表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/35

【第三十五話 がたんがたん】

 駅員がチケット提示を要求する前に、マチィナは流れるような作業で済ませていた。

 その様は、まるで天界のカタブツ熾天使のようにスムーズだった。

 

 出発まで、まだ少しだけ時間がある。どうにか暇を潰せないかと、脱・スノーマンを果たしたロニアは歩き回りながら考えていた。

 すると、無料で持ち出しできる冊子のコーナーが目についた。


『エーテル列車のしくみ』


 児童書のようなタイトルの反面、ページを捲れば如何にもお堅い論文の波が押し寄せた。

 分厚い論文だったが、こういったものには裏技がある。

 どんな内容かを知りたければ、序論と結論だけを読めばよい。


 怠惰が生み出した、最強の時短術。取捨選択の極致といってもいい。

 

 しかし、この世界における蒼魔石はさながらインフラの心臓だ。

 実際、『青の道』のように、この列車にも使われていた。だが、観点が違う。

 ロニアは、青の道を()と解釈した。舗装し、その上に車輪を走らせる。

 

 いや、あの感覚は車輪が回るというよりも滑っていた。

 しかしこの列車においては、()()だった。


 その真偽を確かめに、停車していた列車へと近づいてみる。

 レールの各所に、キラリと光る蒼魔石が向かい合うように設置されている。

 

 誰も見ていないことを計らって、冊子を潜り込ませた。

 すると、手元から逃げ出すようにそれはもがいていた。


「ふぅん。斥力、『座標拒絶』ってことね。浮いていた煌王朝も、こいつの力だったんだ」


 これは、ずいぶんと穏やかな旅になりそうだと思った。

 語り部ロニアは、どれほど持つのだろうか。

 おそらく、もって40分ほどだろう。快適な睡眠になればいいが。


 分析もほどほどに、ロニアはカレンの元へ戻った。

 

 平日だというのに、人はそこそこ多かった。時計を見ればまだ夕方を回ったばかり。

 けれどロニアの腹は、昼間からずっと鳴いていた。

 ぎゅるるという音に、『食わせろ』という願望を乗せて。


 「何かわかった?」


 「うん。ちょっと歴史が気になってきたね」


 「ロニアくんが、興味を持った……?」


 「なんだと~?」


 こうして旅をするのも、二度目になる。

 

 これはちょっとした遠征ではあるものの、ロニアは長い夜になりそうだと思った。

 こういった直感は、なぜか的中してしまう。今回は、いったいどんな面倒ごとが待っているやら。

 ハードワークでないのなら、なんでもいいやと思うロニアだった。


 また天使形態にはなりたくない。あれは、とても疲れる。


 そんなことを考えていると、鼻腔を砂糖の甘い香りがくすぐった。

 売店帰りのマチィナからだった。右手にはバスケットをぶら下げている。

 足取りはご機嫌のように見えたが表情にほんのわずかな、瞬きしたら気のせいだと思ってしまいそうな程の陰が差していた。


「ウッソ、これから晩御飯なのにお菓子食べちゃうの?」


「ちがうのです〜! これはお土産なのです。お姉ちゃんたちは甘いものが好きなのです。こうすれば、怒られないです!」


 怒られないための賄賂かと、ロニアは苦笑した。


「お姉ちゃんっていうと、そのシトリウス協会の?」


 アレサ・イズマエル・シトリウス。

 クリスタリアの全ての騎士を統括するシトリウス協会の団長で、そこは要人警護や抗争の切り札。

 果てには、迷い犬探しまで受け持つ組織だった。


「はい、とっても優しいですけど、ユーノお姉ちゃんは……」


「ユーノ? 誰それ」


「次女なのです。私を、『こねずみ』って呼んでて……」


 震えるマチィナだったが、拳をギリッと握りしめた。人間離れした膂力が、バスケットの持ち手を平たくしてしまった。


「私は、マチィナなのです。こねずみなんかじゃ……」

 

 長女アレサの話を聞く限り、随分と頑固そうだったが、菓子が好きとは意外だ。そういったところを、マチィナは受け継いだのだろう。先ほどマチィナが自身を『奇妙』と評したのは、姉たちの意外性ばかり承継してしまった為か。


 騎士といえば、彼女の剣杖が見当たらない。

 いつでも肌身離さず持ち歩いていたので、持っていないとなるとなんだか違和感がある。


「ねえ、杖は?」


「……青魔法で、しまってあるです。向こうでは、使わないですし」

 

「へえ、使えるようになったんだ。あれ」


 代わりに返答したのは列車だった。

 腹に響く汽笛の音。そろそろ出発の合図だろう。


「そんじゃ、行きますか」


─────────◇─────────

 

 柔らかな青い座席。天井から吊るされたランタンから、淡紅色がロニア達を照らしていた。

 

 見晴らしの良い窓からは、ケリドリヒに面する本物の海が見えた。いくつもの貿易船が行き交っている。

 様々な構造で、木造があればこのエーテル列車のように金属で造られているものもあった。


 足元に微振動を感じるだけで、『揺れている』という感覚は無かった。列車は、まだ地上を走っている。


 空腹も、ある一定の波を過ぎればどうということは無くなってしまった。

 既に『無』の境地へと達し、もはや食事の必要はないとすら感じてしまうほどだ。


 そのため、列車内で販売されている飲料や軽食には、目もくれなかった。

 たとえ、こうして車内販売サービスのワゴンが通ったとしても。ロニアは決して――。


「すんません、この『トラベルティー』とスコーンをください」

 

 誰もが、堂々としているロニアの顔を見た。

 舌根が乾かぬうちでの矛盾。

 

 手首がねじ切れんばかりの、見事な手のひら返し。

 マチィナにすごい顔で見られている。


 『晩御飯なのに何とやらとか言ってたのはどこのどいつなのです?』


 と、その翡翠が幾重にも重なったような瞳は語っていた。

 許してほしいと、ロニアは微笑みを見せた。


「せめてお茶ぐらいは許してよ。ボク喉が渇いたよ」


「……ロニアくん、スコーンってさ、喉渇くよね?」

 

「そんなにお茶が欲しいなら溺れるほど振舞ってやるです」


「ご、ごめんってば」


 なけなしの銀貨を支払い、いただいたスコーンを齧った。琥珀のような色の香り高い茶が、よく菓子と合う。


 しかし、カレンがどこか居心地悪そうにしていた。


「どしたの?」


「いや、だって……」


 私たち、普通の格好じゃん。彼女は、周りを見ながら小声で囁いた。

 確かに、周りを見れば乗客の格好は煌びやかだった。貴族、それも位の高いものがほとんどだった。

 しかし、それはカレンたちも同じだ。最大級の学院、その院長の孫。

 東方、煌王朝の末弟。騎士協会団長の妹。そして、貧乏学生。


 脱ぎ捨てた服が、カバンを膨らませている。

 恥ずべきはロニアなのに。


「いーんじゃない? 堂々としてりゃ、それっぽく見えるでしょ。ボクを除いて、みんなお金持ちでしょ?」


「うーん、まぁ……そうかも……だけど……」


「大事なのは、格好か。哥哥(兄さん)も言ってたな」


 それらしく振る舞えば、そうとして扱ってもらえる。

 流石、新生・煌王朝当主たる星軒(シン・シュアン)だ。上に立つものが何たるかを、やはりよく知っている。


 しかし、貴族といえど烏合の衆だった。

 カネに目が眩み、自分が頂点と勘違いしている愚者。

 この列車にも、そういった人間がいた。


「おや〜? やけにカビくせぇと思ったら、庶民クンが乗ってたのかぁ〜?」


 臭いもののように鼻を塞ぎながら、ロニア達を見下ろすどこかの貴族の団体。

 悪友との旅行と言うべきか。ハメを外し、人様に迷惑をかけるのはどの時代でも変わらない。昔も、きっと未来も。


 リウが立ち上がるが、僅かな腕の痛みに彼は唸った。

 自分がやる。そう目配せして、リウを制した。

 

「はは、ボクらになんか用ですか?」


「いやぁ〜、快適な旅に悪臭がしたらなぁ? ヤだよなぁ?」


 取り巻きの顔を見て、ゲラゲラと笑っている。


「そうですねぇ。同感です。せっかくの旅行ですからねぇ」


「お? わかってんじゃん。じゃあさ、さっさと降りてくんね?」


「ちょっと、失礼じゃないですか?」


 カレンが毅然と言い返そうとする。

 そこにはかつての、護られるだけだった彼女の目はない。

 しかし、男が逆上してカレンに手を伸ばした瞬間。


 ロニアの心を、氷河が覆った。自分でも、この心が()のものかわからなかった。


「あの、彼女から手を離してください」


「え〜? なんだってぇ〜?」


「はぁ。聞こえないんですか? 【離せよ】」


 瞳が赤光する。空間に、押し潰すような圧力がかかった。それだけではない。空気が、剣先のようにチクチクする。


 固まっていた。カレンたちも、ロニアの発した気に当てられ、震えている。


「どうした。【早くしろよ】」


 腰を抜かした貴族たち。ひとりは仲間を置いて逃げ出してしまった。


「ひぃっ……! 化け物ッ!」


 逃げるように去るその様は、まるで畜生のようだった。

 化け物だなんて。最後まで失礼なやつだ。


 ロニアが一息つくと、列車特有のエーテルの焦げた甘い匂いが鼻についた。


「ろ、ロニアくん……今のって……?」


「ゴメンね。つい、ムカついちゃってさ」


「でも、なんだかロニアくんがいれば……」


 マチィナがそう言いかけて、飲み込んだ。


 移りゆく景色。語り部は疲れて眠ってしまっていた。

 

 駅員が知らせる。次の駅は、シトリウス領だと。

 目を覚ますと、森林が広がっていた。


 ふと、甘い香りがした。スコーンのバターではない。もっと脳を蕩かすような、蠱惑的でねっとりと滴る香り。


「あら、早いもんやねぇ」


 耳元で囁く艶かしい声。

 見渡すと、いつの間にか空席だった向かいの窓側に、女が座っていた。桃色の髪と、翡翠の眼の彼女が。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

評価やブックマークいただけると大変励みになります。

これからもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ