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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十四話 出たな】

 冬であるはずなのに、ダンジョン内部で流れる風は生暖かい。

 外はまだ明るいのに、外界とを隔てる洞穴に足を踏み入れた途端に光が消えた。

 眼球に残った光の残像たちが、闇夜の中で踊り狂っている。


 外部からの光を受け付けないだけで、中で光を灯せばいいという簡単な話だ。

 だが、気がかりなのはアリスだった。あの口ぶりからして、彼女はダンジョンに足を踏み入れたことがない。

 それどころか、砕獣のことはテキストでしか知らないという状態だろう。


 どこかに突っ走らないように、きっちりとロニアが見てやらねばならない。

 危険度が低いというのは、必ずしも死亡率がゼロパーセントというワケではないのだ。

 どれほど安全に見える児戯でも、死ぬときは死ぬ。


 ニンゲンとは呆気ない生き物なのだ。


「アリスさん。いる?」


「きゃあっ! はあ、びっくりしたのだわ……。ええ、ここに……」


 言って、アリスは緑魔法を展開した。視界を確保しようとしたのだろう。

 暗闇に現れる幽白な彼女の顔に、薄暗くはあるが緑色の光がかかっている。

 ロニアの目は、しかし炎属性のエーテルを見た。


 リウが得意とする炎魔法、(フレイム)の系統を発動しようとしているのだろう。


「待って、ストップ。ここで炎熱系の魔法を使っちゃだめだ」


「え、どうして?」


「臭うだろ。可燃性の何かが漂っている。臭いがあるからガスではなさそうだけど」


 このダンジョンに足を踏み入れてから、肌にねっとりと付着する何かがあった。

 湿るようなそれはほのかに熱を持っている。


「危なかったよ。もしキミがここでそれを使ってたら、このダンジョンごとおじゃんになっていた」


「でも……文献にはそんなの……」


「昨日の常識は今日の非常識。必ずしも正解があるワケじゃないよ」


 とはいうものの、光源の確保が必要だ。

 光を放つ魔法とはいえど、それは炎由来の光だ。

 純粋な光魔法は、白魔法にしか存在しない。


 上級クラスの赤魔法でも、所詮は既存の常識の発展編なのだ。


「アリスさん。これから見るコト、ほかのヒトにバラさないって約束してくれる?」


「へ? まあ、モノにはよりますわ……」


 ロニアは軽く息を吸い、つんと鼻を刺す腐臭に顔を歪めた。

 そして、指を鳴らすと白い魔方陣が背後に浮かび上がる。

 詠唱準備の状態である。


 緑魔方陣とは違い、白魔方陣はぎらぎらと光を放つ。

 松明の必要などなく、シャンデリアを携帯しているようだ。

 暗闇に慣れ始めた眼球がぎゅうぎゅうと押し込まれるように痛む。


「ウソ……白魔法? 生徒であるあなたが……!?」


 同年代ではまずありえない魔法。

 それを、自分よりも一回り小さい少年が行使したのだ。

 アリスは、眼前の出来事を信じられずに腰を抜かせた。 


「どうだい、明るくなったでしょ」


 シニカルに笑う少年が、アリスにはなによりも神々しく映ってしまった。


「え、えぇ……ほんとに、眩しいのだわ」


「さて、さっそく仕事を始めようか。このダンジョンはそこまで深くない。せいぜい三層程度だ」


 手を差し出すロニアだったが、初めて手を握るのはカレンがいい。

 そう思いながら、しゃがみこんでアリスに肩を貸した。

 アリスの花のような香りが、この腐臭の中でかぐわしかった。


 第一層は、嚥下道と呼ばれている。

 天井の鍾乳洞のような尖石からは水が滴り、ごくまれに抜け落ちる。

 それらは黒く浸食されたものもあり、それには触れてはいけない。


 現に、アリスがそれに触ろうとしていた。


「あ、それ触ったらバクテリアに手を食われるよ」


「ヒィッ!? どこが『危険度は低い』なんですの!?」


「気を付けていれば死なないってコト。危険度最高のダンジョンなら、どれだけ気を付けても瞬きしてたら天国ってのもあるから」


 知識と経験は違う。かつて、アリスの父が彼女に教えたコトだった。

 半信半疑で、知識は何よりも勝ると考えていたアリス。

 だが、それがいま覆されていた。


「あの、ロニ……あなた?」


「なに。てか、ちゃんと名前で呼んでよ。ボクをあなたって呼んでいいのは()()()だけなんだから」


「……よっぽど好いているんですのね。その……手を握って欲しいのですわ」


 アリスが言って、柔らかな手を差し伸べた。

 ロニアにとって、手をつなぐという行為はカレン以外の女性とはしたくない。

 それはウワキというのだ。天界で学んだ。


「……手は貸さない。でも、袖ぐらいは貸してあげる」


 言って、赤いコートの袖をたわませる。

 振り返って、右腕をアリスに伸ばした。

 袖をつまむ感触を確かめてから、ふたりは歩み始める。


「離さないでね。ボクから離れたら、それこそ一巻の終わりだよ」


「わかっていますわ。足は引っ張りません。ワンダラーの名に懸けて」


「袖は引っ張っているけどね」


「ろ、ロニアさんがそうしろって言ったのではありませんこと!?」


 今日初めて会ったとは思えないほどに、ふたりの距離は縮まっている。

 俗にいう、【吊り橋効果】とやらだろうか。

 だが、仮に好かれたとしてもロニアにはカレンがいるのだ。


 断る練習もしておかねば。突っぱねるだけなら楽だが、傷つけないようにするのは一苦労である。


 と、そんなことを考えていれば、ロニアたちは異音を耳にした。

 空腹の老人がうなる音ではない。まるで、赤子が泣いているようだ。

 もしくは、オオカミの遠吠えとクジラの鳴き声をないまぜにしたような音。


 間違いない。この音は砕獣だ。

 ロニアとアリスは顔を見合わせて頷いた。


「走るよ。足元気を付けて」


 腐っても、アリスはクリスタリア魔術学院の二千人いる生徒のナンバーツー。

 知らないコトこそさえあれど、行動の指標さえわかれば動きは迅速だった。

 ロニアがガイドをすれば、彼女はきっとプロ並みの対応力を見せるだろう。


「あの鳴き声は人型砕獣、俗にネフィリムと呼ばれる奴じゃない。でも危険じゃないとは限らない」


「わかっていますわ。あの砕獣は混成体。きっと、通常の個体よりも知能は高いでしょうね」


 走っていると、窪みがあった。

 ロニアが合図を出し、跳びあがる。

 アリスも数コンマ秒遅れたが、追従して跳んだ。


 白魔方陣による輝きにより照らされた穴の中。

 黄ばんだ白骨死体が埋められていた。貝塚と同じような用途だろうか。


 頭蓋が抉られ、頬骨にはヒビが入っていた。

 岩だけを食らう砕獣にしては、妙な生態である。

 

「アリスさん。何も考えずに、ボクの背中だけ見てて」


「ええ。何かしら惨いものがあったのでしょう?」


「うん。トラウマになられても困るからね」

 

 ロニアだけが視認できたのが幸いだった。

 年端もいかぬ生娘には刺激が強すぎるのだ。

 

 まだ第一層なのに、ダンジョンはロニアたちを獲物と定め舌なめずりをしていた。


 着地地点に横切る影があった。

 蛙型砕獣だ。ぬらりとした表面だが、実際はごつごつとした岩の肌を持つ。

 極めて危険性は低い、小型の砕獣である。


 マニアの中では愛玩動物として飼育していることもあるとか。


「まあ。これは知っていますわ。蛙型砕獣、図鑑で見るよりも可愛らしいのですわ」


 先ほどまで張りつめていたアリスの緊張の糸がわずかに緩んだ。


「そう? ボクはカエルじたいが苦手だからなあ」


「あら、意外ですわ。ロニアさんが苦手なモノって面倒ゴトだけだとばかり」


「キノコとカエル。ヘビと雨上がりの夏の午後がキライ」


「最後だけ変に詩的ですわね……」


 雨上がりはジメジメしているし、夏の午後ともなれば急激に蒸し暑くなる。

 肌にべとつく湿気により、衣服が背中に感覚を思い出せば眉間にしわが寄る。

 

 どれほど機嫌がよかろうと、それだけで今までのムードが台無しになる。


「まあ、わからない訳ではありませんわ。ムシムシしているのは私も嫌いですし。まるで、ここみたいな――」


「シッ。静かに。何かが通る」


 言って、ロニアはアリスの口元を手のひらで塞いだ。

 眼前を横切ったのは、熊型砕獣だった。

 それだけなら驚くことはない。


 その上に、跨っているモノがあった。

 同時に、背後に展開していた光源代わりの白魔方陣が消えた。

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