【第二十四話 継承戦:②】
「お疲れ。手応えどうだった?」
闘いを終え、興奮冷めやらぬまま、ロニアはリウに飲み物を差し入れた。
彼の手は、まだ震えている。恐怖とは違う。あれは、高揚だった。
「勝った……んだよな。俺」
「なに言ってんのさ。最後の一撃をキメたのはキミだろ?」
「そうだけどよ……」
「まだ現実を信じられないみたいだね。でも、無理はないよ」
カレンが、人数分のタオルを伴って入室した。
彼女が差し出したそれは、上品な白絹のもので、肌に触れると驚くほどに汗を吸った。
雲のように柔らかい。
ロニアはそれを受け取り、ひとまずの勝者の首に掛けた。
「でも、これで終わりじゃないよ。あれは、相手が慢心して運よく勝てたからだ」
「……リウのお姉さんやお兄さんは、きっとああは行かないよね……」
沈黙。
それを破ったのはやはり、ロニアだった。
「キミはまだ成長途上だ。経験上……あぁいや、思うに、人間は戦いの中で進化していくらしいよ」
「経験上って言いかけたよね」
「もう、細かいことはいいでしょ、カレン」
「ふふっ、隠さなくてもいいよ?」
不敵に笑う彼女に、ロニアは冷や汗をかいた。
もしや、自分が天使だと確信を持たれたのだろうか。
それとも、ウリエルとの会話が仇になったか。
あのカタブツ天使め。天界に戻ったら覚えてろ。
そう心の中で毒づいた。
天使だとバレたら、今までの関係が崩れる。人間と、その上位存在の間ではきっと、越えられない壁が生まれる。
それだけは。それだけは避けなくては。
彼女の推測を中断させるために、立ち上がろうと腰を上げ――。
「図書館で調べたんだ。昔、北にロンドっていう凄腕の傭兵団がいたの。もしかして、それの末裔なんでしょ?」
なんだって?
「……は?」
「えぇ!? そうだったのです?」
「ああ、どうりで戦いをよく知ってたわけだ」
みんなが納得しているが、 違う。断じてそんなことはない。
ロンドというのは、語感で勝手に名乗っただけで、特に深い意味はないのに。
「……ないない。そんなんじゃないから。戦いは苦手だし、相手の攻撃がただ予測できるだけなの」
「そう?」
そう。カレンの幼稚な悪戯に、ただ首肯した。
「無理に隠さなくていいよ~。わかるよぉ、傭兵っていう響き、ロニアくんのイメージには合わないでしょ?」
ロニアのイメージとは何なんだと思った。
他人からの評価なぞどうでもいいが、彼女の思うロニア像だけは気になる。
「護ってもらいたかったなあ。ロニアくんが、私が危ない時に陰から現れて……みたいな」
「ずっと護ってるでしょ」
「……え?」
「……あ、いや、違う違う!」
二人のやり取りをみて、冷ややかな目を向けるリウ。首を傾げるマチィナの手を引いて、どこかへと去っていった。
彼女は、あーっと声を上げながら、ズルズルと引きずられていった。
「……あー、なんだ。俺たちはメシにでも行ってくるから。ごゆっくり」
「おい待てよごゆっくりしようとすんな。ボクたちも連れてけ」
面映ゆくて、勢いよく立ち上がったロニア。白髪が揺れる。しばらくぽ~っとしていたカレンも、ロニアに続いた。
舞台では、星軒と次男が争っていた。実力差は圧倒的だった。次男は池で、長男がやはり大海。
もはや攻撃は一滴の雫でしかなく、打つ手のないまま敗北した。それでも、星軒は驕らなかった。地に伏せる弟へ、手を差し伸べていた。
「……あれが、キミが超えるべきヒトの姿だね」
「すごいのです……。錆びちゃうかもです」
「ふふっ。錆びちゃうって。マチィナは機械じゃないでしょ?」
「あっ、私の杖が錆びちゃうのです!」
杖。魔法使いには欠かせない道具。杖は、魔法使いの個性を表すという。
マチィナは、それ自体が武器でもある剣杖。カレンは、名家らしい白銀と蒼い結晶が走っているもの。
リウは市販のものを使っていたが、もはや必要はないだろう。
ロニアと同じく、その肉体そのものが杖なのだから。
一行は、闘技場に近い食堂にいた。ジオ家経営のくせに、異常に安いことで有名だった。同じ値段で、クリスタリアで食事をしようとすれば、それこそパンの耳ぐらいしか食べられない。
ここはそうではない。こんもり盛られた豚の煮物や、炒められた穀物(米というらしい)が腹を膨らませる。
ただ、ロニアは小食だった。もっと食えよとネヴィルに笑われたが、食べ過ぎることは暴食大罪にも付け込まれる。
そう思いながら、大きくほおばるカレンを見ていた。食べるのが好きなのか。とても幸せそうな顔をしている。
店の熱気のせいか。ロニアも、どこか温まった。
リウは腹持ちのいい豚肉。マチィナは、揚げ物ばかり食べている。地元では揚げ物というのはあまりないから、新鮮なのだろう。
油が多くて、ロニアはどうも苦手だが。
「お前たち、ここにいたか」
セスが入店した。席がまだ空いていたので、そこに彼女は腰を下ろした。
適当なスープを注文し、ふうと一息ついてからリウに微笑みかけた。
「初戦は見事だったな。特訓の成果が出ている」
「これも、ロニアのお陰です。マジで、頭が上がりません」
「カンベンしてよ。最終的に勝ったのはキミの力なんだから。ボクは、その術を与えただけ」
魚を与えるよりも、釣り方を教える。天界にいたときから、神に教えられたこと。最終的に自立してくれたら、ロニアも楽だった。どうも教えるというのは苦手だ。
自分という一部を、誰かに分け与える。誰かが自分になる感覚が、不気味だった。
しかし、今回はまるで接ぎ木のようだ。ロニアという台木に、リウという穂木を接ぐ。
最終的に、ロニアを受け継いだリウが完成する。そう考えれば、まあいいかと思った。
「ねえロニアくん、このお肉すっごくおいしいよ!」
ロニアが会話をしている間に、横からカレンがフォークに刺した豚肉を差し出してきた。
会話に脳のリソースを割いていたロニアは、ヒナ鳥のように無意識に口を開いた。
咀嚼する。ほろほろと口内でとろけて、脂が広がった。
ロニアは一瞬固まったが、花のように微笑む彼女を見て、まあいいかと思った。
「んまい」
「でしょ?」
リウだけが、箸を使っていた。ロニアも使えないわけではないが、いつもの食器のほうが楽だ。
物を挟むなど、あまりにも指先に神経を使いすぎる。だからこそ、彼らの魔導工学を支える緻密さに繋がっているのかもしれない。
手先の器用さは、それだけで技術の萌芽に繋がる。
ジオ家の従者が慌ただしく入店し、セスに耳打ちした。彼女が目を見開き、スプーンを落とした。
「何かあったんですか、先生?」
「……次の対戦相手。ジオ家三女が……」
言い淀むセス。喧騒が遠のいた。
「控室で……死体で見つかった。謀殺……だそうだ」
彼女の眼鏡が曇った。
湿気。空間に満ち、しっとりとした不快な汗が滲んだ。
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「へっくしょん!」
「……疑念。天使は風邪をひかないはず」
ミカエルが、銃を下して溜息をついた。
くしゃみをしたのはウリエルだった。
謹慎中のカマエルには、軽度な処罰が下された。
能天使である彼女が、ただの天使と同等に仕事をする。
それを、300奏環(約一カ月)。降格しないだけマシだと、彼女は涙ながらに語っていた。
「誰かが、ワタシの噂話でもしているのかも。最近、妙なことが多いから」
マモン、レヴィアタン。大罪の数が、やはり異常だった。
地獄に対しては、サタンと提携してルシフェル捜索の準備を進めている。
ルシフェル。彼に対しては、他の大罪に人員を割くわけにはいかない。
現最強の熾天使、ミカエルをもってしても、彼はなんでもないようにあしらう。
二人の通信機器が震えた。ガブリエルからだった。
息を切らしており、ひどく焦っている。
「はい。こちらウリエル」
「大変大変! ホントにヤバイの! 大変と大変を混ぜて、大変で混ぜたぐらいに!」
「困惑。落ち着きなさいガブリエル」
深呼吸。彼女は、重々しく口を開いた。
「レ……レヴィアタンが復活しちゃった!」
「……は?」
嫉妬の大罪。
深き海より、眠りから目覚める。




