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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部最終章:学院祭編

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【第五十話 実行委員長】

 「へえぇ……?」

 

 午前の授業が終わり、ブレイクタイムへと突入した冬のクリスタリア魔術学院。

 教室の隅で素っ頓狂な声を上げるのはロニアだった。

 それもそのはず、彼は今しがたセスに伝えられたコトを呑み込めずにいたのだ。


「いやだから、お前に実行委員長をやってもらうぞって」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。実行委員長って、その……お祭りの?」


「そうだな。その運営ってことだ」


「あ、あはは……まさかそのトップをボクにやれって言うんじゃないでしょうね?」


 セスが不敵な笑みを浮かべている。

 しんしんと雪が降りしきっているのに、ロニアはめらめらと燃えそうな感覚を覚えた。


「先生、ボクがどんなニンゲンか、知ってますよね」


「怠惰でひねくれ者」


「最後は余計でしょ。いや、ホントにずっと言ってますけどね。絶対めんどくさいじゃないですか。実行委員長って」


「だからこそ、お前に頼みたいんだ。ね? 先生からのお願い」


 いつになく柔らかな口調なセスに、ロニアは半ば懐柔された。

 いや、まだ肯じたわけではないけれど、肯定以外に選択肢がないようにも見えた。

 仮に『いやです』と拒否しても、ロニアが肯定するまで聞こえないフリをされるのがオチだ。


 しかし、やられてばかりのロニアではない。

 こちらにだって手はあるんだと、ため息交じりに交渉を申し出る。


「わかりました。でもね、先生。表舞台には出ませんよ。ボクは裏方に回ります。それならどうです?」


「裏方のトップってわけだな」


「トップかあ……。補佐、だれか就いてくれませんかね」


 あわよくば、その補佐に仕事を丸投げして自分はゆっくりサボっていようという魂胆だ。

 ちょこっと手伝えば、きっと仕事をしたの内に入る。


「ふむ、見知らぬ生徒は嫌だろ?」


「ヤです。絶対にイヤ」


「おぉ……即答だな……。わかった、カレンに訊いてみるか」


「え! いいんですか!?」


 いつもシニカルなロニアとは思えないほどに、目を輝かせるロニア。

 パチパチと瞬きをするセスを見て正気に戻ると、うだるような熱さが表情を満たす。

 机に顔を伏して、まるで唸るような声を上げるのだった。


「うぅ……今のは忘れてください……」


「そういうお年頃だからな。わかるよ。あの子がいたから、お前はたくさん成長できたんだな」


 カレンとの出会いから、確かにロニア・ロンドという人間としての輪郭が深まったような気がする。

 重圧に殺されそうになっていたカレンを救い、リウには新たな戦いを見出させた。

 マチィナには、自分も彼女と同じ怪物であると寄り添った。


 どれも、かつてのロニアにはあり得ぬ行動だった。

 その行動指標はすべて、【カレンを笑顔にさせるため】だったのかもしれない。

 大好きだからこそ、彼女には笑っていてほしい。


 口に出していないから、この恋はまだ始まってすらいない。

 そう自分に言い聞かせるロニア。

 様々な愛の形が、彼の中で芽生えてきている。


 彼女に触れたい愛。彼女を独占したい愛。

 彼女と永遠を過ごしたい愛。


 どれも、口には出せなかった。


 距離を置かれるのが怖いからだ。


 これも、かつてのロニアにはない感情だった。


「――かもしれませんね。ボクは、ずいぶんと丸くなったような気がします」


「ああ。そうだな。そして、()()もずいぶん丸くなったんじゃないか~?」


 言って、ロニアの頬を優しくつねるセス。

 もちっとした感触は、過去の痩せ細っていたロニアとは違った。

 健康的な肉が付き始めている。


「う~! はなひへくだはい(離してください)~!」


 全身を使いゆらゆらと体を揺らし抵抗するロニア。

 それがかえって、彼の頬のもちもち具合を促進させた。


「おぉ…… あっはは、すごい。よっぽどカレンのご飯が美味しかったのか?」


ちはいまふ(違います)~! ……っぷはぁ。自分でも、ちょっと料理してみようかなって」


「へえ、それはなんで?」


「……ヒミツです」


 目を逸らすロニアの耳は凝視せずとも紅を帯びている。

 これは、冬の寒さのせいではない。

 誰かがそれを指摘せずとも、冷風がそれをことさらに伝えるだろう。


 好物などなかったロニアが、ただひとつ。

 とても好きな食べ物がある。


 フォカッチャだ。それも、チーズが入っているモノ。


「……脱線したな。実行委員長の話は、オーケーということでいいんだな?」


「はあ……。ほんとはイヤですよ? でも、カレンがいるっていうなら」


 母のような微笑みを浮かべるセスに、ロニアは唇をすぼめた。

 その様はまるで、母親と反抗期を迎えた息子だ。


 去り際にロニアの頭を軽く撫でたセスは、脇に抱えていたファイルを開きながら退室した。

 時計を見れば、次の授業までまだまだ時間はある。

 暇つぶしに、友人を訪れようと考えるロニア。

 

 立ち上がり、軽く伸びをすると背骨のパキパキ鳴る音が鼓膜に伝わった。

 キンキンに冷たくなったドアを上着の袖を手袋代わりにして開いた。


 飾り付けられてきた廊下を見ると、興味はないはずなのに高揚感が湧き上がる。

 浮ついているのはクラスメイトや先生たちだけではない。

 自分も、そのひとりなのだと理解した。


    ─────────◇─────────


 天界の郊外にある、あるコテージ。

 熾天使たちの自宅であるそこは、騒音に悩まされていた。


 自室のベッドで休息をとっていたウリエルは、ジャカジャカと鳴る音から逃れるために布団で丸くなっていた。

 しかし、やがて抵抗こそが最適だと気付いたウリエルは、ドアを開き騒音の源へと殴り込む。


「……あぁもうッ! 朝なんだから音抑えなさいよガブ!」


 熾天使には感情がないというのは何だったのか。

 今のウリエルは、怒気に満ちていた。


 聞こえていないといった様子で、楽器を弾き続けるのはガブリエルだった。

 未来への視察にて、彼女は弦楽器に心を奪われたのだ。

 踏むだけで音色が変わる板との拡張性。


 ツマミを弄るだけで、如何様にも響きを変えられる四角い口。

 そこからは、歪みすぎたことにより悪魔のイビキのような爆音が鳴り響いていた。

 一音一音がウリエルの腹を揺らしている。

 

 昨晩から、ガブリエルはずっとこうだった。

 茶髪のサイドテールを揺らしながら、指が切れるほどに弾き続けていたのだ。


 ウリエルの背後から、寝癖を爆発させたラファエルが目を擦りながら現れた。

 人間界への降臨という任務により、彼女は疲れ果てていたのだ。

 せっかくの休息を、この爆音により妨げられてしまった。


「んもう……なんなんですの? ワタクシ、クタクタなのに……」


「あっ、ラファ。どうにかならないかな、あれ?」


「はい? なんですって?」


「え?」


 ウリエルの発したはずの言葉はガブリエルの音色によりかき消された。

 ラファエルには、彼女がただ餌を待つ魚のように口をパクパクさせているだけに映った。


 耳を(ろう)するほどの爆音が、やがてクライマックスへ。

 サスティンの利いたメロディーは、音を高速で刻む速弾きへと変化した。

 低音は響かず、高音域特有の耳を劈くような音だけが響いた。


《ちょっと、ワタクシ行ってきますね》


 ラファエルが、直接脳内へと言葉を送り込んだ。

 熾天使だけの権能だが、熾天使自身でもこれをされるのは不愉快だった。

 何せ、脳のシワを羽で撫でられるような感覚だからだ。


《わかった。てか、最初からこれやればよかったんじゃ――》


《どうでしょうね。夢中という状態は、あらゆる障害を弾きますから》


《な、なるほど?》


 突然、肺をずしんと満たす水圧のようなものをウリエルは感じた。

 ラファエルが権能を解放する際の余波というもので、それがガブリエルの部屋を満たしたのだ。

 この圧を感じ取り、ガブリエルの演奏の手も止まった。

 

 癒しの天使は水を司る。それ故の力だ。悪魔掃討に使われる、力だ。

 自分は、今悪魔として狙われている。

 ガブリエルはそう本能で理解し、錆びた機械のように振り返った。


「ガブ。おはようございます♡」


「あ、あっはは……。ラファねえ、おっは~?」


「ええ。最高の目覚ましをどうもありがとうございます。おかげで、()()()()目が覚めましたわ」


 ガブリエルの肩を掴むラファエルの力は万力のようだった。

 奥で目を閉じているウリエルにガブリエルは救援を求めたが、無意味に終わってしまった。

 

「アーメン。ガブ。ああなったラファは怖いよ」


 その朝、コテージに響いたのは楽器ではなく、ガブリエルの悲鳴だった。

 仕事から帰ってきたばかりのミカエルですらも、困惑させる出来事だった。


「困惑。何やってるの、アイツら」

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