【第二十三話 継承戦:①】
「さあて、これにて選手たちが揃いました! ここで一度、全選手のおさらいをいたしましょう!」
活気のある声が聞こえてきた。頭上。投影魔法越しに、男が叫んでいた。
闘技場の控室に備え付けられた、訓練スペース。
実況の響く音を背後に、ロニアたちはリウの最終調整をしている。
ただ、今回の相手はロニアではない。物理で戦うのなら、物理相手にも戦えるようにならねば。
そういう結論だったので、相手はマチィナだった。彼女の身の丈の二倍はある剣杖。
それは薙刀のようにも扱えた。彼女が戦っているのを見たことがないため、作戦を練るためにも見ておく必要がある。
「で、では! 行くですよリウくん!」
「ああ! かかってこい!」
構える二人。ぼぅっと燃える熾火。まず最初に動いたのはリウだった。
姿勢を限界まで下げ、拳を打ち上げる。
「うらあ、燃えろ!【緑魔法:焔】ッ!」
炎の勢いが増す。それは、小さな蛟となり……。
ガキィン!
振り下ろされた剣杖を止めた。汗の滲む二人。
刹那の静寂。隙間風。二撃目はマチィナからだ。
固められた剣杖。支柱にし、跳んだ。
「喰らえなのです! シトリウス家秘伝の『槌蹴』なのです!」
「そ、それはただのかかと落としだろうがぁ!」
思わず避けるリウ。ブーツの踵が、床にめり込んだ。ヒビが走り、穴が開いた。
「ねえ、ロニアくん」
「あい」
「あなたと出会ってから、色んな事が変わり始めた気がするの」
あなたと呼ぶのはやめてくれ。その呼び方は、どうも心に甘く響く。
あなた。あなたか……。お揃いの指輪を着けながら、あなたと呼ばれる姿が頭に流れる。
いいや、違う違う。彼女は、まだフランカなんだ。ロンドではない。
「どうしたのいきなり」
「ふと思ったの」
「でも、ボクと。ねぇ……」
「私だって。重圧に耐えられなくて、死んでやろうかと思ってたもん。ロニアくんの言葉で救われたんだよ」
「……冗談でも、死ぬなんて言わないでよ」
今の自分は、きっと暗い顔をしているだろう。カレンがいない世界なんて考えられない。
「あっ、ごめんね。でも、救われたのは本当だから!リウも、いつかはマチィナも」
そうだねと、それだけ言った。
おそらく自分は、彼女らの救世主なのだろう。
その自覚はない。でも、護りたいという欲求だけはある。
心の中で、それは傲慢だと笑う。
けれど、前まではそれで終わりだった。
今は、「それこそロニア・ロンドなのだ」と、前向きに考えられている。
リウたちは、決着がついたようだ。
結果は――。
「っしゃあ! 一本取ったぜ!」
「うぅ……。負けたのです……。リウくん、いつの間にか強くなりすぎなのです……」
リウの勝利で、この最終調整は結末を迎えた。
─────────◇─────────
「さあ! ジオ家六男にして、唯一の『除け者』。蛟六遺の入場です!」
その声に続くように、ロニアたちはリウの背を追った。
歓声は少ない。むしろ、野次に包まれていた。
『ろくでなし』『出来損ない』『捨て犬』。
ひどい言われようだ。
「リウ。耳を貸すな。ああ言うのは、ただの八つ当たりだよ」
「サンキュー、ロニア。大丈夫だ、効いちゃいねぇ」
何でもないように言い切る彼の手は、震えていた。
さて、どうなるか。自身の炎に焼かれるか、相手の海で溺れ死ぬか。
「そして対するは……? ジオ家の三男、計略の星たる蛟王来です!」
黄色い声援が飛んだ。確かに、ワンと呼ばれた彼は端正な顔つきをしている。
対して、リウはどこか陰の目立つ男だった。
皆が黒髪、または青髪なのに対して、リウだけが赤髪だった。
「リウ坊。これはこれは久しぶりだなぁ。何しに戻ってきた。やはり、お前でも家主の立場が欲しいか?」
くるくると、指先で黒髪をいじるワン。
その顔には、嘲笑が浮かんでいる。一切の善意もない、ただ人の名誉を棄損するためだけの嘲り。
傲慢だが、ロニアほどではない。こと傲慢さと怠惰においては、誰にも負けない自信がある。
「それでは、開戦の前に簡単なルールのおさらいを致しましょう!、失格条件は場外または戦闘不能のみ! 禁止行為はございません!」
なんでもアリじゃないか。
「ワン。もう、お前らに嗤われる俺じゃない」
「へぇ~? 言うようになったなあ! いつもビクビクしてるだけだったお前が!」
開戦の銅鑼が鳴く前に、足元に波が生まれた。
ワンの攻撃だ。これは反則だろう。
感情のコントロールができない奴は、本当に厄介だ。
熾天使たちが、感情を消そうと試みるのがよくわかる。
「リウ。できるよね」
ああ。リウは首肯した。徹底して、ロニアは動かない。
この程度なら、どうとでもなるからだ。
リウが、どすんと腰を落とす。息をついた。
「……ふう。躰を駆け巡れ!【青魔法:炎脈】!」
体中に、一瞬だが炎を纏ったリウ。刹那、爆発的な水蒸気が視界を覆った。
かつてのロニアの教え通りだった。体中に、魔力を循環させる。
魔力そのものを、炎としたリウ。霧が晴れると、無傷で彼が立っていた。
「どうだった!」
「合格。できるようになったじゃん」
隣で、カレンが静かに微笑んでいた。
「少しは芸を覚えてきたみたいだな」
王は冷ややかな口調だった。扇で口元を隠し、しかしニヤついている。
「だが、それだけでは主にはなれん。やれ、お前たち」
ワンが指を鳴らすと、彼の従者が前に出てきた。
「はあ。もしかして、計略の星だと持て囃されてるから、慢心してんのかな」
ロニアが、呆れた顔で前に出る。
「覚えておきな。何とかさん。今から、アナタが相手しようとしているのは」
ボクたちだ。そういって右手を挙げた。こちらの、行動の合図だった。
リウとマチィナが動き出した。マチィナの支援魔法で、リウが加速する。
まず、反撃しようとしたワンの従者をリウが殴り飛ばした。
場外で1人が脱落した。
続いて、ロニアとカレンが僅かに前に出る。
「カレン」
「うん!【風と空よ。我らの背中を押し、その突風を荒れ狂わせよ!】」
【赤魔法:暴風波】!
カレンの魔法が、リウの熾火を吸って燃えた。
だが、相手も木偶の棒ではない。
「ええい! かかれぃ!」
ワンの合図により、彼の従者二人が前に出た。
「「縛術天法:濤濤波波」」
先ほどの波とは違う。飲み込むような大波。
炎の竜巻が飲み込まれる。
足元に大きな影がかかり――。
ロニアは口元を歪ませた。
「ねえ、カレン。物事がこんなにも首尾よくいくなんて、怖いほどに面白いと思わない?」
「えっ? あぁ……まあ、確かに。どうにかなるって、思っちゃうもんね」
言って、二人はマチィナを見た。彼女はリウを見て、彼の助けにより跳んだ。
その跳躍は、今に消えかけている風により、さらに高く運ばれた。
小さな肉体に似合わぬ、大きな刃先。
斬りつけるというより、叩きつけるに近い。
まるで、大きなクジラを狩ったように、それは倒れた。
滴る波は血しぶきの様で、辺り一面に飛び散った。
観客席をも濡らしたが、セスは魔法による壁、【自動防護壁】により護られていた。
「う、ウソだろ……。俺たちが、出来損ないのガラクズなんかに?」
「確かに俺は出来損ないかもしれねえ。でもな。ガラクズでも、光がありゃあ輝けるんだよ!」
勘違いをしているようだ。ロニアは光ではない。むしろ、陰に近い。
いや、でも待てよ。カレンは、確かに光だ。光があるからこそ生まれる陰こそがロニアだ。
まったく、お揃いだな。そう笑いながら、炎を帯びる竜の子どもを見つめた。
「俺の武器は、剣でも魔法でもねえ!」
ワンの風魔法。炎を囮にするリウ。
「このカラダが、俺の武器だああ!」
防御魔法。間に合わなかった。ワンの顔面をぶん殴った。
剣ダコと、ロニアによりびっしりと鍛えられたその拳は、岩よりも硬かった。
鈍い音が響き、ワンの肉体は紙くずのように吹っ飛んでいった。
沈黙。破ったのは銅鑼だった。
「け、決着! 勝ったのは六男、蛟六遺とその仲間たちです!」
それでも、歓声が上がった。
民衆の声は、リウを賞賛していたのだ。
リウの成長、如何でしたでしょうか!
蔑まれるだけの彼が、ついに兄を乗り越えました!
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