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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部三章:シトリウスのこどもたち

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【第四十七話 そばにいるよ】

 天使は眠らないし、夢を見ない。

 そう作られた。そう生きてきた。

 かつてのロニアも例外ではない。

 

 何百何千何万年もイキモノの世運隆替を眺めてきた。

 愚かだなと嘲笑していた。

 

 海底で蠢く多眼多腕の節足動物。

 鬱蒼とした森を統べる巨大なトカゲ。

 そして、二足のサル。


 彼らの登場により、天使たちも姿を変えた。

 賢き生命体は、やがて上の存在を察知する。


 昔のままの姿。

 無限にも睨む眼球とそれを包むような翼では、賢者が狂人となってしまう。

 そのため、天使たちも歩行を始めた。感情はなかった。


 あれから幾星霜。


 堕天したある天使はひとりの人間の少女に恋をした。両片思いの、一歩引いた恋だった。


 そんな彼は今、月明かりに照らされ眠っている。

 最愛の彼女に、ぎゅうっと手を握られながら。


「……ロニアくん、大丈夫かな」


 眼鏡の少女、カレンがぽつりと呟いた。

 握る手はわずかに震えている。

 レヴィアタンとの戦いで、カレンだけがロニアが天使であることを知った。彼にはまだ言い訳が必要だと思ったから、黙ったままでいた。


 けれど、傷つき自らの存在を疑い始めたマチィナの為に、ロニアは自分も化け物であると秘密を露呈させた。


 それなのに、彼が見せたあの姿は。

 

 天使というよりも、あれは悪魔に近かった。

 信じたいと強く願っているが、それでも最後に彼が怪物になってしまったら。

 

 家系という、彼に解いてもらった鎖。

 だが、真にカレンを縛っているのは遠い遠い、知らない天使の姿だった。

 

 そんな彼女の傍らで少年を見つめているのは、同じく天使であるラファエルだった。

 あくまで室内であるため、傘は閉じてある。


「治療は施しました。時間はかかるでしょうが、必ず無事でしょう。こちらも、このコに問い詰めたいことが山ほどありますから」


「ラファエル様。ロニアくんは、どんな天使だったんですか?」

 

 カレンの純朴な質問に、ラファエルは困ったような表情を浮かべながら口を開いた。


「まあ、性格はだいたい変わってません。めんどくさがり屋で、いい加減。でも仕事はちゃんとこなす。そんなコでした」


「でも、私はロニアくんがなにか重大なモノを隠していると感じているんです」


「……気になりますか?」


 ラファエルの声色が低くなり、夜風が窓枠をかたかたと鳴らした。

 カレンの心臓が早鐘を打ち、彼を握る手がちくちくと痛んだ。


「……はい。私は、どんなロニアくんでも受け入れます」


「……いえ、やはり言えません。わかりますか?」


 そう言ったラファエルへカレンが視線を向ける。

 閉じられていた瞳は開かれ、彼女の手は震えていた。

 

「四大天使であるワタクシですら、恐怖を覚えているのですよ?」


「ラファエル様が……?」


「これだけは覚えていてくださいね……。アナタは、【ロニア・ロンド】がナニモノであっても、愛せる自信がありますか?」


 笑って見せるラファエルだったが、その口元には畏怖が張り付けられていた。

 

 ()()()()()()

 その言葉に、カレンは最愛の人を握る手を強めた。


 もしも、ロニアくんが世界を滅ぼす悪魔の王だとしたら。

 ――自分は彼を殺さなければいけないのか。


 もしも、ロニアくんが新しき神になるのだとしたら。

 

 ――彼は永遠に自分から離れてしまうのか。


 『考えるだけでは、一歩前に進まない』

 

 きっと、ロニアならこう言うだろう。

 何でもないように、面倒ごとを片付けるテンションで。


「……わかりません。けど、これだけは言えます。私は、ロニアくんが道を間違えようとしたら、この身体をもって無理やり引き戻します。たとえ、どれだけ私が傷つこうとしても」


「理解ができませんね。どうしてそんなに自己犠牲を美徳のように語るのです?」


「好きにブレーキはありません。ただそれだけのことです。大好きだからこそ、命をかけるんです」


 ロニアが聞けば、バカバカしいと吐き捨ててしまうだろう。

 しかし、そう言いながらも耳まで真っ赤にするのは目に見えている。


 ロニアは合理性で動く。最短ルートで、時間と戦っている。

 けれど、カレンは感情で動く。どれだけ遠回りになろうと、愛する人のために戦う。

 どれだけ自分が守られる側に立っていようと。


「そう……ですか。やはり、アナタはウリエルが言っていたように真っ直ぐな子です」


「ウリエル様が……ですか?」


「ええ。彼女、『カレン嬢ならばロニアを任せられる』と言っていました。半信半疑でしたけどね。一応、ロニアは問題児でしたから」


「学校でもそうですよ。ロニアくんったら、居眠りばっかで。でも――」


「「成績だけは良い」」


 ラファエルとカレンの声が重なる。

 それがなんだかおかしくて、カレンは笑みを零した。

 キンと張りつめていた空間が、まるで温かい春風が吹いたようにほぐされた。


「ああ、様子を見に来てよかった。ガブリエルのやつ、嫉妬するでしょうね」


「やっぱり、天使も嫉妬はするんですか?」


「心の奥底には何もありませんけどね。そう見えているだけです。けど、ロニアはそうじゃなさそうですね。折れそうなとき、しっかり支えてあげてください?」


「もちろんです。ロニアくんは、私がいないと寂しがって部屋に引きこもっちゃいますから」


 癒しの天使という名の通り、ラファエルは聖母のような微笑みを浮かべる。

 寒暖差のせいか、目の前の少年がうなり声をあげた。


「うぅ……カレン……どこ……?」


「私はここだよ。ロニアくん」


「カレン……寂しいよお……」


 ロニアの皮膚に滲んだ脂汗がカレンの手を湿らせた。

 彼の脈がとくんとくんと拍動しているのが伝わる。

 それは、ロニアが呼吸をし、食事を摂って血が巡る()()()()であるという何よりの証だった。


「悪夢にうなされているようですね。暴走の後遺症でしょう」


「どうにか……なりませんか?」


「なんとも……。ただ、彼を信じるだけです」


 今、ロニアは戦っている。

 いや、ロニアはずっと戦い続けているのだ。


 堕天したときから、はたまたそれよりも前から。

 暗い暗い戦場に、彼は取り残されている。

 なら、カレンにできることはなにか。


 囚われたロニアを照らし、せめてもの安らぎになってやるのだ。

 カレンにできることはそれぐらいだった。

 悲しいことに、力量では誰もがロニアにかなわない。


「私は、何があってもロニアくんを信じます。絶対、勝てるって。だから――」


 最後までそばにいます。

 確固たる決意をもって宣言したカレンの横顔は、この世界の誰よりも美しかった。

 ラファエルも、ただそれに肯じる。


「そうですね。過去は過去。今は今ですから」


 ひたむきに少年を信じる可憐な少女。

 泥のように暗い過去を知っていながらも今を生きる知人を慈しむ天使。


 この二人の愛に包み込まれ、呻吟していたロニアの表情は和らいだように見えた。


   ─────────◇─────────


「ああもうッ! どいつもこいつもバカばっか! どうして我慢できないの!?」


 苛立ちを隠せないといった表情で激昂するのはサタンだった。

 思いっきり、円卓の椅子を蹴り飛ばせばそれが黒炎により灰となった。

 

 サタンの炎は、熱を持たない。むしろ、熱を奪うのだ。

 だからこそ、この円卓がある地獄の城間、【クリフォト】が、刹那にしてキンと冷えた。


 なぜ怒っているのか。

 卓上の蠟燭の火が、ふっと一本消えたのだ。

 それはもちろん、アスモディウスの敗北を意味している。

 

 怒りの矛先は、しかしアスモディウスら大罪に対してだった。


「ヒトがルシフェル捜索のために尽力してるっていうのにッ! 私利私欲のために勝手な行動しやがってッ!」


「さ、サタンっち? ちょ~っとコワイかもな~て……」


 恐る恐る、サタンを宥めようとするレヴィアタン。

 だが、それは逆鱗に触れる行為だったと即座に理解したが、すでに遅い。


「あァ!? アンタもその一人だってこと、忘れたんですか! もういっぺんブッ殺せば理解できますか、あぁッ!?」


「ヒイッ! ごめんなさい……」


 冷静沈着な普段の姿とは想像できぬほどの燃え上がる怒りに、レヴィアタンはただ小さくなることしかできなかった。

 

 大罪の中で、もっとも幼い体つきを持つのはサタンだ。

 だがこの瞬間、レヴィアタンと、ともに怯えるある大罪の目にはサタンが誰よりも大きく、そして恐ろしく映った。


「マッちゃあん……どうにかなんないかなぁ……」


「む、無理ですよぉ……。お、オレには手が付けられません……」


 マッちゃんと呼ばれたその大罪は、強欲のマモンだった。

 ウリエルに手も足も出ないまま蹂躙されたトラウマが、ようやく癒えてきた矢先のことだった。


「手が付けられないですって……? 人を猛獣みたいに扱いやがって……!」


「違うんですぅ! うわああん助けてくださいルシフェルさまあ!」


 藤色の目を潤わせながら、消えた傲慢の主を呼ぶマモン。

 その腕には、お気に入りの宝石が煌めいている。

 

 レヴィアタンが彼の橙色のショートヘアを撫でてやると、涙が落ち着いたような気がした。

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