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【第三十三話 積雪のひと時に】

 荷物は最小限に。どうせちょこっと出かけるだけだ。

 馬鹿みたいに大きい荷物を抱えていても、肩がこるだけだろう。


 寒さに震えながら校門まで歩くと、どうやら自分が最後のようだった。

 冬の季節になり、皆が上着を着用している。かくいうロニアも、もこもこのコートを羽織っていた。

 そうでなければ、ロニアの指先が千切れるように冷たくなってしまう。


 手袋もしてきた。まさしく重装備だ。影に映る自分の姿は、まさにまんまる。

 それに、影を見るのも久しぶりだった。煌王朝では、自分の影が映らなかったから。


 そんなロニアの姿を目にしたカレンは、どうやらちゃんちゃら可笑しかったようで、口元を抑えて笑いをこらえていた。


「なに、その恰好……!」


「なにって、冬服だけど」


「だからって、そんなに……着こまなくたって……まるでスノーマン(雪だるま)じゃん……っ!」


 ずんぐりむっくり。しかし、避寒ならばこれしかあるまい。

 これでもかと着込み、夏だと錯覚させれば寒いものも寒くない。


 ロニアが歩くたびに、衣服が『ぼいーんっ』と音を立てていそうで、カレンはついに笑い始めた。


「ごめんっ、もう……むりっ……! おもしろすぎるんだもんその恰好っ……!」


「ばかにしてんの?(ぼいーん)」


「あっはっはっ! ダメ……動かないで……!」


 そんな様子のロニア達を、マチィナと、右腕を包帯で固定したリウは相変わらず冷ややかな目で見ていた。継承戦の血みどろの戦いや、大罪との正面衝突など、紆余曲折あったがいつも通りの関係が続いていた。


 リウにはまだ赤い余韻が残ったままだったが、ロニアとカレンはもうすっかり気分を切り替えられている。すでに、平和ボケしていたのだ。


「なあ、先に行ってようぜ」


「同感なのです。あのバカップルは放っておいて先に行こうなのです」


 ロニア達に背を向けようとする二人に気づき、カレンは涙を拭いながら追いかけた。

 その後ろを、スノーマンは追従した。やはり、あの音が聞こえる。


 ぼいん。ぼいん。


 蹴り飛ばせば、そのままどこまでも転がっていきそうな様相。

 いつものロニア・ロンドのイメージとは違う、あまりにもコミカルな姿。


 鎖は鳴らなかった。おそらく、こいつも寒がりなのだろう。


 ケリドリヒまでの道のりは、しかし徒歩では時間がかかる。

 そのため、近隣の街で馬車を捕まえる必要があった。


 交通費は、どうやらマチィナの奢りのようだ。

 実家へ案内するのだから、それぐらい出すのは当然とのこと。


 そういえば、まだ報酬金をもらっていない。向こうについたら、セスに水晶で連絡しよう。

 これでは、自分はまるでカレンのいわゆるヒモというやつだ。


 お金持ちに寄生する、ぐうたらなごくつぶし。ろくに働きもせず、いつも部屋でのんびりしているだけの男。


 好きな――いや、大事な人に、ヒモを飼っているという評判がつくのは嫌だ。

 

 せめて、カレンにフォカッチャを奢ってあげたい。

 好きだと言っていたし、ロニアも食べてみたいから。

 

 近隣の街は、俗に着飾る街とも呼ばれていた。

 【衣服の街、サウムル】。かつて、セスがロニアのために私服を買ってきてくれたのもこの街からだったそうだ。


 住人の着こなしも、どこか自信にあふれている。一般人が着るとむしろ【着られる】印象が強い煌びやかな服でさえも、今隣を横切った背の高い長耳の女性にはまるでそれが素肌のようだった。自然な着こなしと評するべきか。


 ロニアは、やはりファッションには疎かった。むしろそうでなければ、こうしてスノーマンとしてカレンの隣を転がっていない。

 視線が痛い。仕方ないだろう、寒いのだから。ため息がすっかり白くなって、頬が張っている。


 マチィナたちは、馬車を探してくるといって、街を駆けていった。


 道行く人が、ロニアを見てクスクスと笑っていた。嘲笑ではなく、ペットを見ての反応だと思いたい。

 現に、『かわいい』と誰かがつぶやいたのを耳にした。スノーマンでもあるが、羊さんでもあるだろう。


 鏡に映った自分の姿を見て、そう思った。間の抜けた羊のイメージと、あまりにも合致している。

 もこもことした毛が、雪を絡めとっていた。


 クリスタリアの居住エリアにある売店のように、料亭や杖屋など様々なものがあるわけではなかった。

 むしろそれはまばらで、それ以外はブティックが占めていた。

 服の専門があれば、ズボン、靴、帽子。果てには下着専門店までもがあった。


「わぁ……、見てよロニアくん。あの服、すっごくきれいじゃない!?」


 カレンが指したのは、ユニセックスなスーツだった。

 黒と白という相反した色に、胸元を隠す青の結晶。


 その結晶は、エーテルを作る臓器、通称【鍛臓】を守るための鎧でもあり、飾りとしても機能する。

 貴族としても、その色合いは映える。豪邸のシャンデリアに照らされれば、一目置かれる存在になれるだろう。


「おお、カレンによく似合うね……」


「もう、私はロニアくんに合うかなって思ったのに」


「お揃いってのはどうよ」


「……それは……恥ずかしいからいいや」


 わずかにロニアから視線を逸らしたのは、スノーマンを見て噴き出すのを防ぐためなのだろうか。

 確かに、お揃いというのもちょっとだけ面映ゆい。


 明らかに、【ボクたちはラブラブカップルです】と宣言しているようなものだ。

 第一、まだ付き合っていない。前にも考えていたことだが、伝えなければ恋は始まらないと思っているからだ。


 好きと恋は違う。ロニアは、きっとそうだと思っている。


「じゃあさ、稼げたら一番似合う服をプレゼントするよ。今までの恩返しってことで。ま、フォカッチャの次になるけどね」


「……うん」

 

 マフラーからわずかに顔を出した彼女の耳が、にわかに紅潮しているようにも見えた。

 寒いから仕方ない。耳当てもついでにプレゼントするかと、ロニアは思った。

 フォカッチャを思い出せば、やはり自分は空腹であったと自覚し、腹が鳴った。

 ぐぅうと、その音は隣のカレンにも届いていたようだ。


「我慢、できる?」


「……がんばる」


 時計はすでに十五時を回っていた。スイーツの時間でもあるが、ロニアの胃は小さい。

 少し食べれば、それで満腹になってしまう。確かに燃費こそ良いものの、食事の楽しみは薄れてしまうだろう。

 それが、今はただ惜しかった。前までは、『暴食だ』だとか言って何も食べようとはしなかった。傲慢な話だ。


 マチィナと別れた場所へと戻ってみれば、一両の馬車が停車していた。

 騎手はいなかった。なぜなら――。


「オッス! あんたらがお客様の連れですね!?」


「おれたちがケリドリヒまで、カッ飛ばしてってくれますたい!」


 体はヒトだが、下半身がウマの男たちが荷台を曳いていたからだ。


 クリスタリアは純粋な人種族だけを受け入れていたから、さきほどの長耳の女性を含めてこうした異種族を見るのは新鮮だった。


 天界でも、ロニアの管轄はニンゲン専門だったため、見る機会があまりにも少なかったのだ。

 とても広い。この世も、あの世も。

 

 布でしかれた荷台の隙間から、マチィナの翡翠が覗いた。

 とてとてと音を立てて彼女は入り口から顔を出し、ロニア達に手を振った。

 

「はやくはやくなのです!」


 ジオ家の馬車を知ってしまったばかりに、こういった一般人の使う馬車では狭く感じてしまう。

 ぎちぎちと、まるで、かつてマチィナのカバンを入れられた収納魔法内部のように狭苦しい。


「……それ脱いでくんねぇか?」


「ヤダ。さむい」


「苦しいのです……窒息しちゃうのです……」


「むう、わがままだなあ」


 それぞれに、『ロニアが言うな』と突っ込まれてしまった。

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