【第十九話 青の道】
セスに促され、校門の外に出ると、一基の馬車があった。
贅沢にも、馬を三頭も使っている。
見上げるほどに大きなカバンを背負ったマチィナが、何故と首を傾げていた。
「普通、馬車なら偶数なのです。二頭とか、四頭とか」
「王族と同じ扱いってことなんじゃないの」
ロニアが、皮肉交じりに笑った。
「おいおい、そんなに大きな荷物持ってどうするんだ」
セスが、マチィナの荷物を見上げながら頭を掻いた。
星軒もそれを見ながら、困ったように口元を窄めている。
「これじゃあきつきつだね……。私の膝の上に座る?」
「なんでそうなるのさ。青魔法で収納すればいいんじゃないの」
「これは、私の医療道具なのです!旅は道連れ、魔力が無くなっても治療できるです!」
マチィナは、その鞄を頑なに離そうとしない。
わかってくれ。皆でそう頼み込むと、渋々頷いた。
車体は、夜空を切り取ったような黒い漆で塗装され、金の紋様が施されていた。
竜。いや、彼らで言う所の蛟だった。波と剣が交差するさまが光に照らされ、きらりと瞬いた。
「乗れ。時は金だ」
星軒が、まず先に乗り込んだ。
それは、『この車両は罠ではない』という意思表示にも見えた。
マチィナの剣杖は危険なので、布で何重にも覆い、彼が馬車の隅に置いていた。
こちらも、やはり大きい。
しかたがない。
ロニアがマチィナの巨大なカバンを、青魔法:結び目の道に詰め込んだ。
ぎちぎちと音を立てるように、それを中に押し込んだ。
これ以上入らない。
中は見かけよりも広かった。
本来の馬車なら、四人で限界なのだが、セスや星軒という大男もいる。
かなり長い間、拷問のような体勢を強いられるはずだったが、向かい合って座ってもつま先が触れることはなかった。
それだけではなく、ベルベットのクロスが敷かれた卓まであった。
座席はふかふかで、揺れはなかった。
「へえ、随分とまあ豪勢なモンだね。やっぱ金持ちなんだ」
「まぁ……な。俺の故郷で、一番っつーか……」
リウが、星軒の顔色を窺いながら答えた。
目を閉じ、長い袖をだらんと垂らしながら腕を組んでいた。
「我が蛟家は、交易にて成り上がった。じき、見えるだろう。外を気に掛けよ」
学院の領地を抜け、街道を出たとたん、景色が一変した。
地面が、蒼く発光していた。
それは遥か地平線の彼方まで続く、光の道。
サファイアを砕いたようなその青さは、閑散とした荒野で存在感を放っていた。
カレンが感嘆の声を漏らした。
「わあ、綺麗……」
「そうかな。カレンの眼の方が綺麗だけど」
「えっ……?!」
「ああ、いや、確かに綺麗だね」
一瞬の静寂。星軒すらも目を開いた。
「……ろ、ロニアくん、随分と大胆なのです……」
「いやだから、外の道が綺麗だなって」
「……隠さずとも、恋は露呈する」
「星軒さんも余計なこと言わないでくれます?」
「すまぬ」
全く。そう言って、窓から外を眺めていたロニアは腰を落とした。
あの蒼い道には、何かがある。デザインの問題ではなかった。
「あれは、蒼魔石。龍力、つまり、魔力を多く秘める石だ。摩擦係数を少なくし、馬の負荷を大幅に軽減する」
確かに、馬が疲れている様子はなかった。
だが、ロニアはその魔力を肌で感じていると、それだけではないようにも感じた。
「これは、うちの水晶、防護膜と同じ機能だ。砕獣除けにもなっているということだね」
「鋭いな。現に、御校で使われている水晶は、我々から取り寄せたものだ」
「感謝しても、しきれませんな」
書類を眺めていたセスが、眼鏡の位置を直しながら笑った。
だが、ロニアはただひとつ、気がかりなことがあった。
それは、かつてリウが語った継承戦、つまり殺し合いの正体だった。
「でも、なんだか呑気ですね。これから殺し合うってのに」
星軒が、目を開いた。それは驚きの眼だった。
「こ、殺し合いだと?」
「はい、リウが言ってましたよ」
星軒が、横目にリウを見た。
兄に、まるで睨まれているような弟の額には、冷汗が滲んでいた。
蒼白している。
こいつ、話を盛ったな。心配して損した。
「……気負いすぎだ。六男よ。確かに、昔死人は出たが、大事な人材をこんなことで失わせるほど、ジオ家は愚かではあるまい」
「それに、殺し合いだったらまず私が許可せんよ。大事な生徒を、そんなことに巻き込めるか」
セスが苦笑し、リウの肩をポンと叩いた。
「……なんだ。なら、よかったけど」
「心臓ばくばくだったのです……」
ひどく安堵したのはロニアもだった。
自分の心配はしていなかった。
仲間たちだ。ロニアの手の届かないところに行かれでもしたら、護りきれない。
そうだ。カレン。彼女を失ったら、自分は。
「ロニアくん、どうしたの?」
気づけば、彼女の肩に凭れかかっていた。
この温もりが消えたらと思うと、怖くてたまらない。
護り抜いてやる。そう意気込んでいた。
だから、うるさい鎖を無視しながらリウを鍛えていたのだ。
ああ、本当に良かった。
「別に。ちょっと酔っただけ」
大人たちには、気づかれているんだろう。いや、みんな分かっているんだと思う。
ロニアが、カレンに恋をしていることを。
でも、まだ伝えていない。
言葉に意味はないというのが持論だが、伝えなければ始まらないものもある。
だから、この恋はまだ始まっていない。
「……ときに、シモーヌよ」
「生徒がいます。その名はおよしください。セス、またはアダマンティアで結構」
「失礼した。アダマンティアよ。貴女に問いたい」
書類の束を、不機嫌そうにぱさっと卓に置いたセス。
ずれた眼鏡を直すその指先は、ずいぶんと固そうに見えた。
「……ネフィリムに対し、十二神徒はどう動いているのだ」
「……そうですね。今までと変わらず、でしょう。膜の再構成には時間がかかりますから。何せ、システムを一度停止する必要があります。神徒全員、集結する必要があるでしょうね」
一瞬。自分を見たことをロニアは見逃さなかった。
「……なんでボクを見たんです」
「……なんでもない」
不思議な人だ。掴めない人、というべきか。
セス・アダマンティアというのが彼女の本名だと思っていたのに、ミドルネームまで持っていたとは知らなかった。
しかし、シモーヌか。どこかで聞いたことがあるが、思い出せない。
「あ、あの、星軒さん!」
ロニアに凭れかけられたまま、カレンが訊ねた。
「何か」
「そちらにも、砕獣はいるんでしょうか……」
いるだろう。その為の青の道。その為の水晶だ。
だが、もしもその砕獣が水晶を餌にしているのだとしたら。
話を聞かない限りにはわからない。
「……いる。ただ、クリスタリアほどの凶暴さはない。ネフィリムなんぞ、婆様が聞いたら卒倒するだろうな」
「凶暴さはないって、つまりペットみたいな感じなんです?」
「そうなるな。興味があるなら一匹分けようか、白髪の坊主」
「……結構です。うちはペット禁止なんで」
なら、とカレンが恐る恐る手を挙げた。
彼女は実家で暮らしているし、砕獣の研究が好きだと言っていた。
ならば丁度よいだろう。自分には、世話をしきれる自信がない。
子供が生まれても、きっと何もできないだろう。
その子はきっと、茶髪で真っ赤な眼。それとも、白髪でサファイアのような眼なのか?
待て、子供?何を考えているんだ。まだ肉体年齢は17だぞ。
わずかに首を横に振って、邪な考えを揉み消した。
ありえない。いや、ありえてほしいが、それは独りよがり。
傲慢だ。相変わらず、自分は傲慢だった。
沈黙が続く。僅かな振動と、カレンの体温。
それは、ロニアを微睡みへと誘うには十分だった。
次第に瞼が重くなる。抗おうにも、この快楽には。
そして、光の残像だけを残して闇が広がった。
頭を、何かがポンっと触れる感覚。
温かい。意識も、そこで途切れた。
泥濘の中に沈んでいくようだ。
「おやすみなさい、ロニアくん」
誰かが、そう呟いた。
せせらぎのように、さらさらとした美しい声だった。
「むにゃ……」
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