1 髑髏山の神
険しい山の影が怒りにたける髑髏の様だから其処は髑髏山と呼ばれていた。渡昭治は髑髏山の麓にある民家から出ると、その民家の主である老婆を赤い拳銃で撃ち殺した。
昭治はその行く末も見ぬまま立ち去ったが、老婆は泥になって壁に吸い込まれていった。昭治は黒いスーツの端を指で摘みながら、溜め息をついた。
『さいきん、魔人が多くて困る』
魔人は人に擬態して人を喰らうよこしまな存在である。魔人は一見しただけでは通常の人間とは変わらず見分けがつかないが、昭治はさきほどの老婆が魔人であるという確信があった。
「人は木石に非ずって言うぜ‥‥‥。次のチャンスがあったら憶えておきなよ。俺のような鈍感児を騙せるようにさ‥‥‥」
次の瞬間、魔人がヤブから飛び出し、昭治に襲いかかった。それはまるで猪か狼のようだったがら昭治はフッと息を口のなかに詰め、押し飛ばされる身体を翻し、魔人の腹に蹴りを叩き込む。魔人と同時に逆方向に吹き飛ぶと、拳銃を握り直し、頭部を撃ち壊す。
「まだいるか? ‥‥‥いるな」
魔人が出てくる。次々に出てくる。おかしなことに、顔はすべてさきほどの老婆と同じだった。攻撃を躱しながら、口に煙草をくわえる。
「ヤだねぇ‥‥‥無粋だねぇ‥‥‥煙草の男に迫るなよ‥‥‥」
眼前に迫る魔人の顔面を次々に殴り潰し、泥にかえるのを見送ってから、ライターを出す。炎は紫の色をしていた。
「疲れた‥‥‥もう帰りたいな‥‥‥」
しかし仕事が終わるまでは帰ることなど許されない。上司にこっぴどく叱られ、ただでさえ薄い給金がさらに薄くなってしまうかもしれない。
もうすこしだけ融通の利く人間なら気を抜くというのもできるかもしれないが、昭治はそこまで賢くない。
彼は山を登った。髑髏山の中腹あたりまで来たところで、緑色のところどころが錆びたフェンスを見つける。
「あれか」
フェンスに沿って歩き、南京錠を見つけると懐からそれに合う鍵を出し内側に侵入する。そこからさらに歩くと、平らにひらけたところに出る。そして、中央には、小屋がある。
『こわい‥‥‥とてもこわすぎる‥‥‥だ、だれかにたすけてもらいたい‥‥‥俺一人でやるべき仕事じゃない‥‥‥だれかほんとうに、ほんとうにだれか助けてくれ‥‥‥あんな明らかに化け物が出てきますというような所に乗り込んでしまえるほど俺は度胸の据わった奴じゃない‥‥‥』
そんな事を思いながらも、文句などいちいち言っていられないので、諦めて震える膝を叩きながらその小屋に歩んでいく。
蹴破ると、そこには子供がいた。白い装束を着た少女だ。少女はどうやら昭治の事を何かと勘違いしているらしく、「かみさまだ」と呟いた。
「それは違うな。俺は神様なんかじゃないんだ。君を迎えに来た」
「だめだよ、わたしね、かみさまのおよめさんなの。おかあさんもね、むらのみんなも、そう言ってた。ぎしきしたんだよ」
「そうかい? じゃあ今日から君はバツイチだ。こんな怖いところからはさっさと逃げ出すんだよ。寒いだろ、二月だぞ、まだ。そんな薄着で」
「やだ、わたしまだ‥‥‥」
「オトナの言う事聞きなよ。いいかい。俺はね、その神様から文句をつけられたんだ。『こんなオコチャマを貰ってもどうしようもねえだろ。だからさっさと迎えに来い』って。神様はさ、君のこと嫌いなんだってよ」
「うそうそうそ、それうそよ。おかあさんは」
「君のお母さんは娘を化け物に差し出すひどいお人だ。言うことなんか聞くなよ。いいかい?」
埒が明かない。昭治は拳銃を少女の胸につきつけた。
「抵抗したら殺すぞ」
面倒くさい、こわい、こどもはこわい、こどもは面倒くさい。そんな事を思いながら、少女を抱えあげる。
そうしていると、しゃんという音と共に鹿が現れた。鹿の眼球は四つあり、口からは地面につくほどの長い舌が垂れている。
この鹿は髑髏山の神である。麓の村に長らく信仰されていたせいで歪んだかたちになってしまい、人を喰らうようになってしまった為、今回組織が削除対象につけた。
「ゆるして‥‥‥」
鹿の瞳が妖しく光る。
「ほんとうにゆるして‥‥‥」
昭治は少女を床におろし、思い切り身を捩らせた。先程まで頭があったその位置の眉間のところに長い舌が突き出していた。ぬらぬらと唾液が地面に落ちている。
昭治はその舌に弾丸を撃ち込み、一瞬の隙を生み出すと、少女を片手で持ち上げ、小屋の外の木に投げつけ、枝に装束をかける。
そして、鹿がそちらに目を向けた瞬間、首を掴み、握り潰す。
「ゆるして‥‥‥」




