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【第二十話 煌王朝】

「ロニアくん。起きて」


 どれほど寝ていただろうか。

 目元を擦っているカレンは、ロニアの肩をぽんと叩いた。


 まだ眠い瞼を無理やりこじ開けると、クリスタリアとは違う空気が鼻腔を突き抜けた。


 あそこは、草原の青臭い匂いがした。でも、ここは何か違う。

 鉄と鉱石のにおいがする。自然があまり感じられない。


 鉱山に囲まれた、大きな街。いや、街と呼ぶにはふさわしくない。


 なぜなら、ロニアたちはそれを()()()()()()()()だ。


「う、浮いてるです……。水晶の反発作用……?いや、水晶にそんなのなかったはずです……。ということは、反重力なのです!?」


「多分そうだと思う……。出力係数がとんでもないからね……。しっかし、すごい原理だ……」


 思わず、ロニアも感嘆の声を漏らす。


「珍しいね、ロニアくんが褒めるなんて」


「いや、あれはスゴいよ。この時代の人間でも作れたんだ……」


「この時代って。まるで未来から来たみたいだな」


 セスが、眼鏡をしまいながら笑った。


 危ない。気を抜けば、天使だったころの感覚に戻ってしまう。

 それすらも覆ってしまうカレンの温かさは、相変わらず敵わないが。


「着いてくるがよい。ジオ家。ひいては(コウ)王朝は迷路といってもよい」


 星軒(シン・シュアン)は、音もなく跳びながら、ロニア達の前方に降りた。


 マチィナの剣杖を返却し、彼は指笛を鳴らした。

 ぴぃいっという音が響くと、足元の青の道が響いた。


 揺れる。隆起する。

 それは階段となり、空中の都市へと伸びて行った。


 これには、リウを除くクリスタリアで生きてきた全員が驚愕した。


 おとぎ話にも、このスケールのものは存在しなかった。

 何もかもが規格外。それが、煌王朝だった。


 一段。また一段昇るたびに、地面が遠のく。

 空を飛ぶのとは、また違う感覚だった。


 豆粒のように小さくなっていく馬車を見て、思わず背筋がぞわっとした。

 マチィナの荷物をここで出すのは自殺行為なので、もう少し辛抱してもらおう。


「足を踏み外さぬように。この高さ。まず助かるまい」


「な~んで恐怖心を煽ることを言うんですかねぇ?」


「事実を述べたまで。正直、私もいつもより慎重だ」


 ここの住人なのにか。その言葉が喉元まで出かかったが、飲み込んだ。


 頂点。都市を覆うそれはまるで大きな竜の背を見ているようだった。


 それとも、これは蛟だろうか。

 王朝とは名ばかりの、(ジオ)家の領域か。


 太湖があって、それを囲むように住宅街と森が広がっていた。

 特別大きいあの豪邸は、恐らくジオ家だろう。


 見下ろしているだけで、自分は世界を見ているようだと錯覚した。

 いや、ここの住人は、この蛟の内こそが世界のすべてだと思っているのだろう。


 外の世界を知るのはわずかな人物。それこそ、ジオ家ぐらいだろう。


 思えば皮肉なものだった。ロニアたちは、この技術を知らない。

 王朝の人々は、外を知らない。


 星軒の背を追い、蛟の内側へと続く階段を下りた。

 神経系のように、いくつものトンネルが交差していた。


 突然、体が押し戻されるような感覚。


 転ぶ。そう思ったが――。

 自分は、その場に立っているままだった。景色だけが動いている。


「ジオ家の技術特異点。エーテル加速トンネルだ」


 分析しろロニア・ロンド。魔力の流れを肌で感じろ。


 構造は、大方把握できた。


 しかし、机上の空論に過ぎなかったはずだ。

 どうして、これを作り出せたのだろうか。


「へぇ……これはこれは。理論こそ加速の緑魔法と変わらないけど、それを【反転】させるねえ」


「然り。龍力(ロウリー)と呼びたいが、魔力の方が伝わりやすいだろうからそれで通すが――」


 反転の魔法。彼はそう言った。


「は、反転の魔法?」


 カレンが、首を傾げていた。

 クリスタリア魔術学院では、まず教えない概念だった。


「うん。例えば、加速の緑魔法は自分を速くする魔法じゃん? そこに、反転という要素を加える。そうすると?」


「遅くなる……の?」


 指を鳴らして、そうだよと肯じた。

 けれど、それだけじゃない。


「反転に、さらに反転を加えているのさ。自分にじゃなく、周りに。加速。反転。加速。反転。それを何重にも重ね掛けすることで――」


「バグを起こす。と、いうことだな。ロニア、加点しておこう」


 セスが、小さな紙に羽ペンでメモを取っていた。

 ああもう、美味しいところ取らないでくださいよ。


 少しだけ悔しかった。

 これは、カレンに人型砕獣の危険さを説いていたときの仕返しなのだろうか。


 悪いことはするべきではないな。と、今更ながら思った。


「白髪の坊主。ロニアと言ったか?貴公の分析力には圧倒されるばかりだ」


「あんまり褒めないでくださいよ。天才扱いされるのは得意じゃなくてですね」


 うちの研究者として欲しいなと、星軒は呟いた。

 行きませんよと、軽口を叩いた。


 面倒なことはしたくない性質だから。

 できるなら、昼間まで寝て、適当に何か食べながらゴロゴロしてまた寝たい。


 研究職だと、理想の生活から大きく離れることを、ロニアは知っていたからだ。


 マチィナが目を輝かせながら構造の舐めまわすように眺めている。

 カレンは、不安感からかロニアの腕に抱き着いている。

 柔らかなものが当たって集中できない。


 目を閉じて、雑念を払った。


 ─────────◇─────────


「掃射。対象は下級悪魔の群れ」


 ずだだんっ!


 ミカエルが新調した武器の調子は上々といったところで、無表情ながら鼻を鳴らしている。


 上機嫌ともとれるその口元には、微かなニヤつきがあった。

 目元は翼で隠されているため視認できなかった。


「あ~もう、ミカたんさあ……これちょっとやりすぎなんじゃないの?」


「疑問。天界に侵入を試みる悪魔を討伐したまで」


「え~、カマたんの仕事じゃん」


 カマたん。つまりカマエルは、能天使の一人であった。

 力を司り、天界の能力を管理している。

 そして、試練の鍵をロニアにこっそりと渡した張本人でもあった。


「否定。彼女は謹慎処分中。仕事は、ワタシが受け継ぐまで」


「絶対武器試したいだけじゃん! 伝達しに行くアタシの気持ちにもなってよ~!」


 ぷんすかと、聞く耳を持たないミカエルの耳元で叫ぶガブリエル。


 しかし、彼女の嘆願も銃声によりかき消された。

 圧縮させた空気を破裂させたような轟音が、絶え間なく続く。

 どっちが悪魔なんだか。ガブリエルは、掌を額に当てながらため息を吐いた。


「……でもさあ、こんなに派手にやって向こうも黙っていないんじゃないの?」


 ガブリエルは、ミカエルの築いた骸の山を見て目を細めた。


 それは、かつての叛逆を企てたある天使が引き起こした戦争を思い出させた。

 あの時、ガブリエルは神のもとで戦った。ミカエルもそうだった。


 とくにミカエルは、自らの手で、彼女の『兄』を地獄に落としたのだ。


 きっと、何かを間違えればあの戦争が再び始まる。


「ルッシー……。今頃どうしてんのかな」


「推測。相変わらずキザなまま、アスモディウスを誑かしている」


「まっさか~? ルッシーは意外と一途だよ?」


 軽口を言いながら、天界と地獄を隔てる門へと二柱は歩みを進めた。


『一切の希望を捨てよ』


 扉には、そう書かれていた。

 誰が作ったのかわからない、仰々しい扉。


 神が生まれる前から、それはあったそうだ。

 そして、妙なことが。腕を組みながら、扉に凭れかかる少女の姿。


 真っ黒なドレスのフリルは、黒炎で燃えていた。

 白い髪に、真っ赤な瞳。ミカエルにも似ていたが、内に秘める炎は一端の悪魔のソレではない。


「……やっと来ましたか、グズですね。その重たい羽根を毟り取ったら、いくらか素早くなるんでしょうかね」


「……サタンちゃん」


 サタン。堕天したルシフェルの新たな名とされる地獄の王。

 だが、ルシフェルは男性だった。


 この楚々とした立ち振る舞いは、明らかに女性のものだ。


「質問。サタン。アナタの来訪のせいで、悪魔が増えた。考えを訊きたい」


「考えなくてもわかるでしょうに。頭が硬すぎて脳みそまで石ころに変わりましたか? 地獄の王がわざわざ出向くんです。便乗するバカも出るでしょう」


 何でもないように、サタンはぽつぽつと答えた。


「人間界に大罪が多発しているんだけど、これもアンタの差し金?」


「断固として違います。ワタシの憤怒が、回りくどいことするはずがないでしょう?」


 それに忙しいんです。サタンは髪先を人差し指で弄りながら言った。


「ルシフェルのバカ兄貴が失踪しましたから」


 空気が、ピリリと張りつめた。


「ルッシーが、失踪……?」


「アナタたちなら何か知っている物だと思ったのですが。なんだ、収穫無しですか。二度手間でしたね」


 サタンが、するどい赤眼を細めて笑った。

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