ep.12『追憶』⑭
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『身一つで魔族と戦う方法』の研究が結実しかけていた頃、ナディは盤古に能力の測定を提案した。
その方法は至ってシンプルだ。
「この杖に全力で蹴りをぶち込め」
魔法の杖を空間に固定したナディは、盤古にそう言った。
「しかし……それはフロンティアに去った仲間達から貰った大事なものなのだろう?」
四世紀も前にこの世界から去っていった、ナディと同じエルフの仲間達。
その仲間達からプレゼントされた大事なものだと盤古は聞いたことがあった。
「世界樹でできた杖だぞ? そう簡単に壊されるかよ。第一、今のお前の力量を正確に計るにはこのくらいは必要なんだよ」
「……わかった」
ナディの言葉を受け止めた盤古は、ゆっくりと呼吸を整えながら魔力の操作を始める。
ナディの眼にははっきり映る。盤古の莫大な魔力が、その身体を駆けめぐる様子が。
そして、魔力循環が身体へ十分に作用したタイミングで、盤古の右脚が振り上げられる。
空を切る勢いで放たれたその蹴撃は、一瞬のうちに杖を打ちのめした。
凄まじい衝撃音が鳴り響いたかと思うと、気がついた頃には……世界樹で出来た杖は真っ二つにへし折られていた。
「……えっ」
予想だにしなかった結果に、ナディは呆然とする。
「す、すまない!! 大切なものなのに……」
「あ、いや……あたしのミスだ。まさかお前の力がここまで……まぁ、あたしらの研究が成功した証でもあるんだから、気にすることじゃないさ」
ナディのその言葉は嘘ではなかった。しかし、その動揺する様子は誰の目にも明らかであった。
「この杖、直せるだろうか? ワシにできることがあれば――」
盤古の罪悪感に気づいたナディは、素早く折れた杖を手にとって言う。
「だから気にすんなって!! 形あるものはいつか壊れるもんだ。それにほら、見た目だけなら簡単に直せるんだ」
そういってナディが折れた杖をくっつけて、その境目を握りしめると、手の内から光が漏れる。そして、ナディが手を開くと綺麗に修復された杖が現れる。
「……見た目だけなら、ということは、杖としての機能は直ってないのか?」
ナディは自分の失言を後悔した。
盤古の指摘する通りであった。
「……確かに直ってないんだけどさ、直すのはかなり面倒だから気にしない方がいいんだよ。生命力が高い分、要求する魔力も馬鹿にならないからさ、元通りにするには一世紀は毎日魔力を注ぎ込まなきゃ……」
「なるほど、100年か」
それを聞いた盤古は微笑んで、スッとナディの手から杖を取る。
「それだったら、ワシもギリギリ生きられそうだな」
こう言い出したら盤古は聞かないのだろう、と悟っているナディは、ため息混じりに返す。
「……わかったよ。でもあたしは、もうそれは壊れて失くなったもんだと思うからな。あんたも、面倒になったらもう気にするんじゃないぞ」
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そっと、愛おしげに杖を抱きしめるナディを見て、ルカは妙に楽しげなトーンで喋りだす。
「やっぱりお二人は恋仲だったんじゃないッスか? 百年も毎日休まず杖を直し続けるなんて、愛がなきゃできないッスよ!!」
その言葉を受けて、ナディはふっと寂しげに微笑んで言う。
「わかってねぇな……そうじゃねぇんだよ。そんな色っぽい話じゃなくて……『仲間だから』『約束したから』そんな理由でこれができるヤツだから、あたしは……いや、だからあいつは、英雄なんだよ」
最早永遠に手の届かなくなった、生きている間も決して届くことのなかった盤古の温もりが、今は確かにナディの腕の中にあった。
「……深夜なのに、ドタバタしちまったな」
ナディは静かに顔を上げて、ヴォルガー達に言う。
「宿屋に帰って休もう」
「うむ、そうだな……。俺も帰って日課の乳首開発の続きをやろう」
その言葉を聞いた途端、ナディの眉がピクンと吊り上がった。
「いやお前……ちょっと待て。なんでお前はその、乳首の開発なんかやってんだ」
「ああ。修業時代に一番弟子だった先輩が、乳首の気持ちよさに気がついてな。それが広まって門下生全員乳首の開発が習慣になったのだ」
「あ゛!!?? いや、待ってくれ。お前だけじゃなくて、お前と一緒に修行した全員が乳首の開発を……?」
「ああ、その通りだ!!」
ヴォルガーの力強い肯定を聞いた途端、ナディは崩れ落ちた。
「い、いやだ……あいつの残した最後の弟子が、乳首の開発が生き甲斐の変態ばっかりだなんて……そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ナディの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
盤古の訃報を聞いた時も素直に流せなかった涙が、堰を切ったかのように止めどなく溢れてきた。
「どっ、どうしたのだナディさん!!」
「そうですよ!! 一体何が嫌なんですか!!??」
「いや、まぁ……そりゃあ嫌だと思うッスよ……」
ひとしきり涙を流したナディは、顔を上げてヴォルガーをキッと睨みつけて言う。
「お前……いや、お前ら、今夜はもう寝るな!! 乳首の開発もさせん!!! あたしの知識を詰め込めるだけ詰め込んでやるからな!!!」
「え゛っ!? しかしナディさん、休める時に休むのも最前線に立つ者の責務だと……」
「口答えしてんじゃねぇぞこの変態乳首男が!!!」
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夜が明け、町が今夜のパレードに向けて活気づき始めた頃。
宿屋で行われたナディによる講義はようやく終わりを迎えた。
「……本日は非常に貴重なお話を聞かせていただいたッス」
元々の体力が常人に毛の生えたレベルでしかないルカだけが、徹夜講義のダメージを受けていた。
「うむ……そろそろ我々も宿をたつか」
そういって立ち上がるヴォルガーの出で立ちを見て、ナディは叫んだ。
「どうしてまだ裸なんだよ!!??」
「いや、なんだか着るタイミングがなくって……」
「受け取った時、その場で着ればよかっただろ!!」
「今考えればその通りなのだが、あの時は『すぐに必要なものじゃないから袋にしまっておこう』という気持ちになってしまって」
「でもその後に着る機会はいくらでも……いや、あたしが悪いのか!? もういいから今、ここで着ろ!!!」
「うむ……わかった」
ヴォルガーは袋から衣服を取り出し、いそいそと着用する。
「う~む……やはり温かくて安心するな、服は」
「そんな温かそうには見えねぇけど……」
黒いタンクトップ以外露出したままの上半身を見て、ナディは呟いた。
(勃起した乳首が浮いてて気になる……)
「そうだ、ルカさん。頼みがあるんだった」
突然ヴォルガーに話を振られたルカは、ビックリしながらも応える。
「え、なんスか!?」
「精霊の泉が近い。我々はそろそろ、七天将に挑むことになるが……そのために助っ人を募りたくてな。新聞で広告を出してもらえないだろうか」
「そういうことなら喜んで!! 会社に戻って話をつけてくるッス!!」
「うむ、頼んだぞ」
ルカの仕事も決まって、そろそろ解散……というムードが漂い始めた時、ラピアが一つ提案をする。
「そうだ、今夜はこの町でパレードがあるんですよね!! せっかくだからみんなで見ていきませんか!?」
その提案に、まずはルカが申し訳なさそうに応える。
「見たい気持ちは山々ッスけど……一番近い支社に行って仕事を片づけて、って考えると多分間に合わないッスね」
それに続いて、ナディも応える。
「あたしはまぁ、今からピロメロスに言って市長と話して……」
少し考えてから、言葉を続ける。
「間に合うかどうかわかんないし、今夜は二人で見りゃあいいんじゃないか」
「そうですか……残念ですが、仕方ありませんね」
結局、宿屋にはヴォルガーとラピアが残り、改めて解散となった。
「でも、二人っきりで見るのもいいですよね!! ヴォルガーくんも嬉しいでしょう?」
「ん? まぁ確かに、パレードは50年続く名物らしいから興味はあるな」
そんな会話をドア越しに聞きながら、ナディは思う。
(あたしも久しぶりに見に行くかな……半世紀ぶり、か)
屋根よりも高くから見下ろすパレードはきっと、今でも星々のように輝いているのだろう。
世界樹の杖をそっと抱きしめながら、ナディはそう思った。




