ep.14『噴乳』①
闇に包まれた視界が再び開けた時、ヴォルガーとラピアの前に広がったのは、石造りの、静かで厳かで広い空間……。
間違いない、ここは万橡の泉を祀るための神殿だ。
ヴォルガーもラピアも、勇者達とともに三つの万橡の泉を訪れた。
どこも、ここと似たような景色であった。
「ようこそ、僕の神殿へ」
そういって恭しく頭を下げたのは、色白で深くフードを被り、メガネをかけた細身で背の高い男。
……そう見えるがしかし、決して人間の男ではない。
「……キルデイル!!」
「こうして直接会うのは初めてだねぇ、ヴォルガー・フィルヴォルグ」
フードの奥でニヤリと笑うのは、魔王軍幹部の魔族であった。
魔族の見た目は多種多様で、その生態は未だ謎に包まれている。
蛇のようでもは虫類ではなく、鳥のようでも鳥類ではない。
目の前にいるキルデイルも、人間のようであってもほ乳類ではない。
しかし、そんな学術的な識別方法とは無関係に、様々な魔族と戦ってきたヴォルガーとラピアにはわかる。
目の前にいるキルデイルは、間違いなく魔族だ。
それも、今までに三体しか対峙したことのない、極めて強大な力を持った個体だ。
ヴォルガーとラピアは、敵の出方を伺いながら身構える。
「ははは、そう身構えなくてもいいよ。もっと紳士的に……ゴングを鳴らして始めよう。よーい、ドンで戦う方が得意なんだろう? 格闘家という人種は」
ニヤリとした笑みを浮かべたまま、キルデイルは手品師のように掌からコインを取り出す。
「とはいえ、ゴングは無いからね。地味な方法で申し訳ないが、このコインを投げて落ちる音で代用しようか」
「一体何が目的だ。わざわざこの場所に引きずり込んでおきながら、ゴングを鳴らそうなどと」
「そっちの方が、いいデータが取れるだろう?」
コインを手の内で弄びながら、キルデイルは不敵に微笑む。
「……ところで僕は、君達の準備が整うのを待っているんだけどね。何もしなくていいのかい? 戦闘中に回復の余裕があるかはわからないよ」
「必要ない」
ヴォルガーがそう返したのは、決して強がりではない。
ラピアが催眠術を解いた後、体力や魔力はできる限り回復してあった。まさか、それがすぐに役立つとは思わなかったが。
いずれにせよ、この状況でのんびりとポーションを飲む気にもなれない。
「だったら遠慮なくいかせてもらおうか。ああ、不意打ちしたいならそれでも構わないよ」
ヴォルガーとラピアにしてみれば、この状況に引きずり込まれた時点で先制攻撃を喰らったも同然だ。不意打ちも何もあったものではない。
キルデイルはピンっと親指でコインを弾く。
その瞬間、砲弾が発射されたかのような轟音が鳴ったかと思うと、ヴォルガーの巨体はキルデイルに拳を叩き込める距離まで急接近していた。
キルデイルは二度も催眠術をかけてきた相手。コインの落ちる音で、という提案が単なる余裕の現れだったとしても、ヴォルガーからすれば乗れる話ではなかった。
キルデイルの目論見になるべく惑わされぬよう、一気呵成に勝負を決めにいったのだ。
「!!」
その速度は、キルデイルの予測を超えていた。
刺客を送り、催眠術をかけ、収集したデータでヴォルガーのスペックは理解していたつもりのキルデイルであったが、実際に対峙してみれば脳内のシミュレーションでは全く不足していた。
不足していた……ということを理解した時には既に、ヴォルガーの拳はキルデイルを撃ち抜いていた。
砲弾が直撃したかのように、キルデイルの身体をヴォルガーの拳が貫いていたのだ。
キルデイルの弾いたコインは風圧で吹き飛ばされ、壁にぶつかりカチンという音を響かせた。
「……なるほど、これが開天流か。パワーもスピードも予測以上だ」
「くっ!!?」
キルデイルの土手っ腹を貫いたヴォルガーの拳は、スライム状の粘液に包まれていた。
ヴォルガーが拳を叩き込んだ時点では確かに肉と骨を殴り、穿った手応えがあった。しかし、気がつけばキルデイルに空けた穴はドロドロに溶けていた。
身体を変質させることによって打撃を無効化する……キルデイルの魔術だ。
無論、ヴォルガーが与えられたダメージも皆無であった。
通常の打撃でキルデイルを屠ることは不可能。一体どう攻めれば……と思考を回転させたその瞬間。
スライム状になったはずのキルデイルの身体が、ヴォルガーの腕に牙を向く感覚が走った。
「!?」
瞬時に拳を引っこ抜くヴォルガー。
見れば、スライム状になっていたキルデイルの腹部の穴は真逆に硬質化していた。まるで、鉱石のように。
「回避も速い。流石、『四人がかりとはいえ』七沌将を三人も殺しただけのことはあるねぇ」
「ぐっ……!!」
キルデイルがニヤリと口にした事実は、ヴォルガーにとって苦しいものだった。
ヴォルガーは三体の七沌将と戦って、確かに実感していた。
勇者パーティの面々は人類としてはトップクラスの実力者揃いだが、七沌将はそれを超える力を持っている。
勇者の剣――暴食の霊剣が選んだエキスパートが四人揃って、抜群のチームワークで戦ってようやく届くのが七沌将という高い壁であった。




