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ep.2 『爆弾』④

***


「大丈夫か? あの魔族は倒したぞ」


 ヴォルガーは、ワーウルフから逃げていた剣士に声をかけた。

 全力で走っていたその男は、息も絶え絶えに木にもたれかかっていた。


「いや……本当に、助かったよ……」

「礼はいい。それより早く治療しよう」


 剣士は腕を怪我していたが、その出血はなかなかに激しい。

 その状態で、本来身体能力で敵わないはずのワーウルフから全力で逃げ回る……魔力と体力の消耗も間違いなく大きいはずだ。

 放置していては命に関わる、とヴォルガーは判断した。


「薬がある。これで治そう」


 ヴォルガーは小袋から、愛用の軟膏を取り出す。

 円柱型の小さな容器に入った、一見何の変哲もない軟膏だ。

 しかし、そのラベルを見て剣士は驚きの声をあげた。


「その薬……まさか不死鳥(フェニックス)の涙か!!?」

「ああ」

「いや、そ、そんな高級なもの……!」

「高級な分、よく効く。毎日使っている俺が保証しよう」


 不死鳥(フェニックス)の涙――名前から分かる通り、原材料に不死鳥を使用した塗り薬だ。

 不死鳥を使った薬はいくつかあるが、『不死鳥(フェニックス)の涙』はその中でもトップクラスの稀少品。免許が無ければ扱えないような劇薬を除けば、薬としては間違いなく最高級といえた。

 ヴォルガーは剣士の袖を引きちぎると、容器を開けて軟膏を指ですくい、傷口に塗りたくった。


不死鳥(フェニックス)の治癒力は覿面だ。このくらいの傷なら一瞬で癒える」

「か、かたじけねぇ……」


 不死鳥を原料とした様々な薬の中でも、『不死鳥(フェニックス)の涙』が最高級とされるのには訳がある。

 配合されている部位が、不死鳥の心臓だからだ。

 この世界に生きるあらゆる生命体の中で、最も優れた生命力を誇る魔物・不死鳥。

 その生命力を支える最も重要な臓器が心臓であることは言うまでもない。

 不死鳥の心臓、その莫大な生命力を宿した『不死鳥(フェニックス)の涙』はあらゆる傷をたちどころに回復させてしまう。

 ヴォルガーは常日頃から、この『不死鳥(フェニックス)の涙』を使って乳首を開発していた。

 ヴォルガーの乳首が艶々とした美しいピンク色と極めて良好な感度であるのを見れば、『不死鳥(フェニックス)の涙』がどれほど強い効力を持っているかは一目瞭然である。


「す、すげぇ……!! もう傷口も見えねぇ……!!」


 深く切られていた傷口が瞬く間に塞がり、そして痛みも一気に引いていった。

 薬が傷口に染みるような痺れすらなく、元通り、いやそれ以上の状態になったと確信できる感覚がある。

 剣士は驚き、喜び、効き目の強さを確かめるように腕をグルグルと回した。

 怪我が治るどころか、出血とともに失った活力まで取り戻していた。

 とはいえ、塗り薬で取り戻せる体力・魔力には限度がある。

 ヴォルガーは袋から取り出したポーションを渡して飲ませた。


「いや、本当に助かった……どうお礼をしたものか……」

「礼はいい。それより一体どうしたんだ、こんな夜中に」

「俺はあの村の依頼を受けたんだが、魔物達の動きがどうも気になってな」

「魔物達の動き……?」

「魔物がやたらと多いってだけじゃなくて、なんというか、人が近づくのをやけに嫌っているというか……そんな風に見えてな。調べてるうちに魔族まで出てきやがった」

「なるほど……わかった。俺の方でも調べてみよう。貴方は村に帰って警戒を呼びかけてくれ」

「ああ……。あんたのような実力者に言うことでもないが、気をつけてくれ」


 剣士は立ち上がると、


「村に戻ったら一杯奢らせてくれ!」


 そう言って、剣士は去っていった。


(村に戻ったら、か……)


 ヴォルガーはその村から……ラピアから、逃げ出したばかりだった。

 状況を考えれば、ある程度調査した後はヴォルガー自身も村に戻った方がいいような気はした。

 しかし、村に帰ればラピアがいる。

 ヴォルガーの心には、やはりラピアに対する警戒心があった。

 何か、こう……具体的にはわからないけど、男の子として大切な何かの危機が訪れるような……そんな予感がしてならなかった。

 ラピアはヒーラーとしては世界最高峰だが、武という面では専門家ではない。

 戦えば間違いなく勝てるはずの、小柄で細い身体の彼女がヴォルガーは何故か恐ろしくてたまらなかった。

 ああ見えて、自分より三つも年上だからだろうか?


 そんなことを考えながら歩いていると、にわかに腕がじんじんと疼き出す。

 先程、ワーウルフに切られた傷だ。

 あの剣士と違って、大した怪我はしていない。

 しかし、感染症の危険などを考えれば治しておくべきだろう。

 ヴォルガーは不死鳥の涙を少量指ですくって塗る。

 するとやはり、傷はたちどころに癒えていく。


(ある程度のダメージなら自分で治療できる。ラピアさんに頼らなくても……)


 そんな風に考えを巡らすヴォルガーを、聞き慣れた声が現実に引き戻す。


「ヴォルガーくんっ!!」


 声の主の方を振り返ってみると、そこにいるのは紛れもなく、見慣れた小柄なシルエット……。

 紺色の修道服と銀髪が月明かりに照らされ、赤い瞳が薄闇に浮かぶ――ラピアだ。


「ひぃっ!!?」


 思わずヴォルガーは情けない声をあげる。

 森をガムシャラに駆け抜けた自分を、何故彼女はピンポイントで追いかけてこられたのか!?

 彼が全力疾走すれば今からでも逃げ切ることはできる。

 できるが、そういう理屈では解決できない恐怖心が彼の中にはあった。


「らっ、ラピアさん! 何故ここに!?」


 ヴォルガーの絞り出した疑問に、ぜーぜーと息を切らしたラピアは妙に焦ったような態度で答える。


「魔力を感じたんです!」

「なっ!?」


(つまり俺は、逃げられない……!?)


 絶望的な結論に震えるヴォルガー。

 しかし、ラピアの態度は彼の予想とは食い違っていた。


「時間がありません! 一緒に来てください!」

「……!? わ、わかった!」


 妙に真剣なその態度に、ヴォルガーは二つ返事で同行を了承する。

 彼女はヴォルガーがシャワーを浴びていると必死にドアを開けようとして興奮のあまり鞭で叩き回すなど異常な行動を取ることもあるが、今回は違う。

 そう思える信頼が、確かにあった。

 二人は、共に魔王の討伐を目指す同志だ。

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