2 東京都世田谷区ある家の怪異
東京都世田谷区のある家に怪異が現れた。
五歳児程度の体躯に、老婆の頭がついている。
その家の電柱に昭治がしがみついている。
「君がいるなら俺はいかなくたってかまわないよな。俺はおばけがこわいんだから、君は俺を守るべきなんだよ。君は俺に恩があるはずだ。言うことを聞け、聞け。聞けぬならせめてそこから二歩だけこちらに近づけ」
「あんたの換えのパンツ買ってやったでしょ。ランドリー代も」
この仕事に指名された際、怖すぎて財布を事務所に忘れ、怖すぎて家の前で小便を漏らした。昭治は財布を持っていなかったので、同行していた由良湖織にパンツを買ってもらいコインランドリー代を出してもらった。
「しかしね、由良くん。俺は怖いんだ」
「あんた組織の四天王だろ」
「四天王なんてダサい枠があるわけないだろ」
「でもあんた」
「いいかい、俺はね、この仕事を渋々やってるんだ。何処へ行っても『君頭が悪すぎるなぁ』と言われてしまうから、結局ここに帰ってこざるを得ないんだ。わかるか? 俺はね‥‥‥実は『渡昭治』っていうコードネームも気に入ってないんだ。俺にはちゃんと本名があるんだ。大声で言ってやろうか」
「ちょっと規約違反ですよ、本名の開示は」
湖織は電柱から昭治を引き剥がそうとするが、パワーだけはある人間なので厄介なことに、剥がれない。
「それがわからん。自分の名も明かさずに人を守るなんて不誠実だ。そうは思わないかい?」
「不誠実を絵に描いたみてぇな駄々こねてからに‥‥‥いいから行きますよ、今日このあと予定あるから早く終わらせたいんだよ」
「予定?」
「あんたに関係のないことですよ」
「わかった、じゃあ恋人だな。今日君の誕生日だものな。十九歳だったかな‥‥‥ハッピーバースデーだ」
「ハッピーバースデーの奴にパンツ買わせたりして、人として恥ずかしくはないタイプなんですか?」
睨む。目を逸らす。
「立ってくださいよ」
「立つ必要もないよ‥‥‥本当は怒られるから嫌だけど、おばけよりはマシだから‥‥‥君に裏技を教えるよ、君はとても強くなる素質のある人だから。由良くん、屋内にいる怪異に対して、屋外から攻撃する方法というのはわかるかい?」
「なんです、いきなり。能力を使うんですか?」
「いや‥‥‥そんな物を使うまでもないんだ。じつはね、見ていてね」
昭治は拳銃を出すと、残弾を見てから民家の壁にそれを撃ち込む。一発、そしてまた一発。弾丸は寸分の違いなく先ほどの軌道に乗り、全く同じ箇所に撃ち込まれる。三発目も四発目も、五発目も六発目も、七発目も‥‥‥そして、十二発目で家の中から赤黒い触手が伸びた。
触手は二歩ほど離れたところと、昭治のいるところに伸びる。昭治はそれを殴り払い立ち上がる。膝はガクガクと震えている。
触手が塵になって消滅した。
「いまのって‥‥‥」
「最短距離は壁をぶち抜くことにあるんだ。この電柱は支えにしやすいから‥‥‥直線的に、殺意を当てるんだ」
「何言ってんですか。なんで見えないはずの怪異が分かったんです」
その言葉を受けて、昭治は「君も感知能力は持ってるだろうに」とつぶやいた。
「モノ感だけで済ませようとするから見るべき敵が見えなくなる。人には五感──つまり、モノ感だけじゃなく、第六感、つまりジ感があるんだぜ。壁なんて邪魔なものを見さえしなければ見たいものが見えるものだ」
「あんたそうやって‥‥‥嫌いだな、無茶を言うんだから」
尻のところをたたきながら、昭治は言う。
「ほら、仕事は終わりだよ。あとの始末は俺がつけておくので、君は今後の予定を片しなよ」
「今後の予定って‥‥‥」
「恋人がいるんだろ。君は優しい子だから」
「いないですよ。なんです、勝手に決めつけて‥‥‥」
「いないことはないだろ、君の発する生体電気は、恋する人の色をしてるんだぜ。恋人がいなきゃそうはならんね」
湖織は昭治の右肩を小さく小突く。
「あんたそうやってジ感にばかり頼ってるから見えなくなることが多くなるんです。中毒にかかってるんですよ」
「しかし‥‥‥君、その感情は」
「僕が一番尊敬する人は誰だと思いますか。その人です」
しばらく考えて、ひとつ。
「君の人間関係などというのは‥‥‥」




