ep.11『競売』①
兄弟子から教わった紅茶の腕を、ヴォルガーは密かに自慢に思っていた。
固く閉じた茶葉が開くよう、勢いをつけ円を描くようにお湯を注ぐ。茶葉によって違うベストな蒸らし時間も、修業時代から幾度となく煎れて心得ていた。
旅の途中に森で煎れる紅茶だ。本当は事前にポットやカップもお湯で温めておきたいところだが、無闇に水を消費するのは憚られた。
いつも通りに、紅茶に染みこませるように角砂糖を沈め、溶かすと、ラピアの傍らの小さなテーブルにそっと置く。
ラピアはというと、礼も言わず紅茶に少し口をつけ、そして作業に戻る。
礼儀を忘れたからではない。それほどまでに集中しているからだ。
小さな金具を指先で摘んで、じっと静かに撫でるラピア。
以前聞いたところによると、昔から続けているヒーラーとしての修行の一環らしい。
小さなパーツに圧縮した魔力を注ぎ込み、防具を作っているのだ。
本来の許容量以上の魔力を保持した防具は強力だが、失敗すれば魔力量に耐えきれなかったパーツは壊れ、魔力も霧散する。
その際はパーツを修復してから再度圧縮した魔力を注ぎ込む……その繰り返しを、もう10年以上続けているのだという。
(もっとも、ラピアが失敗したところをヴォルガーは見たことはなかったが)
一緒に旅をしてきてすっかり見慣れた光景で、ヴォルガーは気にもとめなかった。
しかし、この日は少しばかり様子が違った。
ラピアは少しずつ飲んでいた紅茶を急に飲み干すと、金具全体をせわしなく、それでいて丁寧に撫で始めた。
作業自体には慣れていたヴォルガーもこれにはギョッとした。ラピアの動作からは、何か鬼気迫るものを感じた。
と、思いきや突然すっ……と動作が止まり、金具をきゅっと強く摘んでじっと目をつぶる……。
何かを祈るように強く念じている、それしかヴォルガーにはわからない状態で長いような短いような時間が経ち……
「完成しました!!」
そう言ってラピアは、喜んで飛び跳ねるように立ち上がった。
多量の魔力を封じ込めた金具を、勲章のように高々と掲げている。
「あ! ヴォルガーくん、紅茶ありがとうございました!!」
「ああ、それはいいんだが、その金具はどんな防具になるんだ?」
ラピアは金具を高く上げたまま、目を輝かせて解説を始める。
「これはですね――」
解説を始める……その瞬間、
「キーーーッ!!!」
と、素早い影が飛んできたかと思うと、瞬く間に金具を奪われた!!
「……あれ?」
ラピアが状況を認識した頃には、素早い影――一羽の鳥は既に高くへ飛び上がっていた!!
「あっ、あーっ!!! なんでこんな!!! もーっ!!!」
非情なバッドタイミングにラピアがプンプンと怒る横で、ヴォルガーはじっと鳥の行く先を見つめる。
遠くへ飛び去られたら厄介だと思っていたが、幸運なことに鳥はヴォルガー達のすぐ傍に伸びる木の上に止まった。
どうやら、そこに鳥の巣があるようだった。
「あれだったら簡単に取れるな。行って来よう」
「あっ、だったら私も行きます! 魔力探知が必要になるかもですし!」
幸い、件の鳥は巣から動く様子はない。
ラピアはヴォルガーの背中におぶさり、そしてヴォルガーは木登りを始める。
彼さえその気になれば一瞬で登り切れるが、下手な動きをして鳥を刺激するのは避けたかった。
そろり、そろり……とヴォルガーは静かに木を登る。
そして高い木の頂上付近で、お目当ての巣を見つけた。
「くわっ!?」
ヴォルガーとラピアの出現に驚き、羽根を広げて固まる鳥。
暴れ始めたら面倒だと思っていたが、ヴォルガーに怯えて動きが止まったのは好都合であった。
改めて見てみれば、この鳥は体表を金属に覆われた魔物――アライカントであった。
そして、巣の素材になっているのも全て金属だ。どこかで人間が落としたような金具も混ざってはいるが、主な素材は明らかに『鋼の樹』の枝であった。
「珍しいな、普通の木にアライカントが巣を作るなんて」
アライカントは本来、鋼の木に巣を作る生き物である。だから巣の素材は、生息する木の枝で事足りるはずであった。
よくよく見れば、その巣は密度が低い。作りかけなのか、破損したのか。
いずれにせよ、素材を集めていたのも納得がいく心許なさだ。
「住んでいた木から追い出されたのかもしれませんね……。心苦しいですが……」
アライカントはくちばしの高熱で金属を溶かして巣を作るが、ラピアが魔力を込めた金具は当然溶けていない。
ラピアがそっと手を伸ばすと……そこで気がついた。
怯えて固まりながら羽根を広げるアライカント、その羽根の後ろに三羽の雛鳥がいた。
まだ体表を鉄に覆われていない、柔らかな雛鳥。そのうちの一羽は、羽根に傷を負っていた。
傷の具合から推察するに、他の鳥から突っつかれて負った怪我だろう。
まだ痛みは残っているらしく、縮こまって小刻みに震えていた。
ただ怯えて固まっているだけに見えたアライカントは、必死に子供を守ろうとする親鳥だったのだ。
「……これも一つのお導きでしょうね」
ラピアは庇おうとする親鳥の羽根をかいくぐり、雛鳥の傷にそっと触れる。
すると、たちまちその傷は癒えていく。
痛みが引いたおかげだろう。雛鳥はぴよぴよと嬉しげに鳴くが、親鳥は何が起きたかわからずきょろきょろするばかりだ。
「この金具は返してもらいますが……予備が少し残ってます」
ラピアは魔力を込めた金具を手に取ると、代わりに袋から取り出した数個の金具を巣に置く。
せっかくの好意だが、親鳥はまだ怯えと警戒を解こうとはしない。
しかし、怪我の治った雛鳥は相変わらずぴよぴよと嬉しそうに鳴いていた。
「それじゃあヴォルガーくん、降りましょうか」
「ああ、そうだな」
ラピアが雛鳥に手を振って笑いかけると、ヴォルガーはゆっくりと木から降り始めた。




