【第十三話 お久しぶりです】
小鳥が、朝の挨拶を交わしている。
その声に起こされたロニア。翼は、くたびれていて第二の布団のように、カレンにかかっている。
彼女はまだ眠っているようだ。小鳥たちを睨みつけ、起こすなと圧をかけてから、ゆっくりと床を後にした。
翼が追従する。魔力の消耗が激しかったため、少しだるい。
髪の毛が爆発しているようだから、鏡で軽く整えた。ついでに、翼を休ませた。
音を立てないように。ドアをゆっくりと。照明の光で、眼をすぼめる。
眩しい。これが朝か。
そろそろ私服が渇いたはずだ。しかし、場所がわからない。丁度すれ違ったメイドに尋ねてみることにした。
「あの、すみません。来客用の衣服って、どこで乾かしてあるんですか?」
「おはようございます。ロニア様ですね。でしたら、まとめて庭園にて干してありますので案内いたします。」
あざす。そう言って、メイドの後に続いた。礼節は忘れてはいけない。
いくら怠惰であっても、それは失礼に生きていい理由ではないからだ。
相変わらず、気が遠くなるほど広い。
学院よりも小さいのに、それよりも大きく感じる。
ひとえにロニアが小さいだけかもしれないが。
10分ぐらい歩いたような気がする。
ようやく、干されてあった衣類を見つけた。
小川の傍らに、物干し竿がひとつ、ふたつ、とにかくたくさん。
案内を終えたメイドは、さっさと別の仕事に取り掛かってしまった。
案山子にも見えてくる物干し竿の大群のなかに、あった。ゆったりとした白い麻のブラウスに、黒いキュロット。
女っぽいとネヴィルに笑われたが、もともと中性的な容貌をしているので問題はない。
似合っているはずだ。ファッションには疎いが。
触れてみると、まだにわかに湿っている。
こうなれば、魔法の出番だ。手元に、熱を生じさせる。
燃えるには涼しいぐらいの、熱。
「【乾かせ】」
精霊に命じれば、服は一瞬でぱりっと乾いた。
流石に、今日一日をここで過ごすのも悪い。それぐらいの配慮はある。
さて、一度部屋に戻ろうかと踵を返したとき。
天界の上司にも匹敵するほど、会いたくない人物と鉢合わせた。
意味が解らないほど長く伸びた顎髭。カレンに似た丸眼鏡。
そして、埃の溜まっているような皺。
「む、ロニアか?」
「い、イザラム爺」
学院にいる時のような格式高い礼服ではなく、どこにでもいる老人のような恰好をしていたイザラム。
洗濯物が山のように積まれた、カゴを抱えていた。
「何をしている?」
「そういうアンタこそ、何やってんのさ」
「見てわからんのか。洗濯だよ」
それはそうだがと、言葉に詰まるロニア。
「しかし、泊まりに来るのなら一言いえばよかったものを」
「戒厳令下で外出したことには怒らないの?」
「お前なら大丈夫だろうさ。逆にお前以外の学生なら叱咤している」
はあ。そう相槌を打つしかない。同じだろうがとロニアは思った。
天界では、規則は規則で例外はない。人間のゆとりに慣れるには、もうしばらく時間がかかりそうだ。
風が吹き、洗濯物を躍らせた。イザラムの髭が揺れ、彼は息を吐くと、籠を小川の下流。今実際に衣類が水流に揉みくちゃにされているところへと放った。
灰をその中へばらまき、ぱんぱんと、汚れた手を払う。こうすることで、大半の汚れは落とせる。
「そういえば、お前に大事な話がある」
今度はなんだとロニア。
「人型砕獣のことだ」
「セス先生がなんか見つけたの?」
「うむ。しかしこれが厄介でな。彼女はそれらをネフィリムと呼ぶことにしたのだが……」
ネフィリム。それは天界でも使われていた言葉だ。
力ある者、凶暴な者。そして、堕天使。
変な縁もあったものだと、ロニアは空を見た。
「どうやら、人間に化けているらしいな」
「ふ~ん。で、人間との間に子供を作るんでしょ。そうして個体数を増やすと考えてるんだけど。どう?」
「そうだな。個体減少の為に、テンプル協会が動いているところだ」
協会。学院を調査していたという組織。数多の協会があるらしく、羅列すればキリがないとか。
「じゃあどうすんの? 授業、始めらんないかもよ」
ロニアが、少し挑発気味に訊ねた。どうということはないように、イザラムは髭を撫でる。
「対策本部の発足を済ませた。鑑定魔法のプロ集団だ。昔、人族に化けて入学を試みようとした亜人種の摘発にも貢献した」
ふうん。と、これまた興味なさげに相槌を打つ。それにしても、亜人種とは。
クリスタリア魔術学院は、魔法と言えばで著名らしい。魔法使いを夢見る子供の目標であり、超えるべき壁。
亜人種が具体的に何を指すのかは知らないが、それでも純粋に塔を眺めているのだろう。
可哀そうな話だ。まあ、首席が何を言っても皮肉にしかならないだろうが。
「そうだ、イザラム爺。あんまりカレンにプレッシャー与えてやんないでよ」
「珍しいな。お前がヒトの心配をするとは」
「いいでしょ。成長するの。誰だって。あの子は気丈に振る舞ってるけど、暗い、見えない重圧に押し潰されそうになってんの。兄貴さんだって、クソ親だかなんだか言ってたし」
「儂とて、可愛い孫の心配をしているさ。問題は愚息だ。あやつは、度を過ぎておる」
ただでさえ深い皺が、眉間によった。その顔は、追放を言い渡している時のお父様の表情に近かった。
失望。憐憫。それに似た何か。戻らぬ過去を追憶しているよう。カレンの父であり、彼の妻の婿。ユレウス・フランカ・オードウィン。
魔法使いとして優れているのは妻の方で、ただ財力を持つだけだった。それゆえに、自身も優れた魔法使いと勘違いしている。
カレンにも、サイモンにも、そうなれと。ユレウスのように。自由意志はない。子は親に逆らえない。イザラムはそう語った。
「……しかし、カレンも救われているようでよかった」
「ん? なんで?」
「でなければ、男を家に招かんだろうに」
「あぁ、そういうこと。でも、多分そういう意図はないんじゃない。ただ単に友達だからじゃないかな」
「お前は、まだ乙女の心をわかっとらんな」
イザラムが、初めて笑った。いや、久しぶりだ。
爺が笑ってもときめかないよ。ロニアがぷいっとそっぽを向いた。
「乙女心かあ」
そう呟き、その場を去った。
部屋に戻った。正確には、部屋の前に立っていた。
あまりにも長い道で迷いそうになったが、記憶力が良いので、経路を覚えていた。
さて、とりあえず部屋で着替えるか。外で着替えるわけにはいかないから。
「あっ! どこ行ってたのさ」
「ちょっと、自分の服をね。乾いたかなって」
「何を言わずにどっか行かないでよ~!」
これがそうなのか。
乙女心。その言葉を、頭の中で再分析する。乙女の、心。人間には違いないんじゃないか?
雄と雌で何が違うんだ?
やっぱり、わからないない。
眼前に迫ってきたカレンを見上げて、ロニアは苦笑した。
流石に眼鏡は着けているが、髪型はそのままだ。
「あはは……。ごめんごめん。次から気を付けるよ」
まるで、またここで過ごすような言い草だが、言葉の綾ということで。
そう済ませたい。お仕置きだと言って、ロニアの頬をもちもちと引っ張るカレン。
これで気が済むのなら、そうさせよう。衣服片手に、しばらくそうしていた。
「気は済んだ?」
「うん。やっぱりロニアくんはあったかいし、もちもちだね」
子供じゃないんだけどなぁ。ロニアはボヤいて、その場で着替え始める。
まずは服を脱いで。
「わ、わわわっ! ロニアくん、何してんの!?」
のぼせたロニアのように真っ赤な顔をした彼女が、ロニアに布団をかぶせた。
「何って、着替えてるだけだけど」
「女の子の目の前で着替えないでよ……!」
あわわと、両手で顔を隠すカレン。
「え? 一緒に寝たじゃん。今更じゃない?」
「そういう問題じゃなくてぇ……!」
ネヴィルは赤面しなかった。
なのにどうして彼女はこんなにも恥ずかしがっているんだろう。
「う~ん? わかった。終わったら教えるから」
ばか。彼女がそう言った。




