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【第三十二話 なのです!】

 クリスタリアの朝。


 もはや故郷といってもよいこの場所の空気は、心身によく染みる。

 草原の蒼い香りに、空を見れば薄膜を通過した陽光が眩しい。


 渡り鳥の逗留場でもあるため、彼らの歌が聞こえてきた。

 ロニア・ロンドは、男子寮の自室。友人ネヴィルのいる部屋へと戻ってきたのだが。

 

 けれど。だがしかし。


「……暇すぎ」


 特別休暇を貰ったとしても、あまりにも退屈だった。

 小説も、魔導書も、すべて読み終えてしまった。

 

 いつもと違う寝相を試してみる。直線タイプから、胎児タイプ。

 これはいつものものだ。ならば、これはどうだ。


 横になったまま、両手を頭上に八の字に上げ、右腕を斜めに伸ばしたもの。

 

 射手(サジタリウス)タイプ。


「……何やってんだろ」

 

 自身の、あまりにも緊張感のない行動に、思わず自嘲の言葉が漏れ出た。

 しかし、それすらも誰もいない部屋で空しく響いた。


 退屈だなあ。そう思ったとたん、氷が息を吹いたように、冷たい風が部屋を満たす。

 換気をしていたのだが、あまりにも寒すぎる。


 ふと、とぼとぼと外を見てみると雪が降っていた。


 雪を見るのは、あまりにも久しぶりだった。

 まだ真面目なロニアだったころ、人間界での仕事をしたとき、初めて雪に触れた。

 あの時は、興奮して同僚と雪を投げ合っていたのを覚えている。


 けれど、今はそんな元気はない。とにかく疲労困憊としていた。


 煌王朝での別れが、もう一昨日のことだったのだ。

 放たれた矢のように、時が経つのは早いものだ。


 体を震わせながら、真っ白な外界と隔たりを作った。

 ぱたんと、窓を閉じれば、外での出来事がとたんに他人事となる。

 すっかりと冷えた布団をつかみながら、精霊に命じた。


「うぅっ……さむっ。おいこれ【あっためてくれぇ】……」


 外の雪のような白さを持つこの布団が、みるみると温まっていった。


 その中に潜り込むと、外との寒暖差で眠気に襲われた。

 体を駆け巡るのは、まさしく布団のカタルシス。


 ふかふかのベッドという聖域(サンクチュアリ)


 何はともあれ、平和な日常が戻ってきたのだ。


 猫のように丸くなるロニア。ふわあ、という快楽の声を漏らし眠りにつこうとしたのだが。


 またこのパターンか。鼓膜を貫き、マチィナの甲高い音が脳を震わせた。

 だが、そこにいたのは彼女だけではない。ロニアと彼女を含めて、四人の名前がそこにあった。


「……なにさ」


「あぁ~!? やっぱりロニアくんは寝ようとしてたです!」


「でもよ、ロニアは色々頑張ってたから寝させてやってもいいんじゃねぇか?」


「もしかして、人肌恋しいんでしょ~?」


 カレンが、悪戯気に笑っていた。誰かが話すたびに、水晶にその人物の名前が映し出されている。

 実際、今は『Karen. F. Christina』と書かれていた。


 まさかと笑い飛ばすロニア。いや、そうかもしれない。

 そうだ。ロニアは寂しかったんだ。


「でもでも、こうしてまたみんなで集まれたです!」


 最近会ったばかりじゃないかと、ロニアは言った。

 毎日のように会っていたから、顔を見られない日があったら寂しい。マチィナは、どこか寂し気に呟いた。


 人間のことはよくわからないロニアだが、感情の変化には機敏だった。

 乙女心とやらはまだわからないけれど、これはそれとは違うことは解る。

 

 かつてカレンがロニアに、家庭の重圧を打ち明けた時と同じようなものだろう。

 誰も彼も、家系というものに縛られているのだと感じた。


 鎖。ずっと、じゃらじゃらと鳴っている枷。

 煌王朝にいたときも、首をずっと絞めつけられていた。

 

 マチィナにもその華奢な肉体を縛る鎖があるのだろう。

 わずかな呟きから、ロニアは言葉の真意を汲み取ってしまった。


「でも、でもです! こうしてずっと部屋にいるのもあれですし、どこかで会おうです!」


 飛び跳ねているような声色が、水晶を震わせた。

 

「会うって、どこで?」


 カレンが言った。


「それは決まっているのです! 私の家なのです!」


「……また遠出すんのぉ?」


「んもぅ、めんどくさがりなのですねぇロニアくん!」


「お母さんかよ」


 多いんだよ、お母さんが。そう口から滑った。瞬間、静寂が部屋に満ちた。


「お母さんが多いって、どういう意味だよ」


「あぁ……いやぁ……あの、だから」


「あっ、もしかしてカレンをお母さんって思ってるです!?」


「わ、私を!?」


「いや、だからその……違うんだって」


 顔の奥が、熱をもってしまい、眼前の水晶を直視できずに布団へと潜り込んでしまった。

 外の冷気とは比べ物にならないぐらいに暖かい。それどころか、猛暑だった。

 酔生夢死なことこの上ないが、それでもこの会話がどうしようもなく愛おしいと感じた。

 

 自分は人間に近づけているだろうか。1つの個としてのロニアは、未だに鎖に縛られている。

 傲慢だが、おそらく誰よりも、強く締め付けられている。誰よりも、多数の鎖で。

 黙すべき過去が多すぎる。隠すべきことが多すぎる。強欲だが、誰か受け止めてくれないかと考える。


「ほら、先生がさ。ずっとボクの面倒を見てくれてたから。入学してからずっと」


「セス先生かあ。確かに、あの人は面倒見がいいからね」


「わざわざ俺の故郷にまで来てくれるんだからな。面倒見がいいどころの話じゃねぇよ」


「……ま、だからお母さんみたいだなって」


 ただのいち学生に、母親と呼ばれて慕われるのも奇妙な感覚だろうなと、彼女の視点に立って考えてみた。


 けれど、先生は嫌な顔をせずにロニアの世話をしてくれていた。今こうして、人間と話していられるのも彼女のおかげだ。


「……話がずれたです! 私のおうちに、みんなを招待するのです!!」


「シトリウス家……だよね。ここから北西にあるとこの」


 シトリウス家。騎士協会を運営する名家でもある。

 けれど、マチィナからは騎士としての何かを感じなかった。

 ただの、力が多少強いだけの女の子。


 ああ、だからか。彼女を縛っている鎖の正体は、それ由来のものだろう。


 誰にも気づかれぬよう、気丈に振る舞っている。

 痛々しいほどに眩しい仮面が、マチィナという少女を覆っていた。

 それに気づいたのは、きっとロニアだけだろう。


 つくづく嫌になる。自分の、こんなにも鋭いカンというものが。


「ったくしゃあねぇな。俺んちにまで来てくれたからな。礼儀として俺は行くぜ」


「だね。私も行こうかな。研究も、ちょっと煮詰まってきたし」


 これでは、自分も行く流れではないか。全く、しょうがない。


「わかったよ。ボクも行くよ。いつ行けばいいの?」


 じゃらっ。いつものように鎖が縛り付ける。慣れたものだ。


 「じゃあ、今日の晩御飯は私の家で振る舞うです!」


「今日の? 晩御飯に間に合わないんじゃないの?」


「ふふん。そんなこともあろうかと、こっそりエーテル列車のチケットを買っておいたのです!」


 エーテル列車。学院から少し離れた港町、ケリドリヒにある列車だ。

 青の道と対極にあり、それは西へと走る。彼女の実家は、そこから列車で2時間だそうだ。

 

 晩御飯と彼女が言った途端に、自分が空腹だと気付いた。


「どんな料理を振る舞ってくれるの?リウのとこでおいしいもん食べさせてもらったから、ちょっと期待しよっかな」


「聞いて驚けなのです! シトリウス家の郷土料理はなんと……」


 ソーセージなのです!


 快活に、彼女はそう宣言した。


「そ、そーせーじ?」


「羊の腸にお肉を詰めた――」


「いやいやそれは知ってるよ。それは郷土料理というか……」


「郷土料理なのです」


「あっ、はい」


 このマチィナとかいう女子は、思ったより強かだ。

 肉体だけではなく、精神までもが鋼鉄。

 よっぽどひどい家庭環境だったのかと疑問に思った。


「じゃあ、皆で校門前に集合なのです!」


 全員がほぼ同時に返事をして水晶の輝きが消えた。


 なんだか、また長旅になりそうな予感がする。

 今度は、慣れないことをできるだけしないことにしよう。


 ジャラジャラという音は、もう飽き飽きだから。

三章第一話、如何でしたでしょうか!


少しでも「続きが気になる」「面白かった」

と思っていただけましたら、評価やブックマークいただけると大変励みになります。

これからもよろしくお願いします!


(少々暗めの章となりますが、かならずハッピーエンドとなりますので……!)

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