11 憤怒中毒・1
「上の存在」から期待されている以上、迂闊に下手を踏むことは避けなければならない。一般職員はそういう判断能力がまだ育っていなかったり、育たない土壌を持っているため、「上の存在」も気長に見守るスタンスをとるが、異名持ちはそうはいかない。「上の存在」も一般職員もその判断能力を頼りにする。
そういうのを自覚し始めた頃、昭治は「面倒くさいなぁ」と思った。変に期待をされるのが昔から得意ではなく、妙に悪ぶったことをすることもあった。子供のようだけど。夜中に寮を抜け出して、昭太郎や志津子と天体観測に出かけたこともあった。
実はそういう青春ごっこはやったことがなくて楽しかった。
小林兄弟は小さい頃、「里蘇天獄」という男に攫われ八年ほど暗闇のなかで生きていたから。
暗闇の中の格子の都合で見る星空は綺麗だった。昭太郎はずっと檻を掴んで叫んでいたけれど。
昭治は天体観測をする前から空は広くて大きいのだということを知っていた。だから、志津子と昭太郎が暗闇に二人きりになるという状況でさえなければ──胸にモヤモヤとしたものさえなければ──天体観測に付き合うことなんかはなかった。
踏切を越えて、近くにある廃校の屋上に上って、望遠鏡を覗いだ。
昭太郎はやさしくて「一番に見ろよ」と言った。昭治は暗いのを恐ろしく思いながらも覗いて、「あわっ」と声を上げた。
「み、みなよ兄ちゃん、志津子ちゃん、空、空大きいんだ。僕こんな綺麗な空見るのってはじめてさ」
「だろうよ」
「かんわいいね、昭次」
「だろう? 君もとうとう昭次の愛おしさを知るか」
「きも」
「言葉を慎めよ」
「喧嘩なんてやめて、二人も空見なよ! 綺麗だよ! 海みたいなんだ‥‥‥腓がかえりそうだ!」
「望遠鏡を独占されちゃな」
「あっ、ごめん」
「かまわないよ」
望遠鏡を覗いた兄の顔は途端に輝いたようだった。そうやって明るくなっていく昭太郎の顔を見ると、昭治の心が晴れていくようだった。兄が元気だと嬉しかった。その様子を見て、志津子が笑う。
「なんだか、最近めっぽう分かるようになってきたな。伸太郎が君のこと可愛がるの。昭次ってなんだかズルいもの」
「僕ってズルいのかな」
「とーっても」
「なんだか、申し訳ないや」
志津子は小さく吹き出して、乱暴に昭治の頭を撫でた。
昭太郎も「ずるい」と言って、昭治を撫でた。
ずっとこんなときが続くと思っていたし、いつかこの恋心にも決着がつくと思っていた。だが、物部志津子は死んだ。人の醜い心に殺された。
怪異討伐に派遣された場所で神への供物として「使用」され、それを苦にして自殺をした。
「昭次」
「し、伸太郎‥‥‥いけない、そ、その顔はいけない‥‥‥」
「昭次、俺は‥‥‥何の為にいままで戦ってきたんだ」
「人の世の、平和の為だ‥‥‥」
「平和に生きる人間は、人を人とも思わない‥‥‥化け物ばかりだ」
「そういう人たちばかりじゃない。善人だっている」
「何処にいた」
昭太郎は消えてしまった。
穢し屋として現れたのはそこからすぐのことだった。
雨の中唇を噛み締め、尋常維持機構の職員を睨みつけているところを目撃され、そして怪異をこの世に出現させているのを見つかり、すぐに削除対象になった。
『お前は善人なんかいないって言うけど、それじゃあ志津子を否定することになるって‥‥‥なんでわかんないんだ‥‥‥』
言いたい相手にジ感はない。




