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ep.13『択一』⑤

***


「実に大変な事態であったが……とにもかくにも勇者殿、姫様。まさかもう一度会えるとは」

「いや……本当に大変な事態だった。横で見ていることしかできなかった僕が言うのもなんだが、こんなタイプの大変な事態がこの世にあるとは思っていなかった」


 額を指先で押さえる勇者に、ヴォルガーは改めて向き直って語る。


「勇者殿……貴方も知っての通り、この地方は人類発祥の地……それが所以か、万橡の泉が三つも存在している。そして今は、魔王の城までもが上空に鎮座している」

「ああ……。我々人類と魔王軍の戦いは、いよいよ正念場と言っていいだろうね」

「勇者殿、一度は道を違えた我々だが、人類を救いたいという想いは常に同じだったはずだ。今こそもう一度、同じパーティとして戦ってはくれぬだろうか」


 ギデオンはヴォルガーの言葉を噛みしめる。

 人類を救いたい気持ちは同じであると、その言葉に嘘偽りがないことを、噛みしめれば噛みしめるほど実感してしまう。

 だからギデオンも、誠実に思いの丈を語ることを選んだ。


「僕とリアは、君達と離れてから一体だけだが七沌将を倒した。正直に言えば、そこで嫌というほど理解したよ。君達が……君達と組んだ四人のパーティが、唯一無二のものだったということを」

「勇者殿!! それでは――」

「だけど、ヴォルガー」


 パーティの再結成を期待するヴォルガーに、ギデオンは釘を刺すように言い放つ。


「君が乳首開発をやめない限り再結成は不可能だ!!」

「なっ……なんだって!!??」


 魔王軍との決戦を控え、今こそ力を合わせなければならないというこの時に……またしても乳首が障害として勃ち塞がった。


「勇者殿!! 何故(なにゆえ)に貴方はそこまで乳首開発を忌み嫌うのだ!!」

「そうですよ!! 乳首は育つし美声は聞けるし良いこと尽くめじゃないですか!!」


 ラピアの援護射撃も、ギデオンの心には響かない。

 むしろ明らかに逆効果であった。


「ラピア……お主は自分の言動を――」


 呆れて口を挟んだリアを、ギデオンがすっと手で制する。

 そして、改めてヴォルガーに向き合って語りかける。


「ヴォルガー、理由が理解できないなら、これは僕の理不尽な要求だと考えてくれて構わない」


 ギデオンは一呼吸置いて、ヴォルガーに告げた。


「ヴォルガー、乳首を捨てて僕とともに来てくれ」


 それは、あまりにも衝撃的な要求であった。

 純粋に人類を救いたいと願うヴォルガー……その願いの代償として、乳首を差し出すことをギデオンは求めてきたのだ。

 ギデオンの真意はわからない。

 しかし、その言葉が本気であることは明らかであった。

 志を同じくする者として、ヴォルガーはその言葉に向き合わなければならない。


「……それで一緒に戦えるというのであれば、俺は、俺は乳首を」


 宣言の途中で、ヴォルガーの言葉は不意に詰まった。


「俺は……乳首を……はぁ……はぁ……」


 他の誰かが詰まらせたのではない。

 ヴォルガーの心が、言葉の先を拒絶したのだ。

 幾多の激しい戦いでも極度に乱れることはなく、彼の心身を整える軸であった呼吸が、ここで激しく震え始めた。


「乳首が……はーっ、はーっ、はーーっ、はーっ」


 突然襲いかかる苦しみに、思わず崩れ落ちるヴォルガー。

 平和のためならば乳首など……その意志が本物であるからこそ、彼の身体は決意を決して受け入れなかった。


「ああ……ヴォルガーくん……」


 崩れ落ちたヴォルガーに寄り添ったラピアは、ギデオンをキっと睨みつける。


「どうして、どうしてそんな残酷なことが言えるんですか!!!」


 そして、改めて重大な事実をギデオンに突きつける。


「乳首開発はヴォルガーくんの生き甲斐なんですよ!!!」


 その言葉を聞いたギデオンは、悲しげに瞳を沈ませながらこくり、と頷いた。


「うん……多分ダメなんだろうなとは思っていたけど、想像以上にヤバい反応が返ってきて本当にヤバいということがわかったよ」


 そして隣のリアに目をやり声をかける。


「交渉は決裂だ、リア」


 ギデオンに促されたリアは彼の手を固く握り、高らかに叫ぶ。


「魔王軍は妾達がなんとかするからおぬし達は病院へ行け!! ストミーネッッ!!!(瞬間移動の呪文)」


 その呪文とともに、勇者ギデオンと魔法使いリア王女の姿は一迅の風のように消えてしまった。


「おぉ……勇者殿……姫様……」


 平和を望む気持ちに違いは無いはずなのに、何故こうもわかり合えないのか……。

 ヴォルガーは再び失意の底に堕とされた。


***


「ヴォルガーくん、落ち着きましたか?」


 勇者達が去り、ヴォルガーの過呼吸も治った。

 消耗したヴォルガーの体力も、ラピアの魔力も、一通り回復させた。

 ラピアの差し出した水をぐっと飲み干し、ヴォルガーは言う。


「あぁ……もう大丈夫だ。勇者殿がどう考えていようと、俺のやることは変わらん」


 その言葉を聞いたラピアは、ニッコリと笑って頷いた。


「そうですね!! いっそのこと、ギデオンくん達より先に魔王を倒しちゃいましょう!!」

「ああ、そのくらいの覚悟で臨まねばな。そのためにもまず、俺達は七沌将キルデイルと決着をつけねばなるまい」


 残り三人の七沌将……その中でも、自分が戦うべき相手はキルデイルであるとヴォルガーは確信していた。

 何が目的かはわからないが、執拗に自分を狙い、部下を差し向け、データを収集していたキルデイル。

 あの魔族の企みを阻止できねば、魔王を倒すなど到底叶わないだろう。

 この宿からキルデイルのいる万橡の泉までの距離は、必要な準備は、援軍は……。

 そんな算段がヴォルガーの頭で始まっていた、その瞬間であった。


『いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいねぇ。こっちも丁度、君達を招待する準備が整ったところなんだよ』


 聞き間違えるはずもない。

 七沌将キルデイルの声が、確かにこの部屋に響いた。


「ッッ!!? どこだ!?」


 慌てて構えるヴォルガーとラピア。

 しかし警戒を強めた二人に対して、キルデイルの声はあくまでも飄々と続く。


『ハハハ!! どこって、決まってるじゃあないか。七沌将である僕がいるのは万橡の泉以外にはあり得ないよ』


 頭ではわかっていたことだ。

 キルデイルは万橡の泉に留まりながら、虚像や声だけをヴォルガー達の元に届けていた。


「くっ……待っていろ!! 準備が整えば、すぐに貴様を――」

『いやぁ、待たない待たない。今すぐこっちに来てもらうよ』

「なっ……?」


 キルデイルの軽薄な言葉の意味がわからず、戸惑うヴォルガーとラピア。

 しかし、その答えは直後に思い知ることとなる。

 いつの間にか二人の足下には黒い影が広がり……そして、一瞬のうちに視界までもが闇に包まれた。



≪続く≫

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