【第十五話 6の竜】
「学生証を」
イザラムの言っていた、鑑定団だ。三人いる。顔を隠す山吹色のローブが制服なのだろうか。
背丈も、体型も、声も。不気味なまでに似ていた。
言われるがままに、鞄に入れていたカードを渡す。
きらりと、水晶を加工して作られた学生証が日光を受けて煌めいた。
「では、こちらにどうぞ」
促されるままに、ロニアは台に乗った。
セスの研究によれば、ネフィリムと人間では決定的に違う部分があるという。
それは内臓だ。魔力を作り出す臓器が、ネフィリムにはないらしい。
それだけではなく、人族と亜人族を見分けるためでもあるとか。
「動かないでくださいね。【鏡よ。水面よ。空の月よ。真実を我が眼に拝受せよ:アド・アルゼンタム】」
赤い魔方陣が、ロニアの体を通過した。
「……おや?」
ローブが首を傾げた。魔方陣を媒介にした魔導書を開き、顎に手を当てて考え込んでいる。
「な、何か問題でも?」
「いえ、少々お待ちくださいな。これは……ふむ」
青魔法で収納していたペンを取り出し、筆を走らせていた。
しばらく経って、カレンは心配そうな表情でロニアを眺めている。
まさか、こんなところで正体が露呈するなんていうのは笑えない。
「魔力量が異常なだけですね……これは失礼。手間をおかけしました」
「はあ……そうですか」
軽く冷汗をかいた。
あくまで【天才少年】という体で生きているため、それ以上の要素は付け加えたくない。
どうにも、カレンの想い人というものが新しく追加されそうだが。
悪い気はしない……はずだ。
「ん、あれは先生?」
「みたい。イメチェンしたんだね」
セスの姿を見るのもなんだか久しぶりだった。
髪を切ったらしい。尻尾のように揺れる黒髪がバッサリ切られ、肩までしかない。
「おはようございます」
「ん、ああ。お前たちか。おはよう」
「髪……切ったんですか?」
「まあな。長いと、これから大変かと」
これから。ネフィリムとの戦いは、もう既に始まっているのだ。
ただ鳴りを潜めているだけで、いつか大きな火種になる。
「重荷は、できるだけ降ろしておきたいものだ……」
そう呟いたセスの指先が、短くなった黒髪を所在なげに触れた。
どこか危なげなものをロニアは覚えた。それはともかく、意外と似合っているじゃんとも。
ネフィリムを排除するというのは、人を殺すことと同意だから。
セスは、きっとそう考えるはずだ。墜ちる覚悟か、それとも。
人を覚えることは苦手だったが、外見の変化に対しては人一倍敏感だった。
【器】というものは可塑性が高い。信念は人の魂を形作る。少しの迷いが、姿を大きく変える。
カインが弟のアベルを殺し、【印】を刻まれ悪に墜ちたのもそのせいだ。
かつて、神がロニアにそう唱えた。話半分で聞いていたものの、嫌に心に刺さったのを覚えている。
しかし、自分もそろそろ髪を切るべきか。
中性的な外見なので、短すぎても違和感があるし、長ければ邪魔だ。
今ほどの長さ。
つまり、襟足はうなじまで伸びて、鬢は耳を隠すぐらいがちょうどよいのだろう。
視界を時々覆うこともあるが、まだ許容範囲内だった。
セスの変化具合を思い出しながら歩き、右手で髪先を弄んでいた。
カレンがこちらをじっと見つめていた。
「どしたの」
「ん~? いや、なんでもないよ。髪が綺麗だなって」
「まぁね~。ケアには気を遣ってるからさ」
「ちょっと触ってもいい?」
「さっき撫でてたじゃんか」
それとは別。とカレンは悪戯気に笑い、ロニアのふわっとした毛先を梳いた。
カレンの髪が小川のせせらぎのようだとすれば、ロニアのものはそよ風だった。
雲のように、指先を通り過ぎる。
「もういい?」
「もうちょっと」
「強欲だなあ」
気が済むまで触らせてやるかと諦めたロニア。前方には気を付けろと釘を差した。
こうしてみると、カップルというよりも姉弟のようだ。
ロニアは同年代の男子に比べたら、明らかに小柄だからだ。
もっとも、この学院で誰よりも長く生きているが。
だからこそ、知らないモノには滅法弱い。この感情が。胸の高鳴りが。
「あっ、おはようです。カレン、ロニア」
そうロニア達を呼ぶのはマチィナだった。
だが表情にはどこか、憂慮や不安感があった。
それに、あの男がいない。燃えるような赤髪を後ろで結っているあの男が。
好奇心に従い、マチィナに尋ねることにしたロニア。
「リウはどこ? トイレにでも行った?」
「それが……」
バツが悪いように、目を逸らすマチィナ。指先をつついている。
「手紙を受け取ってから、リウはどこかに行っちゃったです……」
「手紙? なんの」
「多分、ジオ家のじゃないかな」
「東のおっきい国の貴族の六男です、リウは」
ジオ・リウ・イー。それが彼の名前だった。
ジオ家の、恥さらし。6番目に生まれ、棄てられた竜の子ども。
『蛟六遺』。こう書くとマチィナが教えてくれた。
「悲しい名前を付けられたもんだね」
やはり、貴族というのは苦手だ。こうやって、子供たちに重圧を押し付ける。
愛はない。家系というシステムの隷属。
全く嫌な気分だ。カレンの血統を謗るつもりはないが、フランカ家自体は苦手だ。
特に彼女の父、ユレウスとやらは好きになれる気配がしない。
「……そっか。わかった」
「ロニアくん、どこ行くの?」
「ちょっとあいつに会ってくるよ。ほっとけないし」
「……珍しいです。ロニアくんが動くなんて」
「最近いろんな人に言われる」
ロニアが、鬱陶しげに、しかし満更でもないようにボヤいた。
その様子に、カレンは聖母のような微笑みを向けた。
「ロニアくんは、なんだか変わったよ。それに、リウもきっとなんとかなるよ。ロニアくんがいるなら」
「え?そうなのです?」
「うん。きっと」
リウのことは、興味のない振りをしていた。
もともと、ロニアは全てにおいて興味がなかった。持てなかった。
ロニアの心中にあった鎖が全てを過去へと引き戻す。
だが、カレンとの一件でその内の一本を引きちぎった。
ようやく、一歩前に踏み出せた。
リウの痕跡はわかりやすい。
魔力量は人並外れて多いが、コントロールする力が不足していた。
溢れているのだ。コップに穴が開いているようなもので、並々注いだとしても零れる。
あのままではいずれ暴走を起こし、自身をひどく傷つけることになるだろう。
緑魔法:サーチで彼の落とした痕跡を辿ると、中庭に出た。
リウは、噴水傍のベンチに腰掛け、震える手で封筒を開こうとしている。
ときおり空を見上げて、その際に目と目が合ってしまった。
「……なんだよ。笑いに来たか?」
「なんでそうなるのさ」
「いや、すまねえ。この時期になると、どうもカリカリしちまう」
「この時期……?」
「俺の家系のことさ。心配すんな」
後継ぎか。ロニアは定かではないがそう仮定した。
貴族は世襲制がほとんど。ジオ家もそうなのだろう。
遠い、東方の国だが。
「ダメなんだよ……魔法じゃなきゃ。俺は……」
リウが自身の両手を見つめ、そこには剣ダコができていた。
肌はボロボロで、かさぶたができている箇所もあった。
「剣だけじゃあ、兄貴たちに勝てねえ。あいつらは、素の肉体で岩を砕いたり、水面を走ったりする連中なんだ……。頼む、ロニア、俺に魔法を教えてくれ!」
リウが、地面に額をつけた。流石に居心地が悪くなり、ロニアはリウを宥めた。
「いいって、そこまでしなくても。なんだい、キミの家は後継争いで殺し合うのかい?」
リウが拳を握りしめながら頷いた。
「これじゃあ、ここで通ってる意味がねぇんだ…… !証明してやりてぇ! 魔法だけでも、兄貴たちに勝てるって!」
リウの声が裏返り、双眸が潤った。ただ、ロニアは溜息をついて肩をすぼめた。
これから話すのは、きっと彼の望む答えじゃない。
さて、話すべきか。
「頼む、ロニア。お前だけが頼りだ……! 規格外のお前の力なら……!」
よし。言ってやろう。
勘違いしたまま突き進んで、死なれても困る。
せっかくだ。誰も死なせない。
「リウ。よく聞いて。まず、魔法を教えてもキミは勝てない」
「え……?」
リウの表情に、絶望が灯った。
「だけど、策がないわけじゃない。魔法と、別の何かをキミは学ぶ必要がある」
ロニアは、拳を突き出した。リウは、それが硬質化しているようにも見えた。
しばらく思索に耽っては、やがて顔を上げて立ち上がった。
その顔には笑みが宿っていた。
「纏わせる、のか? 魔法を?」
「よくわかったね。剣となるのはその実、キミの肉体さ」




