【第十八話 ジオ家の竜たち】
「……っしゃあ!」
リウの拳。速い。風を切る。ぱしんっ。掌が受け止めた。
「この一週間で、だいぶ熟練されてきたね。魔法による硬質化や加速も申し分ない。あとは杖を捨てるだけだ」
もはや息を切らすことはなく、どちらも涼しい顔をしていた。
「こっからが難しいんだよな。制御のコツはつかめたけど、どうも、火がすぐに消えちまう」
リウが右手を強く握ると、ぼうっ、と炎が包んだ。
しかし、それはすぐに消えてしまった。
一瞬の放出なら、その炎は業火となる。
それを維持できるのなら、ロニアに一歩近づくことができるだろう。
たとえ、遠すぎる背中であっても。
「……リウ。質問だ」
ロニアはリウの眼前にまで接近し、さっきまで炎を纏っていた右手を掴んだ。
「もっとも、優れた炎は何だと思う?」
「もっとも、優れた炎? そりゃあ、でっけえやつじゃねぇのか?」
違う。ロニアはリウの眼を見据えて答えた。
右手を触れる手が熱くなる。リウの炎ではない。
ロニアの体内で、炎が燃えている。
「いつまでも、燃え続ける炎。いや、熾火」
「お、熾火?」
「炎、ひいては火の本懐は何だと思う? それは、燃え続けること」
照らし続け、周囲を暖める。それこそ、火の本懐だとロニアは語った。
一瞬で燃やし尽くすな。いつまでも燃え続けろ。まずはそこからだ。
リウと同じように、ロニアも拳を握る。じゅっ。
一瞬にして、拳から肘にかけて火を纏っていた。
それは時折蒼く燃える。赤い炎とは違う、真っ青な炎。
「死にたくないんだったら、まずはここまでできるようにして。二時間維持できるなら最高だけど」
熱に感化されたか、ロニアまでなんだか暑苦しくなっている。
影響されやすいのか、それとも雰囲気に合わせているだけなのか。
どちらにせよ、リウには好影響を与えているようだ。
ベンチに腰掛けながら鍛錬を眺めている女性陣も、ロニアの言葉を反芻している。
目立つことが、何も正義ではない。そこに在り続けることが大事なのだ。
カレンは、そう受け取った。マチィナは、脚をぶらぶらさせながら、身の丈の二倍はある彼女の剣杖を眺めている。
「在り続けること、かあ……」
「どういうことなのです?」
「ふふっ。ロニアくんって、やっぱり素直じゃないんだねって」
「ふぇ?」
マチィナが首を傾げる。
「リウ。朝からずっと体を動かしてんだから、一旦休もう。ボク、なんか買ってくるよ」
「あっ、私も一緒していいかな?」
購買へと向かおうとしたロニアの背中を、カレンがとんっと小突いた。
汗でしっとりしている。
「ん、いいよ」
皆の好物はわからない。自分の物すらも定かではない。
何が好きなんだろう。好きってなんだろう。
甘いもの? それとも、辛いもの?
運がいいことに、カレンがいる。
彼女に聞けばすぐなのだが、なんだか負けたような気がする。
「ねえロニアくん。ロニアくんはさ、何が好きなの?」
「わかんないや。嫌いはあっても、好きってのがねぇ。どうもよくわかんないんだ」
「ん~。じゃああれは、これがあったら嬉しいな、みたいな」
「……嬉しい」
ダメだ、カレンの顔しか浮かばない。今は食べ物の話をしているのに。
彼女がいるなら、嫌いなキノコでも食べられそうな気がする。
つまり、彼女といるなら何でも好きってことに……。
いや、もしかして自分が好きなのは――。いや、ありえない。
そんなはずがあるものか。
何万年も生きてきた天使と、たかが十数年しか生きていない人間。
あっていいはずがない。
けれど、やっぱり自分の頭の中にいるのは――。
「……カレン」
「……えっ!? あっ、えっと……」
「あっ、いや……食べ物の話で……カレンは……どうなのかなって……」
ああ、クソ。こんな誤解を生むようなことはまずしないはずなのに。
最近は上手くいかないことばかりだ。顔が熱い。リウのやつ、火力を上げすぎたな。
ロニア・ロンドのやつ。絆されやがって。しょうがないだろ。
好きの意味を知って、じゃあつまり。みたいな形で連想できるんだから。
心の中で悪態をつくも、昂りは治まらない。
「あぁ……びっくりした。私は……フォカッチャ! チーズと一緒に食べたら最高だよ!」
「……わかった。覚えとくよ、フォカッチャ。ボクも食べてみたいな」
「いつか一緒に食べようね」
その無邪気な笑顔が、やけに胸を突いた。
いつまでも、共にいる未来を当たり前のように望んでいる。
「う、うん……」
仮面を被って隠していたのに、わずかな隙間をこじ開けられてしまった。
その内側には、恋を知らなかった少年の叫びが隠れていた。
一緒に。ああもう。
なんで意識させるようなことを言うんだよ。
理解しちゃうじゃんか。
ボクは、カレンのことが好きなんだ、って。
─────────◇─────────
「お待たせ。カレンに聞いて、キミたちが好きなものを色々買ってきたよ」
言って、ロニアはどさっと、食料を敷かれたシートの上に置いた。
甘そうなケーキや、まさしく見るに辛そうな串焼きの豚肉。
パンと、魔力摂取にやさしいジュースにはなんと、魔力を青魔法1回分も含有しているそうだ。
フォカッチャは……残念ながら売り切れていた。
ジュースは、特にリウに飲ませた方が良い。
炎魔法は、エーテルを焼いてエネルギーを出すから。
燃費の悪さが弱点の炎魔法にとって、今リウに学ばせている循環技術は、まさしく効率が良いと言ってもいいだろう。
無理に、水魔法や土魔法を教える必要はない。今ある武器を工夫してやりくりする。
基本だ。カマエルも言っていた。
辛いものは、リウの好みと聞いた。
ケーキは、言われなくともマチィナのものだった。
仮にマチィナが、真っ赤で、見るだけで舌がビリビリするような豚串焼きを好むなんて言ったら――。
なんてことはなく、実際マチィナはケーキをはむはむと食べていた。
ロニアは、味気のないパンを齧った。
バターの風味がするだけで、これといった特徴はない。
カレンも、フォカッチャが売り切れと聞いて残念そうにしていたが、ロニアが提案したチーズパンを選んだ。
全員が、各々の好きなものを、集まって食べている。
「ロニアくん、それ、一口頂戴。私のもあげるから」
カレンがロニアの食べていたパンを指さした。
「えっ、あっ、はい」
全部渡してしまった。流石に全部はと苦笑しながら、カレンは欠片をちぎった。
全く、何をタジタジしているんだ自分は。
これを食べ終わったら、さっさと鍛錬に戻ろう。
そう思っていたのだが――。
「おお、リウ。ここにいたのか」
セスが、やけにぴしっとした格好で現れた。
大事な会議があったのだろうか。
しかし、リウだけを名指しで呼んだということは、きっと彼の親族か召使かその類の誰かが来たのだろう。
「……フン、群れることぐらいはできるようだな。六番目の蛟よ」
この地域では見たことのない、異質な格好の男が現れた。
獣の革でも、羊毛でもない。
透き通るように柔らかいあれは、絹だろうか。
まるで水面のような光沢を放つその布地は、歩くたびに波打っていた。
彼の流水のような流れる眼は、深海のように冷たかった。
リウとは違う黒髪で、炎の片鱗もない。
蛟。彼の故郷では、水を司るという。
と、いうことは……。
「し、星軒哥哥……」
リウの体が竦んでいる。瘧のようにふるふると震えて、血の気が引いていた。
「どこに行っても、お前は烏合の衆と付き合うのが好きなようだな」
「取り消せよ、哥哥。こいつらは烏合の衆なんかじゃねぇ」
断る。彼が怒鳴ったわけではないのに、空気がぴしっと張りつめた。
ロニアやセスを除く全員が気圧される。しかし、烏合の衆ときたか。
全く図々しいものだと、ロニアはため息を吐いた。
「あ~、星軒さん、でしたっけ? 悪いことは言わないんですけど、あんまり挑発しないでもらっても?」
「……何故?」
「何故って……ホントに図々しいなあ」
「ロニア。これでも来賓だぞ」
セスが、無礼を咎めた。だが、彼女も眉間に皺を寄せている。
「へい。ま、とにかく。いつまでもリウを捨てられた六男だと思わない方が良いですよ」
真っ赤な眼に、鋭い青炎が宿った。
瞬間、足元の雑草が濡れた。
ロニアの炎と、彼の放つ冷気がぶつかり合い、水蒸気を結露させたのだ。
ロニアは、怒っているわけではない。
いや、そうなのかもしれない。今のロニアにとって、全てが未知数だった。
人間も、自分すらも。ロニアの炎に、彼は言葉を飲み込んだ。
「……私とて愚鈍ではない。貴公は随分と手練れだったようだな」
「手練れとかそういう次元じゃないんで。傲慢にいかせてもらいますけどね、誰よりも強いですよ、ボク」
誰かのために戦いに身を投じるのは、学院にネフィリムが襲来して以来か。
あれ、そういえば追試はいつ受けるんだろう。のんきなことを考えると、炎の熱は鎮まった。
「小さな体に、そこまでの龍力を……」
「ロウリー?」
ロニアの魔力量を見抜いたか。
「貴公らで言う所の、魔力だ。だがしかし、これは失礼したな」
星軒は頭を下げた。なんだ、謝れるじゃないか。
ロニアは、謝罪を貰えればすぐに非礼を忘れるという性格でもあった。
リウが、星軒に近づく。大男。178センチはあるだろう。
「哥哥。継承戦では負けねえ」
「私とて。ああ、それと――」
継承戦は、四人組が必要だと彼が言った。
そっか。頑張んな。ロニアが口を開こうとしたその時。
「丁度良い。選手四名が揃っているではないか」
星軒が、ロニア達を指差しで数えていた。
えっ、私もなのです? とマチィナが声を漏らした。
「引率で私も同行する。活躍次第で、追試は免除だと学院長が仰っていた」
それだけではない。と、彼女が続けた。
「筆記や実技だけじゃない。特別休暇を与えるそうだぞ。もちろん、校外学習の名目でな」
セスが、親指を立てる。結局、面倒ごとに巻き込まれるんだ。
ロニアはまた、ため息を吐いた。まあ、しょうがないか。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ようやく、ロニアが恋心を自覚しました。
これにより、彼の行動に一部変化が生まれるかもしれません!
さて次回。新章突入! 舞台は学院から離れリウの故郷へ!
お楽しみに!
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