ep.10 『死神』前半
謁見を許された七天将キルデイルは、玉座の魔王アゥリマに対して恭しく頭を垂れた。
「面を上げ、用件を述べよ。キルデイル」
キルデイルは、重々しい声の主に面を向ける。
キルデイルの視線の先にいる魔王アゥリマは、頭から伸びる太く雄々しい一対の角を除けば、そのシルエットは人間に近いものであった。
様々な生態を持つ魔族の中で、その人間に近いシルエットは、むしろ人間との差異を明確に浮かび上がらせる。
キルデイルも魔族の中では極めて人間に近い姿をしているが、魔王アゥリマはキルデイルの二倍以上の体躯を持っていた。
筋骨隆々の巨体、全身を包む漆黒の鎧、その隙間から見える毒々しい紫色の肌――『力』と『恐怖』を具現化したかのような禍々しい姿がそこにはあった。
「私がここへ来たのは他でもありません。我々の目的である『万橡の泉』からの魔力の奪取をより確実にする提案のためです」
強大な力を持つ主に対し、キルデイルは物怖じもせずに進言を始めた。
キルデイルが仰向けにした掌からは青い炎が燃えさかる。そして、その炎から空間に一つの図が立体的に浮かび上がった。これから提案するシステムを図案化したものである。
「概要を申し上げれば、『万橡の泉』と我々七天将との繋がりが途切れるような不具合が発生したときの保険です。魔力に自走可能な形を与えることで、泉の完全な支配が不可能になった場合でも――」
「要するに貴様は、敗北を前提にことを進めようというのだな?」
言葉を遮って投げられた指摘は、間違いではなかった。
キルデイルは、七天将の全敗を危惧してこの計画を立案した。
既に魔王軍幹部である七天将は、七人のうち三人を勇者達によって葬られているのだ。
七人全員が敗北したとき、この計画はどうなるのか?
たとえ七天将が全滅したとしても、魔王アゥリマが勇者達に負ける姿をキルデイルは想像できない。
しかし『万橡の泉』の支配が進行する前に七天将が死んだのであれば、たとえその後にアゥリマが勝とうと計画としては失敗だ。
そうなれば……魔界の滅亡を避ける術も無くなってしまう。
それがキルデイルの回避したい危惧である。
だから、アゥリマの指摘は間違いではない。間違いではないが、それでキルデイルが動揺することはなかった。
アゥリマの強硬姿勢はとうの昔に――魔界で『秩の魔王』の軍勢を滅ぼし、魔界を統一した時にわかっている。
「貴様らが人間どもに勝てば何も問題はあるまい。何故負けた時のことを考えるのだ」
「いえいえ……滅相もございません」
はっきり言ってしまえば、キルデイルはアゥリマの強硬姿勢に辟易していた。
今回の侵略は、武力で押せば達成できるようなものではない。
なにせ、魔王軍の幹部である七天将全員が万橡の泉に縛られているのだ。例外は亜空間で繋げた、魔王城のこの一室だけ。
そして、肝心の魔王アゥリマも魔界とこの世界を繋ぐ魔王城から離れることができない。
魔力を生み出す万橡の泉はこの世界にとって、海や太陽を超える重要な資源――これだけの制限が無ければ、奪うことなど不可能だった。
むしろ、この『緩い』条件で奪う手段を開発した自分を褒めてほしいくらいだ、とキルデイルは考えている。
もしも魔王軍全員が自由に動ければ、こちらの勝利は固かっただろう。
個人個人の実力を鑑みれば、勇者達を初めとした人類の実力者を確実に超えている。
それだけの優位がこちらにあるのは間違いない。
しかし、魔界の寿命を伸ばすことを目的にする限り、その『もしも』は実現不可能なのだ。
――ましてや、今の七天将には信用ならないヤツもいる。
だから、負けたときの保険は考えなければならない。
この正論を魔王アゥリマは聞き入れない。キルデイルは口八丁で意見を通すプランを用意してあった。
「力を示せ。敗北は一切認めぬ。我が貴様らに下す命令はそれのみだ」
「お言葉ですが魔王様、私が申し上げたいのはシステムの脆弱性について――」
と、キルデイルの弁明を遮ったものは魔王の言葉ではなかった。
白銀に輝く鋭利な刃が、キルデイルの首筋に突きつけられていた。
それは、命を刈り取る死神の鎌。
「おやおや、キルデイルさん……反逆ですか?」
黒い装束に身を包んだ死神は、不気味に笑う。
「……ザルトシュルト」
「ええ、信頼すべき魔王軍の同士、死神ザルトシュルトにございます」




