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【第二十一話 海】

 国の仕組みは理解できた。

 水晶による魔力保持と、その循環。

 この国は、まるで巨大なひとつの生き物だ。


 ロニアは窓に触れた。微かな脈動を感じる。

 通路では、マチィナが子供のようにはしゃぎ回っていた。


 興味深そうに窓の外を覗くカレンに、もう少し近づいてみた。

 彼女の髪から、ふわりと石鹸の香りがした。


 光に包まれ、流れていた景色が、不意に開けた。


 「さて、じきに到着するぞ」


 星軒(シン・シュアン)が振り返る。わずかに歩いただけだった。

 ロニアたちは既に、目的地の上空にいた。


 クリスタリアの尖塔とは違う。

 重力に逆らうことなく、むしろ大地を甲羅として纏ったような、木と瓦の巨躯。


 材木どうしを組み合わせて建てられたその邸宅は、まるで金属のような光沢を放っていた。

 

 塗料ではない。魔力を浸透させ、硬度を上げている。

 柱の一本一本が、まるで杖のようだ。


 瞳をぎょろりと動かす蛟の像が迎える、其処こそがジオ家だった。


 「なんかさあ、ボクの知り合いってだいたい豪邸住みだよねえ」


 フランカ家然り、ジオ家然り。


 キミはどうなんだろうねと、マチィナの翡翠色の瞳を見つめる。

 はて、と首を傾げる彼女。


 シトリウス家。

 まあ、どうせそうなんだろう。目を閉じた。


 別に悪いと言っているわけではないが、その中で唯一金銭に困っているロニアが浮く。

 最近、学食や購買も、カレンに奢ってもらっているような気がする。


 金持ち喧嘩せず。貧乏なのは、自分だけか。

 どうせなら、報酬でいくらか稼ぐか。


 トンネルから、眼下に階段が伸びる。一段一段と、地に近づく。


 煌王朝内部の空気は、思ったよりも清冽としていた。

 少し酸っぱい草木のにおい。定期的に吹く風。暖かな、本当の陽光。


 星軒がふっと細く笑った。

 リウが背筋を伸ばして身構えた。

 ロニアが伸びをしていると、柔らかな絹のような声がした。若い女の声だ。


 どすんと、頭上から押し付けられるような圧。

 湿り気が辺りに広がり、ロニアの乾燥気味だった唇を濡らした。


 「弟弟(リウちゃ~ん)~!」


 「うっ、……姐姐(姉さん)。ただ……いま」


 やはり、リウとは似ていない。

 流すような黒髪。青い目。そして、暴力的な質量。

 

 走るたびに、物理法則に従いそれがたわわに揺れる。あれは魔力袋か何かだろうか。


 魔力生成の臓器は胸元にあるから、その所以だろうか。

 だがしかし、あの大きさは規格外だ。ならカレンだって……。


 カレンが、自身の胸元を見て、唇を噛んだ。

 そして、シュンとした顔でこちらを見た。


 「……ロニアくん」


 「見てませんよ」


 「何も言ってないけど……」


 彼女はそう呟いた。いや、あれは見るのうちに入らない。

 第一、女体には興味がない。はず。


 「ねえねえ弟弟。この子たちは? とってもカワイらしいわね。とくに、この白い子なんて!」


 リウの姉は、ロニアに接近した。

 たゆんと揺れるそれ。なるべく見ないように……。


 だが、柔らかいものが頬に触れた。

 花の甘い匂い――いや、もっと重い。


 肺を満たすような、濃密な水圧。

 まるで幼子のように抱き着かれているのに、深い海に引きずり込まれるようだ。


 渦巻く螺旋のように、底知れないモノ。

 彼女から、それを感じた。


 星軒が大海だとすれば、彼女は深海。

 水や海には変わりないが、大きな違いがある。


 広いか、深いか。

 全く、この家系はバケモノしかいないのか。

 フランカ家にも言えることだった。


 魔力が溢れる。

 というところで、彼女がリウの実姉というのは間違いなかった。

 遺伝だったのか。ならば無理もない。


 しかし、それを物ともしないこの女。かなり厄介だろう。

 継承戦では、先に対処しなければ。

 面倒ごとをしないために、今のうちに作戦を練っておく必要がありそうだ。


 「ねえねえ、お名前なんて言うの?」


 「もご……そちらから名乗るのが礼節なんじゃあ」


 「あっちゃ~、そうだよねぇ! ゴメンゴメン。あたし、月天(ユエ・ティエン)。ユゥって呼んでね!」


 言って、月天はロニアを撫でた。まるで子犬のよう。

 ロニアです。窒息しそうな声を絞り出した。


 「あの、ユゥさん。そろそろ話してもらえると、助かるんですけど……」


 見上げて彼女の顔を見る。

 口元は三日月のように歪み、楽しげに笑っていた。


 だが、眼の奥。真っ青な眼の奥が、凍り付くように笑っていなかった。


 深海の捕食者。なるほど。それが正体か。

 だが、無性に懐かしい感覚がするのは何故だろう。


 妖しく笑いながら、彼女はロニアを解放した。


 呼吸するたびに、痛む肺。強く抱きしめすぎだ。

 軽く睨みつけるが、のほほんとしていた。


 「ふう……ごめんねロニアちゃん。私、ちっちゃいコが好きなの」


 「ごほっ……。ボクじゃなくて……弟はあっちでしょ……」


 リウは、顔を青ざめさせている。星軒と出会った時よりも。

 星軒が畏れだとするなら、月天は恐れ。


 こいつ、身内までも手にかける可能性が高い。

 どこが殺し合いではないだ。猛獣がいるじゃないか。


 「ね、姐姐。お久しぶりです」


 「んもう、リウは相変わらず他人行儀ね。腹違いだけど、姉弟でしょ?」


 腹違い。よくある話だ。

 昔から、腹違いのきょうだいによる殺し合いが絶えなかった。


 特に貴族に多い。世界中がそうだった。

 ヒトはそういう生き物なのかと、再認識した。


 「はい。ですが……」


 「立ち話はよい。客人を暇させるな」


 「はいはぁい。シンは相変わらずコワイわねぇ。さ、あたしたちも行きましょうか?」


 この月天とかいう女、ロニアばかりを見ている。

 好かれるというのが心地よい感情だと知った。


 これは違う。好かれるではなく、執着に近かった。

 出会ったばかりの少年に、ここまでする理由がない。


 去り際、ロニアの首筋を指先ですぅっと撫でた。

 やはりその目は笑っていない。


 ますます怪しい。

 彼女のように、潮や磯の香りがしたら十分に注意するよう皆に伝えておこう。

 まるで深淵のような女。


 使用人が現れ、ロニアたちを宿舎へと案内した。


 煌びやかで眩しいほどの照明は、水晶の屈折係数を入念にしたものだとわかった。

 どこを歩いても、影ができなかったのだ。


 「では、小人はこちらで失礼させていただきます。長旅でしたでしょう。よくお休みください」


 恭しく礼を見せ、彼は去っていった。

 使用人でさえ、洗練された機敏な動作。


 ジオ家というのは、もしやこの大陸でもっとも武力に秀でた家系なのだろうか。


 十二神徒のうち、何人がこの煌王朝の生れなのだろうと考える。

 マチィナが、頬を膨らませてロニアの袖を引っ張った。


 「むう、ロニアくん。早く荷物返してほしいのです。ドロボーなのです」


 「あぁっ、ごめんごめん。考え事してて……」


 青魔法で収納魔法を開くと、ぎちぎちと今にも溢れそうだった。

 便利なように見えて、このように限界が存在する。


 非常に稀ではあるが、当事者からしたら迷惑な話だった。


 ロニアが取り出してやろうと試みる。重い。

 砲丸を片手で持つような重さ。

 だが、マチィナが取っ手を掴むと、なんでもないようにひょいっと引っこ抜いた。


 「おおっ、力持ちなんだね」


 えっへんなのです。鼻を鳴らして、胸を張る彼女。


 この四人、セスを含んで五人組は、あまりにもバランスがいいのかもしれない。


 基本的にロニアがすべて解決できてしまうが、それでは意味がない。

 意味のないことはしたくない。


 前線のリウ、中距離のカレン、回復支援と怪力のマチィナ。

 そして万能のロニアと、いまだ未知数のセス。


 天界レベルの強敵。それこそ、上級悪魔や大罪が出てこない限りは安泰だ。


 「ふわぁあ……なんだか疲れちゃったね」


 カレンが口元を隠し、欠伸をした。


 「星軒によれば、継承戦は明日の午後開幕だそうだ。それまでゆっくり休め」


 セスも、体を伸ばして言った。なんだか、今日はドッと疲れた。

 移動に次ぐ移動。深海のような女。


 さて、湯殿で身体を清めて、とっとと寝よう。

 ロニアは、自分のカバンを背負いながら、宿の扉を開けた。

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