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ep.12『追憶』①

「この街も懐かしいだろ? あの頃、研究のために何度か来たの覚えてるか?」


 祭の夜。

 パレードを待つ見物客の喧噪から少し離れた場所で、ナディは隣を歩く開天盤古に尋ねた。


「もちろん覚えているとも。ここに同行してもらったのもそうだが……あの頃は随分と世話になった」

「まぁ、結果オーライさ。あの時の苦労のおかげで、どれだけの人類が救われたかわかったもんじゃないからね」


 50年前と変わらず若く美しいままのナディと違って、盤古はすっかり白髪と皺が目立つようになった。

 エルフのほとんどがフロンティアに移住してからおよそ四世紀半。事情を知らない者が見れば、お爺さんと孫娘が並んでいるように見えるだろう。

 ただ、盤古の肉体は相変わらず筋骨隆々で背筋の曲がることもなく、およそ70歳とは思えない逞しさであった。

 先に死んでいった、かつて共に戦った勇者達の今際の際を思い出すと、ナディには盤古の年齢が尚更信じられなかった。


「しかし、ここまで来るとパレードは見えんのでは?」

「心配すんなって」


 路地裏に未舗装の地面を見つけると、ナディは種を一粒取り出す。


「なるほど、その手があったか」

「これも懐かしいだろ」


 ナディが人差し指で種を押し込むと、土に埋まった種はみるみるうちに地面に根を張り、その茎を太く長く伸ばしていく。

 その太さ・長さは元の種からは想像もつかない、一本の樹のようであった。この巨体は、そのままナディの魔力の膨大さを示していた。


「行くか」


 盤古はあの頃と同じようにナディに手を伸ばした。


「……ああ」


 そして、ナディも同じように手を取った。

 50年経っても変わらずに盤古の手を取れることが、ナディには幸せだった。

 しかし、直に触れてみるとわかってしまう。逞しい肉体を維持している盤古にも確実に『老い』は訪れているということが。

 常人であっても触れた肌の質感でわかることが、ヒーラーであるナディにはその体の内側、全身を巡る魔力まで老いていることがわかってしまう。

 人間は、たったの50年でここまで衰える。

 百も承知のはずの事実が、ナディにとってはたまらなく悲しかった。

 そんな感情はなるべく面に出さず、ナディは盤古のエスコートで茎から伸びる巨大な葉に腰掛けた。

 二人が腰掛けた後も太い茎はぐんぐんと伸び続け、屋根を越える高さとなった。

 ナディと盤古は、二人だけの特等席から大通りを眺める。

 光と音楽を携えたパレードが、遠くに小さく見えた。

 星々が瞬く夜空の下、地上に光るそれは負けず劣らず美しい星のように見えた。

 屋根よりも高くに作られた特等席から見下ろさなければ観測の出来ない、特別な光景だった。


「丁度去年来た時に始まったんだけどさ、いかにも金のかかりそうな祭だし……まぁ精々10年くらいで終わるだろうと思ってさ。せっかくだし、終わりまで見逃さないようにこの近くの森に住んでんだ」

「はははっ。案外、この祭の方がナディより長生きするかもしれんぞ」

「どうなんだろうねぇ。この祭は市長の肝いりの企画だけど、無駄遣いだなんだと批判も多いらしくてね」

「ブロンズエイジが始まって以来、8000年以上続く祭も世の中にはあるわけだろう? この祭がそうならんとも限らんぞ」

「そうなったら、そん時ゃ素直に褒めてやるかね」


 盤古は遠くのパレードが近づいてくるのを見つめていたが、ナディの視線はそわそわと、パレードと彼の横顔を行ったり来たりしていた。


「……ワシももうこの歳だ。残りの人生は後進の育成に専念しようと思うてな。道場を開くことにした」

「……ようやく冒険者を廃業して落ち着くわけだ。お疲れさん」


 50まで続けられるのも稀な稼業を、盤古は70まで続けた。

 もっとも、老いてからは戦いそのものよりも、前線に立ち手本として教えることが主目的にはなっていたが。


「だから、ナディが誘ってくれなければこんな祭を見物する機会ももう無かったろうな。ありがとう」

「そりゃまぁ……よかったよ」


 ナディは盤古の、こうと決めたら真っ直ぐに突き進む性格をよく理解している。

 だから、残りの人生を後進育成に捧げると決めたら本当に全てを捧げることも想像がついた。


「……しかし、あれだね。あんたって結局、まだ結婚はしてないんだね。一緒に戦ったあいつらもそうだったし……人間ってのはやたらと結婚するもんだと思ってたけど」

「ああ。ワシには縁のない話だからな」


 朗らかにそう返す盤古の声が、ナディには苦しかった。


「あんたほどの英雄、縁談の話も山ほどあったろうにね」

「どうもワシには、政治的な価値があったらしいからな。国や貴族からの申し出もあったが……やはり、国や家のために結婚するのがいいこととは思えんな。それで相手の人生を縛るのは忍びない」


 断ってきた数々の縁談の中に、本気で盤古に惚れていた娘がどれだけいたことか。苦笑い混じりで語るこの男は未だに気づいていないのだろうな、と思うとナディの心にどうしようもない苦々しさが淀んだ。

 それでも、もう少し踏み出したかった。

 少しでも糸口を掴もうとナディは必死に手繰り寄せた。


「でも……中にはそりゃ、本気であんたに惚れてるやつもいたんじゃないか?」


 口には出したが、盤古がどう答えるかナディには容易に予測がついた。


「だとしたら、尚更応えるわけにはいかんな。打算を擦り合わせるよりも余程申し訳が立たない」


 それは、予想通りの言葉だった。

 50年前ナディの家を突然訪れたときから変わらず、ひたすら真っ直ぐな人間の言葉だった。


「……だろうね。うん、あんたらしいよ」


 パレードは進み、次第にその姿は大きく明確になっていく。

 地上に輝いていた星々は、魔法により作られた光のパフォーマンスへと変わっていく。

 喧噪から離れ、並んでパレードを眺めるナディと盤古。

 二人の間には、少し手を伸ばすだけで埋まるほどの距離があった。

 その距離が、これ以上に縮まることはなかった。

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