【第四十二話 神の友人】
黒々と輝いていた宝石の光が消えた。
今は、ただのロニア・ロンドだ。
だからこそ、この言葉が言える。
「どうして、キミは項垂れているんだ?」
「私は……普通の子供……じゃないから」
「造られたから? 化け物だから? 自分はみんなと違うから?」
畳みかけるロニアに、リウは流石に我慢ならなかったようだ。
階段を飛び降り、ロニアに駆け寄るリウ。
その表情は、裏切られた者のそれに近かった。
胸ぐらを掴み、ロニアを揺らしている。
「おい、ロニア! 何のつもりなんだよ!」
「黙って聞いてな。ねえ、マチィナ。もしも、怪物が君だけじゃないとしたら?」
「え……? それって、どういう……」
首筋に、手をかけるロニア。
心の中の鎖が、耳元でやかましく怒鳴り散らかしている。
『やめろ、そんなことをするな』
『放っておけばいいんだ、こんなことは』
『ワタシ達の言うことを聞け! ロニア!』
締め付けられ血が滲み、肉が裂けては赤垂れる。
それを踏みしめロニアはただ目を閉じ、再び開いた。
「リウ。離してくれ。キミまで巻き込みたくないからね」
今から彼が何をしようとしているのか、カレンは理解した。
『君は怪物なんかじゃない』という、安っぽい言葉では無い。
自分も、マチィナと同じだから。
言葉ではなく行動で示す。
彼らしい。そう、彼女は笑っていた。
「 【──人の鎖、蝋の翼、木々の船よ。我が罪を刹那赦し、再び光を我に灯したまえ】」
白光が暗々とした実験室を満たす。
目も開けていられないほどの輝きに、誰もが目を細めていた。
けれど、カレンだけは別だった。
「ロニアくん。この時が、やっと来たんだね」
生糸のような白い羽根が、ひらひらと舞っていた。
その1本をカレンは手に取ると、それは呼応するような微光を見せる。
「この姿を見てみなよ。キミが化け物だと言うなら、ボクはなんだ?」
「ろ……ロニアくん!? その姿、なんなのです!?」
「あのときキミ達を助けたのも、学院を襲撃した人型砕獣を倒したのも。レヴィアタンを屠ったのも――」
全てボクがやった。
いつもよりも何度か低い声色で、ロニアはぽつぽつと語り始めた。
これは現実か?
正体を突き止めたカレンと、最初から正体を知っていたアスモディウス以外は、目を大きく見開いていた。
ロニアの背後から、あまりにも無垢なほどに純白な翼が広がっていた。
喧喧囂囂としていた空間が、しばらく静寂に満ちる。
ゴスペルが聞こえてきそうなほどに、羽根は舞い落ちている。
やがてそれが失敗作のひとつに触れると、それは介錯か、または猛毒かのように彼女を溶かした。
赤子が、安らかな眠りにつくような音を立てながら。
「恐れているかい? 今、キミ達の前にいるのは【ロニア・ロンド】じゃない。堕天した、ロクでもない天使だ。それでも尚、自分は怪物だなんて言って、自暴自棄になるのかい?」
「ロニアくん……なんで、なんで黙っていたのです!?」
「そうだぜロニア! こんな大事なこと、なんで……」
「ボクのことはいい。どうせ、暫くしたらボクの番が来る。その時に色々語るさ。強いていえば――」
めんどくさいのは嫌いだから。
嘘だ。
真実を語り、拒絶されてしまうことをロニアは何よりも恐れていた。
天使だった時代のことも、あまり覚えていない。
思い出そうとすれば。
誰かのために動こうとすれば。
鎖がロニアを縛り付ける。
今でも過去でも未来でもない。
どこでもない時間に、ロニアを放り込むのだ。
「……拒むなら、好きにしなよ。元々、天使と人間は関わっちゃあいけないんだ」
「でも……私はロニアくんみたいに強くないし……」
「強いから、なんだって言うんだい?」
強いというのは、傲慢なんだよ。
「くすっ……。ほろりと泣かせてくれはりますなぁ。やっぱり、ウチが惚れ込んだ天使様やわ」
「うるさい。邪魔すんなエロ女」
「あら、ごめんなさいねぇ」
すっかり元通りになりやがったなと、忌々しげに舌打ちをするロニア。
「今すぐ立ち直れなんて言わない。でもね、こうしてキミの前に立つボクの姿を、よく見ておいてくれ」
ガラスの中で眠る少女に、目を向けた。
アベルが、口元を震わせながら、ロニアを睨んでいる。
「貴様……。何なんだ?」
「見りゃわかんでしょ。天使だっての。なあ、そうだろアスモディウス」
「そうどすなあ。アンタは、堕天使。……ウチは、どないやったかいねぇ?」
「ほら、色欲の悪魔のお墨付きだ。さて、非常に個人的なことだが、ボクはお友達を元気づけなきゃならなくてね」
夢から醒めてもらうよ。
言って、足元に白い魔方陣を広げた。
手を伸ばす。
そして、息を吸った。
「一節解錠。鍵は『ヨハネ』:三の一七」
透き通るような、女の声が響く。
【認証。白魔法:その御子は救いを齎さん】
そして、慈愛の雨が降り注いだ。
産まれ落ちてしまった失敗作が、アベルの足元に抱き着く。
雨に打たれたその個体は、親に甘えるような声で、霧散した。
「嘘だッ、そんな……! クレア達が!」
「その子たち、死ねないんだね。姉が死んでも、アナタが死んでも。この子達はそれを知らず、ただ親の愛を求めながら永遠に生きるんだ」
「なら……! マチィナとかいう子はどうなんだ!」
「あの子は失敗作か? 違うだろ。アナタがクレアを求めていても、この子はマチィナとして完成したんだ。これは、命として歪なものを祓う魔法」
マチィナが、顔を上げた。
その表情と双眸に、再び光が宿った。
クレアとマチィナの狭間で揺れ動いていた少女は、もういない。
マチィナ・ペンテレア・シトリウスとして生きていくと、再び決意した少女が立ち上がった。
そして、深呼吸。
「パパ! 例え、あなたがどれほど私を蔑んでも、憎んでも、恨んでも!」
時々、ユーノにも視線を注ぐ彼女。
お前もよく聞いておけというサインだろう。
「私は! マチィナとして生きるのです! 他の誰でもない! 私は、マチィナなのです! それでも拒むなら――」
【青魔法:結び目の道】!
同じく、失敗作だと呼ばれていたらしい剣杖を取り出した。
「私は、戦うのです! マチィナとして、貴方の娘として!」
ロニアの隣で、アスモディウスが鼻をすすっていた。
「やっぱり、ええもんどすなぁ……家族愛、いうんは。ぐすん。ウチ……こういうのには、ほんまに弱うて」
「それはそれとしてオマエは後で地獄に送り返すからな」
「いやん、いけず」
アベルが、羽織っていた服を脱ぎ捨てた。
そして、ガラスの少女が目覚めた際にこの惨状を見ることがないように被せる。
「マチィナ……お前は!」
「はい! なんですかパパ!」
「この、親不孝者があああ!」
懐から取り出したのは、弓でも弩でもない。
歪な形ではあったが、それは海の賊達がよく用いていた飛び道具に酷似している。
銃。そうとも呼べるものだった。
「【子を産み、群れをなせ。赤魔法:増殖】!」
彼がそう叫ぶ。
銃身に貫かれていた魔方陣は、やがて黒く染まった。
大罪に心を売った者。
または、大罪そのもののが振るう禁忌の魔法。
それこそが、黒魔法だ。
放たれた弾丸は、鼠が瞬く間に個体数を上昇させるように、分裂していった。
それは、マチィナだけを狙っている。
「あら、助けに行かはらへんの?」
アスモディウスがにへらと笑い、どこからか取り出した扇で口元を隠していた。
「あれぐらい、マチィナでもなんとかなるさ。馬鹿力だし、魔法の機転も利く。オマエの相手は……」
続けようとするロニアに、カレンとリウが並んだ。
「『ボクだ』って言おうとしたでしょ。私たちもいるんだからね?」
「忘れんなよ、ロニア?」
愛おしげに、ロニア達を舐め回すように見渡すアスモディウス。
ぱたんと扇子が閉じられた。
「まあ、カワイイ子らのお世話をさせてもらえるなんて、ほんまに嬉しいわぁ。……ふふ。ほな、お芝居はここまでにしときましょか。これからは本気、出しちゃいますさかい」
「来る。みんな、構えろ」
ロニアも丸腰という訳では無い。
試練と、彼女は言った。
上等だ。
ロニアは、喉元のチョーカーにて、一段と光る金色の宝石に触れた。
初めに動いたのはアスモディウスだった。
「行くで……? 契葉逆門。澱は『ラグエル』」
【エラー。黒魔法:正義調和公平。すべては、神の朋たるこの我に】
シトリウス夫人の肉体が粘性の高い液体の如く溶け落ち、代わりに黒々とした、しかし天使のような露出度の高い鎧を彼女が纏った。
ほぼ同時だった。
宝石を、親指の腹でなぞる。
「これは、誰にも見せたことがないんでね。サプライズさ」
――神の御前に現れよ。裁きの炎よ。
そう唱えれば、ロニアの瞳が金色に光る。
ちりちりと身を焦がすほどの熱を、空間が帯びてきた。
【聖鎧:ウリエル】。
翼が、燃ゆる炎へと形を変える。
焔が鎧の形を成し、ロニアの肉体を包んだ。
正体バレです




