【第四十九話 浮つくクラスルーム】
シトリウス家での騒乱から数週間後。
煌王朝での活躍により与えられた特別休暇も底をつき、これからいつも通り学校に顔を出さなければいけなくなった。
カレンダーは、すでに十二月を回っている。
冬の寒さも、だんだんと骨身に凍みてきた。
ロニアが着こむは、ぶかぶかの赤いフード付きコート。
首元には毛皮が拵えてあり、保温性はバッチリだそうだ。
あのときの帰り道に、カレンが衣服の街サウムルで買ってくれた大事な服。
本音を言えば、こうして袖を通してしまうことでこの宝物がただの『消耗品』となってしまうことに抵抗を持っていた。
しかし、『ダメになったら、私がいくらでも直してあげるよ』と語ってくれた。
ああまで言われたら、着ないと男が廃るというものだ。
ロニアは、クローゼットの姿見鏡に映る自分の姿を観察した。
ひと回り大きいような気がする。ずんぐりむっくりだ。
だが、色素の薄いロニアの肌や彼自身の赤い眼によく馴染んでいると感じた。
時計を見れば、ホームルームまであと四十五分ある。
男子寮から校舎まであまり距離はない。
ゆっくり歩いても間に合うだろう。
鞄を背負う。
黒い革靴を履いて、ロニアが寝ている間に登校してしまったルームメイトとの共同部屋の扉を閉じた。
階段を二段飛ばしで降りながら、居眠りしている管理人の目を盗んで入口を走り抜けた。
壁には、『廊下は走るな!』と書かれてある。
石畳により舗装された道を歩む。
こつこつと、靴が地面を踏みしめる音が響いた。
「へっくし――! ひぅう……寒いなあ」
たまらず、フードを深々と被った。
視界を覆われたため、すこし浅く調整する。
登校は、なんて久しぶりだろうか。
面倒ではあったが、暇つぶしの娯楽が底を尽きたため妥協することにした。
「おぉっ!? ロニアくんじゃあないか、長らく見てなかったがどうしたんだい?」
用務員の中年男性が、寒波の直撃するクリスタリアを熱するほどのテンションでロニアを呼んだ。
ロニアは成績トップということもあり、やはり有名人ではあった。
そんな用務員は、大きなショベルで雪搔きをしている。
彼の周りに、汗の熱気がモワモワと漂っていた。
「あ、おじさん。ちょっと、色んなことがあってですね」
「いやあ、まさか引きこもってんじゃないかってね。心配してたんだよ!」
「大丈夫ですって。ほんじゃ、ボクは行きますよ」
「あいよ! 居眠りすんじゃないよ!」
昔のロニアは、ああやって呼び止められても無視していただろう。
ニンゲンが、大嫌いだったのだ。
正義よ愛よと嘯くだけで、その本質は略奪と殺戮。
矛盾だらけのその生態に、反吐が出るような思いだった。
やっぱり、自分は変えられたなと、思いを馳せる。
「あっ、ロニアさ~ん! おはようございま~す!」
見知らぬ女子生徒にすら声をかけられるのは、流石に骨が折れるが。
「あれ? 今日はカレンさんと一緒じゃないんですか?」
「あのヒトは実家住みだから。ボクは男子寮。正反対の場所にあんの」
「へえ~、お詳しいんですね! まるで行ったことあるみたい!」
ロニアは思わず、心臓を射止められた感覚を覚えた。
どうして、ロニアがフランカ家を訪れたことを知っている。
つい恥ずかしくなって、フードを大きくかぶった。
その様はまるで童話の赤ずきんだ。
自分はオオカミか、はたまた狩人か。
女子生徒を咎めるように、取り巻きの女子が彼女を引っ張った。
「もう。ロニアさんだっていろいろあるの! 私たちは学院祭の準備をしなきゃでしょ!?」
手を引かれながら、彼女らは校舎に消えていった。
まるで飲み込まれていくようだ。
「お祭りかあ。そういえば、ボクの誕生日って……」
ロンド家のロニアが生まれたのは今月であり、なんと悔しいことに父親と同じ日。
12月25日。
プレゼントを二度ねだるか、それともケチってひとつだけになってしまうか。
教室についたら、セスに訊ねてみよう。
彼女はロニアのことを息子だと思っている。
ロニアだって彼女のことを育ての母として、人間界で初めて心を開いたのだ。
ちょっとのワガママは許してくれるだろう。
久しぶりの教室は、何ら変わっていなかった。
いつもの席は、誰にも取られていない。
早い者勝ち文化はやはり苦手だ。
ロニアが席に着くと、突然人だかりが生まれた。
「あのさあのさ、ロニア! お前、学院祭で出し物をする気はないか?」
リウとは違う、暑苦しい男子生徒だ。
「人選間違えてると思うけど? ボクが、そういうちょっとメンドくさいことするワケないじゃん」
机に突っ伏しながら、ロニアはぶっきらぼうに答えた。
エネルギーの浪費だ。ただでさえ、この寒さに体力を奪われているのに。
「ちぇ~。カレンさんがいるからいけると思ったんだけどなあ」
「なんだって?」
ぴくりと、ロニアの眉が動いた。
その単語は、いまや怠惰なロニアを動かす魔法の呪文だ。
「いや、カレンさんがさ。『ロニアくんと何かやりたいな』って言ってたからさ。お前が断るってんなら、他のやつ誘うしかないなぁ」
「――却下。その話、乗ったよ」
「うわっ、急に起き上がらんでよビックリするわあ……。それに、面倒だって……」
「いいことを教えよう。状況は刻一刻と変わるのさ。昨日の常識は、今日の非常識なんだよ」
ロニアは不敵に笑いながら、チョーカーの宝石を指で弾いた。
「……?」
男子学生は、ロニアの言葉を理解できずに首を傾げていた。
それ以外にも、ロニアに用がある学生は何人かいた。
曰く、勉強を教えてほしいだとか。
曰く、しばらくどこに行ってたのだとか。
「あ~待って待って。順番だから。ボクはそんなに耳良くないってば」
そうこうしていると、教室の扉がガラっと開く。
担任のセス・アダマンティアだ。
彼女の姿を見るのはなんだか久しぶりだ。
ばさりと切った彼女の黒髪が、伸びつつある。
ああやって身体の変化が如実に表れてしまうのは、やはりニンゲンが短命種である故だろうか。
そう考えると、少しだけ寂寥感を覚えてしまう。
「席につけ~。ホームルームを始めるからな~」
少々間延びした声色なのは、このホリデイムードに浮かされた結果だろう。
厳しいことで有名な彼女ですら、こうも絆されてしまう。
その祝祭というものが、果たしてどんなものなのか。
ロニアは気になって仕方がなかった。
カレンはどこだと探してみたが、そういえば彼女は違うクラスだった。
同じく砕獣学を受講しているだけにすぎないのだ。
あんなにもずっと一緒にいたがために、つい失念していた。
「お、今日はロニアも来てるんだな。先生嬉しいぞ?」
「もう。特別休暇の猶予が無くなったって知ってるくせに」
「まあな。しかし、久しぶりの学校を楽しんでくれよ。ロニア・ロンド、出席っと……」
教卓に置かれた生徒名簿。
ロニアの欄にチェックマークを入れるセス。
「さて。諸君もご存じの通り、もうすぐで学院祭だ。楽しみなのは重々理解しているが、あまり羽目を外しすぎないように」
厳しく言い放つ彼女だったが、やはりその口元は笑っていた。
閉じられたはずの窓から、ヒュウと冷たい隙間風がロニアの柔らかな頬を撫でた。
思わず小さく声をあげるロニア。
「うおぉぉおお……さっむ……」
太陽に雲がかかり、そして雪を降らせていた。
紆余曲折あったが、いつもの日常が戻ってきた。
「ロニア~? 早速寝るんじゃないぞ~?」
そう釘を刺すセスに、ロニアはただ笑みを浮かべた。




