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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十二話 シゴトの効率化】

 「ちょっと!? 先生に失礼ではありませんこと!?」


 そう言ってロニアの前にずいっと現れるのは、カレンとは対照的な委員長タイプの女子生徒だった。

 いや、カレンが委員長だとすると彼女は風紀委員という奴だろうか。

 どちらにせよ、メガネが眩しい。


 日光が、カレンと彼女の眼鏡に反射してロニアに振りかかる。


「あぅ、まぶし……」


 眼球を穿つほどの光に目が眩む。

 ロニアは思わず後ずさり、背後の机にごちんと腰をぶつけた。

 鈍い声が喉から漏れ、腰部がじんじんと痛む。


 その衝撃により、机上に置かれていた書類がまるで野鳥のようにばらばらと舞い散った。

 外に降りしきる白雪のようでもある。


「ロニアくん、大丈夫!?」


 慌てた様子で駆け寄るカレン。ロニアの腰を摩っているその様はさながら老人介護だ。

 年齢はどうあれ、ロニアの外見は少年のモノだ。

 齢十七のカラダにしては未成熟な幼い肉体。


 どちらかと言えば、介護するのはロニアの方だろう。


「うん……だいじょぶ。それにしても、すっごい書類の量だね……」


「あ、それが委員長をお呼びした理由なんですよ」


「おっけ帰ります」


 即刻踵を返し、寮の部屋で温もろう。

 180°の回転。機械兵が如くの行進。

 去りゆくロニアの手を、女子生徒がぎゅっと掴んだ。

 

「ま……待ってくださいよ! そこをなんとかお願いしますって!」


「ふん。だから忠告いたしましたの。委員長は、このわたくしこそ相応しいと……!」


 眼鏡の風紀委員長(仮)がロニアの前まで歩き、じっと顔を覗き込んでいる。

 カレンよりも背が高く、リウに比べれば数センチほど低い。

 履いているヒールのせいかもしれないが、セスのようにスレンダーな女性だった。


「……ねえ、私と変わりませんこと?」


「あ、いいですよ」


「即答!?」


「あ、やっぱダメ。カレンを置いていくわけにはいかない」


 面倒ごとを押し付けられるのならなんでもいい。

 自己本位で考えれば魅力的なオファーだった。

 しかし、ヒトの気持ちを考えることを学んだロニアは、まずカレンのコトを考えた。


 ロニアが頷いたのはカレンがいるから。

 ロニアが動くのはカレンがいるから。

 カレンと、一緒にいたいから。


 またとないチャンスだ。

 それを手放すのか、ロニア・ロンド。

 いや、ありえない。


「……チッ。ダメなんですのね」


「ダメなんだなあ。今回はおいそれと譲るわけにはいかないから」


「ロニアくん……! えへへっ、そんなに私を想って……」


 散らばった書類を拾い集めているカレンが、瞳を潤わせている。

 彼女はかつての怠惰なロニアを知っている。何もしたくないし、全てに無関心。

 自分すらもどうでもいい。そんな風に考えていた、冷めた時代。


 そんな彼が、今はカレンを想って忌避する面倒ごとを受け入れている。


 背後で、セスが鼻をすする音が聞こえた。


「あ、落としたのはボクだし、ボクが拾うよ。それに、こういうときの魔法でしょ?」


 言って、ロニアは緑色の魔方陣を足元に広げた。


「【緑魔法:(ウィンド)】」


 突風が足元から吹かれ、書類をはらりと舞い上げた。

 頭髪や衣服が下部から押し上げられるような感覚。

 そういえば、女子の制服はスカートだったような。


「き、きゃあああ……! 何するの、このヘンタイ!」


「やっべ、ホントにごめん」


 吊り目の風紀委員長が、スカートを押さえながら涙目で近づいてくる。

 そして、振り上げられた手はやがてロニアの顔面に近づき――。


 ぐにゅん。


 叩かれる。と思ったが、そんなことはなかった。

 ロニアは、攻撃を察知すれば無意識に防護壁を張る癖がある。

 白魔法の一種である。


「な……なによこれ……!」


「ごめん、捲ってやろうと思ったワケじゃないの」


「ロニアくんったら大胆だね……」


 だから違うんだってと釘を刺すロニア。

 下心というモノは、今のところロニアには存在しない。

 かつてカレンを抱き枕代わりにして赤面したことはあったが、それとこれは違う。


「全くもう……感心したかと思えばいつものお前だな。トラブルメーカーというのか?」


 セスは呆れた声色だけれど、言葉の節々に優しさを感じられた。

 カレンも同じくスカートの裾を片手で抑えながら、休日にロニアが伝授し青魔法、結び目の道(アーク・ノドゥス)で彼女の杖を取り出した。


「【青魔法:磁力付与(マグネティカ)】」


 青い魔方陣が、カレンの白銀の杖を通過する。

 杖先で書類に触れると、ふよふよと待っているそれらは一点に集まった。


「なんだ、それ使えるなら先にやってよね」


「もう、無茶言わないでよ。間違えて床に触っちゃったらタイヘンなんだからね」


「それも……そっか」


 寸分の狂いもないロニアの魔法とは違い、彼女らニンゲンの魔法は多少粗がある。

 かつての十二神徒ですらもだ。完璧な魔法を使えるのは、それこそ第一席の鋼鉄(ペトロ)ぐらいだろう。


「なんなんですの……あなた達は……」


「通りすがりの実行委員長で~す」


「通りすがってないだろ。いいからこの書類をどうにかしてくれ。お前にサインをしてもらいたいんだ。全部な」


 魔導書三冊ぶんほどの厚さをほこるそれらは、もはや枕に使えない。

 横になり頭をのせれば、腰が浮いてしまうだろう。


「えぇ~? ホントにこれ全部やるの~?」


「委員長だからな。逆に考えればサインだけでいいんだぞ? 私たちみたいに看板を描いたり、出店のレイアウトを決めなくていいんだ」


「まあ、そう考えれば……?」


 会話をしながら、ロニアはどうすれば楽に済ませられるかを考えていた。

 こういった状況に適しているのが青魔法だ。

 先ほどカレンが使用していた通り、青魔法というのは痒いところに手が届く。


 これは、数式と似通っている。

 緑魔法が基本的なものだとしたら、青は応用。

 赤にいけば、その道に進んで一生を暮らせる。


 白ともなると、それを編み出すのは公式を作るのと同じだ。

 定義そのものをゼロから作り出す。


「あ、閃いたぞ」


 人差し指を立てるロニアの頭部にランタンが浮かんでいるようだ。


「何か思いついたの、ロニアくん?」


「青魔法、大好きだ。あれに、音を記録してその場に設置できるっていうのあったよね」


「あぁ……設音(レコーディング)のこと?」


「気づいたのさ。あれの本質にね」


 カレンが首を傾げている。風紀委員長もだ。

 看板づくりに戻ったセスがちらりとロニアを見ると、考えに耽るように視線を上に向けた。

 口をへの字に曲げ、やがて二度頷く。


「ああ、なるほど。あれが記録するのは、実際は音じゃないと」


「そう。あれが記録するのは空間さ。音は空気の振動だからね。揺れを記録してる」


「ですが、それがどうしたのですの?」


 ロニアは指を鳴らし、ペンを求めた。

 ロニアを連れてきた女子生徒が、黒いペンを差し出す。


 書類の一枚に、流れるような筆記体で署名を残す。

 そこに、ロニアは青い魔方陣を極限まで縮小させた。

 ちょうど、その文字だけを囲むように。


「青魔法:【設音】」


 すると、魔方陣の中央にその文字が記録された。


「嘘……成功した?」


 風紀委員長が、斜めにくたびれた眼鏡を直しながら声を震わせている。


「んで、これをポイっと。先生、これってどれもサインするところは同じ?」


「ああ、写本されたものがほとんどだからな」


 書類の壁を包むように、魔方陣を通過させた。


「ほら、確認してみて」


 風紀委員長がそれを手に取ると、どれも同じ場所に書類が残されていた。

 手書きで済ませようとすると、実に二時間はかかる。

 時間の浪費と体力の消耗というコストが高い。


 「読んで字の如くだと、魔法の本質を見失っちゃうからね。名前を疑い、性質をよく見る。な~んて、どれもサボるために研究したんだけどね」


 「はあ……褒めようと思った私がバカだった……」


 セスがため息をつきながら、掌を額に当てた。


「すごいよロニアくん……! これで仕事もすぐ片付くよ!」


「でしょ? さ、次の仕事もとっとと終わらせよう」


「あ、もうないです」


「じゃ帰りますサヨウナラ」


 カレンの上着の袖を引っ張りながら、ロニアは退室しようとした。

 だが、呼び止める声があった。


 「ま、待ちなさい!」


 「なにさ、風紀委員長サマ」


 「アリスです。アリス・ワンダラーと申しますの! あなたに、お、お仕事をお願いしたいのですわ!」


 彼女の金髪から覗く銀色の眼が輝いた。

 また、面倒な仕事を押し付けられるのか。


「カレン、どうやらボクらが休めるのは随分先みたいだ……」


「わ、私には私の仕事があるんだよぉ……」


 眼鏡を外したアリスは、まっすぐにロニアを見つめていた。


「で、仕事って? 言ってみなよ。検討するから」

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