったのが原因だったのだろうか。

 口は災いの元。二度と、変なことは話さないようにしよう。

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