【幕間その二 集結せよ、十二の信徒たち】
地図の中央にある魔術学院都市、クリスタリア。
東に向かえば煌王朝。遠く北へ向かえば深雪降りしきるスーノス地区。
南へは、大樹の海が広がる長命種の住処・アーランヤ。
いくつもの異文化が点在するここは、俗にレサルエ大陸と呼ばれていた。
十字にインフラが広がるこの世界において、共通する悩みがある。
砕獣と大罪により引き起こされる禁忌だ。
それを解決し模倣犯の抑止力となるのが、神に仕える十二人の選ばれし大魔法使い。
十二神徒である。
ひとりひとり違った【秘宝】を保有しており、それが煌めくと召集の合図だという。
ここは地図にない、ただの館。
そこでは春と冬の風が混じりあい、太陽が燦々と湖を照らしていた。
三階にある会議室。
広すぎるほどの一室には、円卓がどしんと構えてあった。
ふたつ目の席に座ったのは、蛟星軒だった。
周りを見渡すと、隠密の気配は無く誰もいない。
ガリラヤの秘宝、【水天剣】を保有する、十二神徒第二席。
激流を継いだ男であり、煌王朝の次期皇帝。
「うぅむ、少々急ぎすぎたか」
金色の髪留めで結ばれた、腰まで伸びた黒髪を指先で梳きながら彼は呟いた。
青の道があったにせよ、彼は時間に対し厳格である。
一度の遅刻もなかったが、このように早すぎる到着はままある。
陽気な大気にあてられ、星軒は欠伸と共に目を閉じた。
「あ、ウッス。アンデレさん」
星軒の微睡みを破ったのは、茶髪で青目の青年。
第十一席、熱心党を継いだ、名家フランカの生まれ。
サイモン・フランカ・クリスチャンだった。
恭しく礼をすると、星軒から離れた11番目の席に腰かけた。
左前方に座しているという形だ。
彼らの弟妹同士は面識があったが、かくいう自分たちには一切の関りがない。
カタブツで、俗世から離れたような星軒ですらも『気まずい』と感じていた。
「……すんません。俺、てっきり一番乗りかと思ったら」
「気に病むことはない。私も早く到着しすぎたのだ。何せ、頂極館は久しくてな」
「俺もっす。なんか、最近これといった招集がないっすよね。俺の秘宝がガンガン鳴り出したときはびっくりしましたよ。」
言って、サイモンは右手の五本指すべてにはめられた指輪を一瞥した。
「おそらく、クリスタリアの学院長が粉骨砕身で働いておるのだろうな。ああ、君の祖父上であったか?」
サイモンは、かすかに頷いた。
彼と、その妹カレンの祖父は、学院長イザラムであった。
「そうっすね。でもまあ、何もないならそれで一番っすけど」
いつの間にか卓上に現れたグラスと、それに並々注がれたワインを手に取った。
サイモンがそれをくるくると遊ばせていると背後に、にゅっと現れる人影があった。
「むっ、私よりも先に来てるやつら。予言と違う」
無表情なその顔とは対照的に、彼女の髪が怒りを表すように揺れている。
金髪を両側で結んだその様は、ただでさえ背の低い彼女の幼さを際立たせていた。
その黒い目で、星軒ら二人を睨む。
「残念だったな。私は神経質すぎたのだ。予言通りにしたいなら、予定の一時間早く来るといいな、ヨハネ」
第四席、洗礼のヨハネ。
予言を得意とし、この十二神徒の中では唯一の非戦闘員だった。
「ちぇ。今日は雨が降る~」
「俺傘持ってきてないんすけど……。あんたの予言が外れたときって大体土砂降りだからなあ。どうしよ」
「追記。おまえは雷に打たれる」
「えぇ……。それはただの私怨じゃあ……」
頬を膨らませるヨハネ。
「そんなことより、今日はなんの会議? 私、行きたいお祭りがあった」
「なんか、第一席様ならなんか知ってそうですけどね。俺たち見たこともないけど」
「絶対、髭ぼうぼうの太っちょオヤジ」
第一席、鋼鉄。
ある人物を除き、正体を知らぬとされている幻の人物。
伝説によれば、何百年も生きているとか。
それだけではなく、神から天国への鍵を貰い受けたとされる。
「……いや、彼女は来ない。鋼鉄は忙しいのだ」
「ええ? じゃあ誰が……」
サイモンがグラスを机に戻したころ、風がぶわあっと室内を満たした。
扉が閉まっていたとか、窓が開いていたというワケではない。
上空に、彼女は突然現れたのだ。
「私さね」
中年の女性で、きっちりとしたスーツを着ている。
亜麻色の波打つセミロングの髪は片目を隠していた。
「お前が? しかしどうしてだ、懐疑」
「私たちしかいないんだ。それじゃなくてラティファと呼んではくれないかねぇ」
第八席、懐疑を受け継いだラティファ。
音を立てずに着地すると、彼女は櫛で髪をかきあげた。
皺の寄った額には、痛々しい生傷が残っている。
「なに見てんのさ、十一坊主」
「あっ、いや別に……。こうして見るのは久しぶりだなって」
「フン、見せもんじゃねぇのさ」
「すんません……」
小さくなってしまったサイモンの頭を、ヨハネが背を伸ばしてよしよしと撫でていた。
自分よりも一回り小さな幼女に頭を撫でられる感覚は、ただ屈辱でしかない。
そう思いながら、サイモンはその慰めを受け入れていた。
「して、どうして我々を呼んだ。ラティファ」
「ん、すっげえ大事な話があるのさ。ちょっと、管理体制とかいろいろ見直さないといけないようなね」
「……あっ、ヨハネは嫌なものを見た。見ざる聞かざるぅ」
撫でる手を止め、ヨハネは目を閉じ耳を塞いだ。
冷静沈着な星軒とは対照的に、サイモンは固唾を飲み込んだ。
「心して聞けよ、小僧たち? 第六席、地主のミケが死んだ」
音とにおいが消えた。
星軒は目を大きく見開き、サイモンは開けた口がふさがらなかった。
「……え?」
絞るような声を上げるサイモン。
「殺されたんだよ、ミケは。砕獣に」
「ネフィリムか……!」
「けどな、妙なのさ。ただのネフィリムなら、私たちでもなんとかなる」
ネフィリム、つまり人型の砕獣といえど、日光のもとに誘い出してしまえば学生でも対応が可能だ。
ダンジョンや夜間であっても、十二神徒であるならばまず負けることはない。
しかし、第六席ともあろうものが殺されたのだ。
十二神徒における席次というのは力の序列である。
「妙なのさね。シトリウスんとこのねえちゃんが、知らせてきたんだよ。すっげえ表情でね」
こめかみをかきながら、彼女は呟いた。
「そのネフィリムは、羽が生えてたみたいさね。まったく、あの子は父が逮捕されたばっかだってのにねぇ。立て続けにどでかい事件が起きやがる」
ラティファが、葉巻を口に咥えた。
指を鳴らせば着火し、紫煙と共に香ばしい香りが漂った。
「人型に……翼……」
「ヨハネ聞いてた。まるで天使みたい」
星軒は、脳裏にある少年を思い浮かべていた。
弟の師匠であり、レヴィアタンに飲み込まれた妹を打ち破った魔法使い。
白髪の彼を。十二神徒に匹敵するほどの力を持っていたのだ。
星軒は、後継ぎのことを既に検討していた。
「おい本のガキ。あんたの予言にはなんか出てないかい?」
「むぅ、私は本のガキじゃない。それに、予言が出るのは私の頭の中。これは愛読書」
「なんでもいいさ。なにか、有益な情報はないかい?」
ヨハネは、むむむと唸り声を上げながら人差し指をくるくると回していた。
「ミケさんが……死んじまったのかよ……」
「生皮ぜーんぶ剝がれてたみたいさね。おっかなくてさ、階級が低い私はガクブルよ」
赤熱する葉巻の先から立ち込める煙を、ラティファは見つめていた。
「ぴぽん! 予言が出た」
「おっ、聞かせてくれやい」
「こっほん。 【翼を恐れ、雪に惑え】……だって」
ラティファは葉巻を噛み潰し、サイモンや星軒の眉間には皴が寄せられた。
「なんだいそりゃ。ポエムのつもりかっての」
「違う。予言」
「翼はそのネフィリムだってわかるっすけど……雪かあ……」
「惑うのだから、よっぽど雪が深いのだろうな」
口に出した矢先に、サイモンの脳裏に電撃が走った。
現在のクリスタリアは冬だが、雪が深いとなれば。
「スーノス地区……。そこにネフィリムはいるはずっす」
「クソッ、あの老骨を頼らねぇとなんてな」
ラティファが、忌々し気に葉巻を踏みつぶしながら毒づいた。
ちりちり、といった音が、静まり返っている部屋にこだまする。
「老骨……? 知り合いがいるんすか?」
「ああ、私の大っ嫌いなクソ男だよ! あのロンド家のなあ!」
雷の轟音が、雨を伴ってやってきた。
次回、第一部最終章突入。
お楽しみに!




