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尋常維持機構  作者: 蟹谷梅次
赤い銃創
10/42

10 バカタレ

 傘と腕の討伐を終え、我白に新しい任務が入ったのを見送ってから、湖織は昭治を向き直った。


 彼は煙草を咥えている。


「ちょっと‥‥‥僕未成年なんですけど。というか、もう煙草は辞めたんではなかったんですか?」

「勝次から聞いたかい。ありゃ奴からの誘いを断る為の方便だよ。煙草をやめるなんてさ‥‥‥君、俺を諦められるかい?」

「いいえ。だからって」

「おなじさ」

「なにが」

「子供にゃ危ないね」

「‥‥‥もう十九です。子供じゃないんだから」


 やっぱり、と湖織は思う。


『この人は、異名持ちといる時だけ、本当の自分を出すんだ』


 さきほどまでの気分の高まりようは、自分と二人きりになるとなりをひそめてしまう。きっと歳上だとか上官だとかの観点を視野に入れてしまうんだろう。


『そりゃあ、そうだ。尋常維持機構に細かな格差はないけれど、自衛隊で言えば僕は二等の陸士とか海士とかで‥‥‥彼や外の異名持ちは、三尉とかそこら辺の人だ。格の違いはあるけど‥‥‥』


「俺の階級は良くて曹長だよ。尉官に見られては偉ぶっていて困る」

「人の心を読むのだから‥‥‥偉ぶっているじゃない」

「心を閉じて思考しろと言うんだ、君は」

「無茶を言わんでくださいよ、もう」


 昭治がほのかに笑うのを見上げながら、自分にない物を考えてみる。

 経験とか。自分はまだ入ってせいぜい一年の新入りだから、ほかの隊員に比べて足りないものは多い。体格とか。幼少の頃からあまり飯を食えなくて発育も遅れており彼から見れば小さすぎるくらいだ。あとは、単純に性能や成長性も。

 その点で言えば、自分の師匠を見てみると、驚くべきことにすべてがある。彼の同期で、戦闘経験も多い。彼よりも少し多いくらいなのだとか。それに、女性で身長は百八十センチを超えている。

 彼はそういう由良のヒトを知っているから、自分には心を開いてはくれないんだろうか、と。湖織は少し萎れる。


『こんな未熟者の何処を弄れば中身を見ることができるんだろう』


 気を抜いてもいい相手とはいえ上司の前で背中を丸めている湖織を少し高いだけの目線で据えながら細目になる。


 少し長めに、細目で。ふと。


「君、僕のこと好きなのか」

「そうですけど」

「そうか。‥‥‥なるほど、そういうことか。でも、そうか。‥‥‥君が俺に向けている好意は恩義が湾曲したものだという可能性は‥‥‥」

「そう思うなら見てみてください」

「違いそうだな‥‥‥」

「違いますもの」

「‥‥‥しかし、今は駄目なんだ」

「お兄さんのことですか?」

「それもあるし、俺はまだ‥‥‥物部(もののべ)志津子(しづこ)を忘れられない」

「じゃあその後、今度は僕から言うんで、その時はその時考えてください。どうするのかとか」

「君は知らないようだから言うけれど‥‥‥俺は怪異討伐以外のことは概ねヒト以下なんだ。決断力はないんだ。だから、兄にも志津子にもよく『もっとシャキッとしろ』と、言われてた」

「知ってますよ。知らない人がいないでしょう」


 そういうもんか。


 そうしていると、電話。


「神だ。等級はイプシロン。人をすでに二人食っているから、ゼータに上がるのも時間の問題だ。そこから遠くない。向かえるか?」

「かまいませんよ。今ちょうど由良湖織と一緒にいるので、この娘も連れて行くが構いませんか」

「好きにするといい」

「ではそういうことで」


 通話終了。


「車あれですけど、どうするんです。現場は?」

「岩手の平泉」

「秋田からはまだ近い方だけど‥‥‥」

「大丈夫。山を降りたところにバイクを置いてある」

「予見していわけですか」

「ああ。崖から落ちるビジョンは見えていたのでね」


『比較的ダメージの少ないバイクで落ちとけばよかったのに』


「‥‥‥‥‥‥」


 比較的ダメージの少ないバイクで落ちておけばよかったな、と思いながら昭治は少しだけ泣きながら山を降りた。

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