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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十三話 コンビ結成】

「その……私と一緒に、ダンジョンまで来てくれませんこと!?」


「……え、デートの誘い? ヤダよ。心に決めた人がいるんだ」


「ち、違いますわ! 学院祭実行委員として、周囲の安全確認をしたいだけなのですわ!」


 彼女が顔を赤らめながら首を振って否定する。

 頭から湯気が立ち上っていそうだった。


 確かに、クリスタリア魔術学院の周囲にはいくつものダンジョンがある。

 人型砕獣(ネフィリム)の襲撃が昔あったため、根源から脅威の芽を摘んでおきたい。

 それが、アリス・ワンダラーの狙いだった。


「……それ、ボクも必要?」


「もちろんですわ。ダンジョンには、いつか我が校を襲ったあの人型砕獣のような危険な存在がいるかもしれませんの」


「なるほどね。そこで、ボクの手を借りようと」


「……悔しいですが、学年一位のあなたならばきっと」


 目を伏せながら呟くアリスと、寂しそうにカレンを見つめるロニア。

 子猫のようなその瞳に、カレンは心がきゅっと押しつぶされそうになった。

 だが、仕事は仕事である。ロニアの右上腕に輝く腕章にかけて、カレンはロニアの肩を叩いた。


「行ってきな、ロニアくん。私は大丈夫。あとは出店のレイアウトを考えるだけだから」


「そう……? カレンがそこまで言うなら、いいよ」


「感謝いたしますわ。では、さっそく向かいましょう」


 かつんと茶色のローファーを鳴らしながら、アリスは振り返った。

 後ろで結ばれた彼女の黄金の生糸が揺らぎ、甘い花の香りが広がった。


「わあ、気が早い」


「焦眉の急、という言葉がありますわ。砕獣どもは待ってくれませんの」


「処理はボクがするんでしょ~? もう、待ってよ~!」


 速足で去っていくアリスを、ロニアは駆け足で追いかける。

 その様を、カレンたちは見つめていた。

 まるで、年の離れた姉弟のようだ。


 カレンは、にわかに心がチクリと痛んだ。

 柄にもなく、あの(アリス)に嫉妬しているのだ。

 ふと我に返り、かぶりを振ったカレンはセスに駆け寄る。


「先生。もしよろしければ、一緒にレイアウトを考えませんか?」


「ん。そうしよう。先に部室に戻っててくれ。すぐ行くから」


     ─────────◇─────────


「そんなに急いでどこに行くのさ~!」


「さっきも言ったはずですわ。ダンジョンに向かうと」


「いやだから……。()()()()()()()に行くの? 近場でも十個以上はあるよ?」


 学院付近のダンジョンには、二日に一回テンプル協会が調査に潜る。

 ときおりシトリウス騎士協会が参加することもある。

 そのため、生徒の独断でダンジョンに潜ることは推奨されない。


 それこそ、砕獣学の名目でなければ。

 資格が必要なのだ。セスを顧問としたカレンら砕獣研究クラブは、全員それを持っている。

 

「ダンジョンはダンジョンですわ。しらみつぶしに行きます」


「強引だなあ。一応、ボクはこの辺りのダンジョンに詳しい。最初に行くなら、正門から南西が近いよ」


 南西のダンジョン。通称【腹減りの翁】。

 クリスタリア砕獣学において、外せない砕獣の生息地である。

 最も危険度が低く、そのうえ浅い。


 これといった危険はないし、なによりも楽だ。

 ロニアはまず、楽な道を進むことにした。

 勝手に調査ごっこをさせておけば、彼女は満足して撤退するだろう。


「そういえば、あなたは砕獣研究クラブでしたわね。意外です。怠惰で有名なあなたが、クラブにだなんて」


「母さ……先生に頭を下げられたんだ。『頼む、入ってくれってね』」


「まあ……。セス先生に? あなたたち、どんな関係ですの?」


「んなもんどうだっていいでしょ。ところでアリスさん。【瞬間移動】はご存じかな?」


 前方を歩くアリスが足を止め、振り返った。

 眉間にしわを寄せている。

 どうやら彼女にとって、あまり気持ちの良くない言葉選びだったようだ。


「……当然。赤魔法の中でも、最難関なモノのひとつですわね。ですが、それの使用は校則で禁止ですわ」


「あれ? じゃあホウキは? 一応それでも飛べるでしょ」


「法的速度がありますわ。あれで飛ぶぐらいなら、歩いたほうが速くってよ」


 つくづく、ルールというものは面倒なものだ。そう思った。

 だが、人々が規則を作る理由も理解できる。

 天界の天使にも、感情がないはずなのに規則違反を犯す愚か者がいたからだ。


 ちなみに、ロニアではない。


 一見いい加減でガサツなロニアだが、これでもルールにはしっかりと従っている。

 というよりも、【決まりごとに対する反骨精神】といったものが魚の小骨のように抜き取られているのだ。

 

 カレンやリウの不当な重圧や、マチィナの悲しい生まれに対しては怒りを覚えることもある。

 しかしそれは、まだ残っていたかすかな怒りなのだ。叛逆の野望なのだ。


「そっかあ。ザンネン」


「ロニアさん。こうして歩くことで、本番の現場の下見にもなりますわよ」


「優秀な部下たちがやってくれるって~。彼らの仕事まで奪うのは、()()()()()じゃないよ?」


「……知ったような口を利きますわね」


 わずかにアリスが目を細めた。

 冷たいまなざしに、空間に霜が走る。


「知ってるからね」


 飄々とした口ぶりで回避する。


 どこかウマが合わない。ロニアはそう思った。

 この話の通じなさは、どこかミカエルにも通じる。

 アリスは機械的ではないが、ルールに準拠しすぎるところや何かを焦っているさまが特に。


「ま、構いませんわ。学年一位であろうとなんであろうと」


「どうしてそんなに順位にこだわるのさ。そういうキミは何位なんだよ」


「あなたのせいで万年二位ですわ」


 質問をしておいて、興味なさげに相槌を打つロニア。

 成績や数値など、ただのデータにすぎない。

 それが現象でない限り、数字ではニンゲンの本質を語れないのだ。


 正門を抜け、尖った冷気の中に湿った草や土が匂う草原に足を踏み入れたロニア。

 ポケットからくしゃくしゃの、しかし丁寧に畳まれた地図を取り出したアリス。

 

 むむむと唸り声をあげながら、指先で経路をなぞっていた。

 それを横目に、ロニアがちらりと覗き見る。

 二度三度。正門から南西ダンジョン、【腹減りの翁】まで、暗唱しながらアリスは何度も確認していた。


「そんなに詰め込んでさ。覚えられる?」


「お黙りなさい。記憶がトんでしまいますわ」


「もう。ここはボクみたいなプロフェショナルに任せなって」


 最近こそ数は減ったが、セスに拾われて数年経ったときや入学直後は頻繁にダンジョンに足を運んでいたものだ。

 『男子寮の家賃がわりとして稼いで来い』。セスが当時、そう言っていた。

 だからこそ、ルートは頭の中に鮮明に記録されている。


(ま、一度見たものは忘れないんだけどね)


 アリスを置いて、歩き始めるロニア。

 カレンから貰った真っ赤なコートに、白い雪が落下する。

 指先でそれらを振り落とし、振り返りもせずに速度を上げる。


「ま、待ちなさい……!」


「ほらほら、置いてっちゃうよ?」


「ぐぅう……このっ!」


 負けじと走り始めるアリス。

 いつの間にか追いかけっこが始まっていた。

 こっそり、両足に加速の緑魔法を施した。無論アリスにも。


 仕事は早いほうがいい。

 しかし、腐っても成績二位。

 急激な速度の変化にも対応でき、それどころか走法を変えた。


 風のように走るロニアの背後に入り、風の抵抗を減らす。

 そうして、だんだんと距離を詰めてきた。

 彼女のつま先とロニアの踵が掠る。


「急にやる気出すじゃん」


「あなたこそ。怠惰なあなたはどちらへ?」


「へへ。ボクの怠惰は気まぐれ由来なのさ」


 捕まる寸前のスリルを味わいながら、ふたりは気づけば目的地に到着していた。

 アリスは肩で息をしている反面、ロニアの呼吸は凪のように落ち着いていた。


「ここが……【腹減りの翁】……」


 ダンジョンというよりも、それは洞窟のようだ。

 一寸先はまさしく闇。アリスの額に、小粒だが冷汗が浮かんでいる。


 入口に立つだけで、風が出入りしていることが分かった。

 内部の狭い隙間を風が通り抜ける際、空気が圧縮され、振動する。

 その際に、まるで老人の唸り声や腹の虫が鳴る音のように聞こえることからそう名付けられた。


「じゃ、行こうか。資格者が同伴してれば、ライセンスがなくても入れるよ」


「ふぅ……ふぅ……。よし、準備はできましたわ。早速、調査にあたりましょう」


 かくして、ふたりは老人の腹の中へと潜り込むことにした。

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