ep.11『競売』⑨
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戦いの後、ヴォルガーは病院で治療を受けた。
富裕層の集まるこの街の医者は確かな腕を持っていたが、戦闘員の治療は専門外であり、一気に全快とはいかなかった。
「私がいれば完璧に治せたんですけどね……」
「あ、ああ、うん……」
唐突に話しかけてきたイマジナリーラピアに、ヴォルガーは驚きつつも返事をした。
とりあえず、本物のラピアに合流しなければならない。
急にいなくなったことを謝って……謝って……うーん……。
「こらっ! ちゃんと謝らなくちゃダメですよ! 本物の私だってビックリしてるに決まってますからね!!」
「わかった! わかったから!!」
「何がわかったんじゃ?」
イマジナリーラピアの説教に割り込んで話しかけてきたのは、777番――闇オークションでヴォルガーを落札した老紳士であった。
「あ、いや……なんでもない、こちらの話だ」
「ふむ。わかったといえば、こっちにもわかったことがあるぞい。結界が破れた原因じゃ」
「そうか! 一体、何が原因だったんだ?」
「結界や、この街の装置ではなく……そもそも、万橡の泉からの魔力供給が不安定になっているようなんじゃ」
「……やはり、か」
魔王軍が万橡の泉を占拠しても、その影響がわかりやすく現れることは今まで無かった。
市井にはそれを楽観視する人間も多かったが、魔王軍と直に戦ったヴォルガーのような人間の予想は異なっていた。
万橡の泉は、この世界で最大の資源だ。
占拠したところでその影響が目に見えて現れるには時間がかかる、ただそれだけなのではないか……その予想は、残念ながら正解だったようだ。
「どうやら、君の言った通りのようじゃ。君はこの街に縛り付けていい人間ではない」
そういって777番は、ヴォルガーの胸につけられた拘束具の錠前に鍵を差し込み、そして解放した。
ガシャリ、という音ともに拘束具は床へと落ち、ヴォルガーは完全に解放された。
「……いいのか?」
「ヒョヒョッ! 金だけはある連中の集まった街じゃ! 君が心配せんでも腕のいい守衛はいくらでも雇えるわい!!」
「そうか……それなら、よかった」
「ただ……」
777番は、一呼吸置いてヴォルガーに告げた。
「最後に一つだけ、一緒に来てほしい場所があるんじゃ」
それは、競り落とした持ち主としての命令ではなく、一人の人間としての純粋な頼みごとであった。
「……わかった、行こう」
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「……歩くのに不便なように見えるが、大丈夫なのか? やはり、俺が持った方が」
「いいんじゃいいんじゃ! ワシに持たせてくれ!!」
小柄な体躯の777番は、その顔が見えなくなるほどの大きな花束を抱えてヴォルガーの隣を歩いていた。
まるで、赤い花々に脚が生えたような光景であった。
「それにしても……すごいボリュームの花束だな」
「ヒョヒョッ! 妻はなかなか細かい女でな、去年より一本でも花が少ないと機嫌を損ねてしまうんじゃよ!!」
777番は、道中で奥さんとの思い出をヴォルガーにいくつも聞かせてくれた。
貧乏だった時代、奮発して連れて行った高級レストランでの失敗。
事業に成功するまでプロポーズはしない、と意地を張っていたら怒られたこと。
経営が軌道に乗った頃の、忙しなくも充実した日々。
ワガママに育った長男の教育に苦労したこと。
そして、立派に成長した長男に経営を渡した日のこと。
素直に喜べるような思い出ばかりではなかったが、それを語る777番の表情は幸せに満ちていた。
家族を愛し、仕事に情熱を注いだ一人の男の人生――そのエピソードを聞いた末に辿り着いたのは、一つの墓だった。
「……この人は」
「ワシの妻じゃよ」
777番は、静かに眠る妻に両腕いっぱいに抱えた赤い花束を捧げた。
「会社の経営を長男に任せた後、今まで忙しかった分を取り返すようにワシと妻は世界旅行に出かけた。旅行先は危険なモンスターも少ない、安全な地域のはずじゃったが……魔王軍侵攻の影響で、普段はいないような凶暴なモンスターに出くわしてな……」
「そんな、ことが……」
それは、この時代にはありふれた悲劇だった。
多くの人間が、予想だにしなかったモンスターに襲われ、大切な人を亡くしていた。
家族を喪ったヴォルガーもまた、その一人であった。
ヴォルガーは777番の隣にしゃがみ、両手を合わせて静かに祈りを捧げる。
……ふと、777番の頬を一滴の涙が伝った。
「妻は君のようなSEXYな男の子が大好物じゃった……。じゃから、君を競り落とせば喜んでくれると思ったんじゃ……」
「そうだったのか……!」
私利私欲だと思いこんでいた落札には、亡き妻への深く大きな愛情があった。
ヴォルガーは自らの偏見を恥じた。
しかし……その行動を全肯定もできなかった。
「だが……777番さん! あんな手段で手に入れた贈り物では、きっと奥さんも喜ばない!!」
「いいや喜ぶ!! 妻はそういう女じゃった!!!」
「そっ、そうか……」
そこまで強く断言されては、返す言葉もなかった。
「……さて、ワシものんびりとはしてられん」
777番は、曲がった腰をゆっくりと立ち上げる。
「借金返済のためにまた働かんとなぁ!!」
「……借金?」
オークションのために100億という大金を注ぎこんだ大富豪の777番に、借金があるとは夢にも思わなかった。
「君を競り落とすために抱えた借金じゃ!! 50億は自分の資産じゃが、残りの50億は新しい事業を始めるといって銀行から融資を受けていたんじゃあ!!!」
「……え゛っ!!?? う、嘘をついて銀行から50億の融資をォ!!?? それって死ぬほどまずいことじゃないか!!??」
「ヒョーッヒョッヒョッヒョ!! 大丈夫じゃあ!!!」
「そっ、そうか……」
そこまで強く断言されては、返す言葉もなかった。
「それじゃあ、世界の平和を頼んだぞい!! きっと天国の妻も、君のSEXYな活躍を期待しておるぞい!!」
「……ああ!!」
ヴォルガーは777番と固い握手を交わすと、墓地を去っていった。
≪続く≫




