ep.12『追憶』⑬
「……まったく、ナディさんがいてくれて本当に助かった」
絡め取った蔦でなるべくキツく飛竜達を縛りながら、ヴォルガーは呟いた。
こうして近くで見れば、やはり飛竜としては小型といえど、大型犬程度の大きさはある。
ナディの種が無ければ、被害ゼロで食い止めるのは難しかっただろう。
「ヴォルガーさーん!! ラピアさーん!!」
数人の憲兵とともにやってきたのは、ルカであった。
「業者達も捕まったッスよ!! 飛竜が飛び出してきた出入り口に憲兵さん達が突入したんス!!」
「おお!! それは何よりだ!!」
様々な不安が杞憂に終わり、無事に解決した人身売買業者の捕り物。
だが、ヴォルガーには一つ解せないことがあった。
「しかし……この飛竜達はどうして突然町に飛び出してきたんだろうな」
「えっ」
***
ルカの案内をうけ、ヴォルガー・ラピア・ナディは捕らえられた業者に面会した。
縄に縛り上げられた業者達は、ヴォルガーに気がつくと憎々しく睨みつけた。
「ヴォルガーさん……!! くそっ、あのジジイ、せっかく競り落としたヴォルガーさんを即行で解放しやがって……おかげでこのザマだ!!」
「妙な逆恨みはよせ。777番さんは正しい選択をしたんだ」
「ところで」
と、ナディが業者達に尋ねる。
「あんたら、なんだってこんなに慌てて逃げ出したんだい。重犯罪とはいえ、あの街じゃ市長だってあんたらの悪事を見逃してたのに」
「……金がねぇんですよ」「いつ取り立てが来るかわかったもんじゃねぇ……」
業者の言い分は、ヴォルガーにとって純粋に衝撃であった。
「いや……俺を競りに出して100億も儲けたんだろう!? 他の出品もあったわけで……何故そんなに金が足りないんだ!?」
「ヴォルガーさんを捕まえるためにS級の冒険者を無期限24時間体制で108人も雇ったからもう全ッ然足りないんですよ!!」「諸々の経費も108倍!!!」「ヴォルガーさんを売れば1000億くらい入ってくると思ったのに……チクショウめッッ!!!」
「いくらなんでも試算がガバガバすぎるだろう!!??」
ヴォルガーの叫びを受けた業者の逆上は、むしろ理不尽にヒートアップする!!!
「こっちは社運を賭けてヴォルガーさんを売り飛ばしたんですよ!!??」
「社運を賭けて人身売買してんじゃねぇよタコッッ!!!」
「ナディさん、社運を賭けなくても人身売買はいけませんよ」
「そういう問題じゃねぇんだラピア!!!」
どれだけ狡猾な犯罪組織か、と気を張っていたナディは、その反動でハァ~と大きなため息を吐いてから、諭すように業者へ言う。
「とにかく、あれだ。そんだけの金が絡んだ話から逃げたんじゃ命を狙われる方が自然だな……。刑務所の方が安全だから大人しくパクられとけ」
「ぐぅ……そうします……」
憲兵に連れられてしょんぼりと去っていく業者達の背中を見つめながら、ヴォルガーは「あのガバガバな条件で依頼を受ける方も受ける方だなぁ……」と、しみじみ思うのであった。
***
憲兵が業者から押収した物品から、ヴォルガーは自分の荷物を受け取るための手続きを行う。
「これだけですか?」
ヴォルガーの話す条件に合う小さな革袋、それと衣服を持ってきた憲兵は、そんな素朴な疑問を口にする。
拉致され身ぐるみを剥がされたのだから、もっと沢山の荷物を持っているものだと思ったのだろう。
「ああ、それで間違いない」
「何か自分の所有物だと証明できるものはありますかね? 服の方はともかく、袋の中には」
「それなら、クレイオスで発行した証明書がある」
そう言ってヴォルガーは革袋の中から一枚の紙切れを取り出す。
そこには、その革袋の所有権をヴォルガー・フィルヴォルグが持つこと、第一王女リアトゥム・リム・アトゥムによる署名などが確かに記されていた。
「この革袋に王国の証明書が……? あ、いや、確かに確認しました」
「奇妙に思われるかもしれないが、これはクレイオスで開発された魔道具なのだ」
「なるほど、そういう事情が」
ヴォルガーは憲兵の提示する書類に署名し、無事に荷物を取り戻した。
「あの業者がこの革袋の価値に気がつかなくてよかったですね」
「うむ。場合によってはクレイオスにも迷惑をかけるところだった」
ヴォルガーはひとまず、受け取った衣類を畳んで革袋に詰め込む。
革袋の小さな外見から考えれば明らかな容量オーバーだが、衣類は何もひっかかることがなくスムーズに収納されていった。
収納したところで、ヴォルガーはふと思い出した。
「そうだ……ナディさん。師匠から預かっているものがあったんだ」
「あ、ああ。そういや言ってたな、そんなこと」
ナディは内心の緊張感を隠すように、なんでもないような口調でそう返す。
そして、ヴォルガーが革袋から取り出したのは、布で丁重にくるまれた棒状の何かであった。その長さは、1mくらいであろうか。
「これは……」
ヴォルガーから受け取ったナディは、開封する前からその正体に察するところがあるようであった。
逸る気持ちを抑えながらも、彼女がその封を解くと中から現れたのは、一本の杖であった。
黒々とした数本の樹が絡み合い、その枝で翡翠色の宝玉を捕らえているかのような杖。明らかに、それは魔法制御のための杖であった。
「魔法の杖ッスか? なんか凄そうッスね!」
ルカが発したのは至極シンプルな感想であったが、しかし誰もが共感できる所感であるだろう。
魔法の杖といえば、人の手によって削りだして棒状に加工され、そして後から宝玉をはめ込まれるのが一般的だ。
ラピアがダンジョンで使ったのもそのタイプであった。
しかしナディが手にしている杖は、伸びた枝が自然と宝玉を掴むように育てられ、作られたものだ。
今にも青々とした葉を茂らせるのでは、と思えるほどの生命力がこの杖には宿っていた。
「師匠は、以前に壊してしまったものを修理した……と言っていたな」
「えっ、この杖が壊れてたんですか? 一体何が……?」
ラピアから見れば、そう簡単に壊れるような代物とは思えなかった。
こぼれた素朴な疑問に対して、ナディは静かに語り始めた。
「……これが壊れたのは、言ってしまえばあたしのおっちょこちょいなんだけどさ」




