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ep.12『追憶』⑧

「めぼしいもんも無くなって、再開発の時に安全優先で封鎖しちまったけどな」


 市民の暮らしに溶け込んだ公民館の地下室――その平凡な情景とは全く不釣り合いな、未知の暗闇が壁の向こうには広がっていた。

 もっともその暗闇は、過去の冒険者達にとっては既知のものに成り果てていたのだろうが。


「なんと、こんな仕掛けが……!?」

「デカい荷物を抱えてこっそり逃げ出したなら、可能性が一番高いのはここだ。まったく、業者達はどうやって調べたんだか……」


 呆れたものか感心したものか、ナディはため息をついて暗闇の向こうを見る。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! これは大スクープッスよ!!!」


 ルカは興奮した様子でカメラを構えるが、ナディはそれを手で制する。


「機密情報。撮影禁止だよ」

「えぇ~……」

「ついでに言うが、ルカ、あんたは立ち入りも禁止だ。戦闘能力の無いやつを入らせるわけにはいかないんでね」

「ぐぅ……了解ッス……」


 惜しい気持ちをぐっと堪えて、ルカは大人しく引き下がった。


「あんたには別の仕事を任せるよ。この街には他にもダンジョンへの出入り口がある。逃げるのが目的ならこの街の出入り口を使うとは考えにくいけど……念のために市長に伝えといてくれ」

「なるほど……承ったッス!!」

「で、その後はディオニュシアに向かってくれ」

「へ、なんでッスか?」


 ディオニュシアといえば、ナディの暮らす森の近くに位置する、パレードを控えた町だ。今朝も、その町からリラ車を走らせてこのピロメロスへとやってきた。

 その町に戻ることにどんな意味があるのか、ルカには見当がつかなかった。


「ディオニュシアにも同じダンジョンの出入り口がある。ここと同じで、ダンジョン目当ての冒険者で栄えた町だからね」

「そんな秘密が……! つまり、ディオニュシアでも同じように出入り口を見張るように伝えればいいってことッスね」

「そういうこった。あたしの名前を出せば市長も動くはずだから、頼んだよ」


 ナディの指示を受けたルカと別れ、ヴォルガー・ラピア・ナディはダンジョンへと進んだ。

 地下深くへと続くダンジョンは、暗い闇に包まれている。

 ラピアは袋から、普段はあまり使わない杖を取り出してランタンのように明かりを灯す。

 杖の先についた宝玉、そこから放たれる輝きがヴォルガー達の行く先を照らした。

 ヴォルガー達の周囲を万全に照らしてくれる強い光でも、ダンジョンの深さを露わにすることはできない。


「ひゃぁ~……先は真っ暗ですね。ディオニュシアに到着する頃には明日の朝になってたりしませんか?」

「散々攻略し尽くされたダンジョンだ。最短ルートを通り過ぎるだけなら大してかからないさ、安心しな」


 勝手知ったる、という雰囲気のナディに先導してもらい、一同は潜っていく。


「そういえば、ナディさんは研究のためにこのダンジョンに来てたんですよね。盤古さんとの共同研究に、ここで取れるアルミナヨモギという薬草が必要だったと読んだことがあります」

「……よく勉強してるね。もう一世紀前になるか」


 ナディは少し、トーンの落ちた声でそう返した。


「その話は俺もソスラン……道場の同期に教えてもらったことがある。確か、元々は霊脈結晶化症の治療に使っていたという話だったか」

「そうだね。あいつも……あんたの師匠の盤古も、それであたしのところに来たんだったな」

「それも聞いたことがある……あるが」


 ヴォルガーは改めて、ナディに向き直って尋ねる。


「よければ、ナディさんの目線で見たことを教えてはもらえないだろうか。師匠とはあまり、そういう話をする機会が無かったものでな」


 両親を失った後のヴォルガーにとって、師匠は事実上の保護者だった。

 しかし、ヴォルガーはあくまでも大勢いる門下生の一人。

 もっと個人的な話をしたかった……という思いは、師匠が逝去してからますます強くなっていた。


「……まぁ、暇つぶしには丁度いいか」


 そう言って、ナディはポツポツと語り始める。

 ヴォルガーの師匠である開天盤古が、彼女の前に現れた時のことを。


***


 あれは、この世界に何人目かの魔王が侵攻してきた時期だったね。

 盤古とあたしが開天法を開発するより前、魔族との戦いは今以上に命がけだった。

 素の身体能力じゃパワーもスピードもまるで違う。根本的に、生き物として向こうの方が遙かに強くできてたんだ。

 それなのに、魔族ときたら知能まで高いときてやがる。

 魔物並の身体能力に人類並の知能――この世のものとは思えない、悪夢みたいな生き物だったよ。異世界から来ているわけだから、実際この世のものではないんだけどね。


 それだけ知能が高い相手となれば、どうしても戦い方も魔物とは変わってくる。

 安全を確保しながら攻撃する『狩り』じゃあなくて、『白兵戦』の必要に迫られた。

 1対1でも互角に剣を交えることのできる戦士がどうしても必要になった。

 だから、クソ重い装備に詰め込めるだけの魔力を詰め込んで無理矢理動かすのがあの頃の基本戦術だったね。

 鎧が動いてるのか人間が動いてるのかわからない状態だったから……それで魔族に対抗できるパワーを出せても、中の人間はボロボロさ。


 しかも、そんな装備ですら用意できる数には限りがある。

 膨大な魔力に耐えられる素材も、魔力を正確に詰め込める術師も、魔力を損なわずに製造できる鍛冶屋も、全く需要に追いついていなかった。

 勇者の持ってる暴食の霊剣グレイヴ・オブ・グラトニーみたいな神器(ヴィクティマ)が無かったらあっという間に侵略されてただろうね。


 ……あいつがあたしの前に現れたのは、そんな混迷期だった。

 どこで調べてきたのか、人里離れたあたしの家を突き止めてきてね。


「人類が魔族からこの世界を守り続けるには、身一つだけで戦えるだけの力を手に入れる必要がある。不躾な要求で申し訳ないが、どうかワシの研究に力を貸してもらいたい」


 初対面のあたしに、そんな一方的な思想をぶつけてきやがった。

 当時のあいつは若干20歳……随分と失礼な若造だと思ったよ。


「あたしはこれでも、この業界じゃあちったぁ名の通った魔法使いなんだ。『治癒魔法』の創始者だからね」

「無論、存じておる」

「で、あたしみたいな大物魔導師なら自分の理想もお手軽に実現してくれると思ったのかい?」

「そうではない。ワシは身体能力を向上させる方法を求めて様々な魔法……特に治癒魔法について調べたが、貴女の考案した霊脈結晶化症の治療方法が最もその実現に近いと考えた」

「ふぅん……勘所はわかってるってわけか」


 満更ただの思いつきでもないようだから、とりあえず研究資料だけは見てやったんだ。どれだけ不出来か指摘してやりゃ眼が覚めると思ってね。


「……素人にしちゃあちゃんと勉強してるね。あくまで、素人にしては。でもね、『身一つで魔族と戦う方法』なんざ、あんたより先に大勢の学者が研究してんだよ。当たり前の話さ。それでもさっぱり実現できないから人類は未だに劣勢に立たされてる。どうして素人のあんたで実現できると思うんだい?」


 ……なじられてしょげてくれりゃあ楽だったんだが、あいつの瞳はまるで輝きを失わなかった。

 真っ直ぐに、あたしを見続けていた。


「幾人もの偉大な研究者が未だに辿り着けていないことは当然承知しておる。格闘家であるワシが、研究者として先人達に及ばないことも改めて言うまでもない。しかし、ワシにはこの鋼の肉体がある。これを実験台として使えば研究は進むはずだ」

「……無謀な挑戦は一人でやってほしいもんだけどねぇ」


 説得するより現実を思い知らせた方が手っ取り早いと思って、あたしはしばらく研究に付き合ってやることにしたわけだ。

 結果を言えば、思い知らされたのはあたしの方だったけどね。

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