ep.9『同窓』後半 ④
――だからこそヴォルガーは『ここだ』と感じた。
腹に拳を叩き込んだソスランが追撃に入るその時、ヴォルガーは力のままに膝を高く上げた。
『ヴォルガーがここから蹴りに入る、その前に僕の攻撃が届く』そう計算したソスランの追撃は止まらない。
しかし、ヴォルガーの足が破壊したのは……ソスランではなく、地盤であった。
ドォォォォォォォン!!!!
「!!!」
ヴォルガーの蹴撃を食らい、石造りの地面が脆くも崩れ去り、大小の礫が宙に舞い上がる。
ソスランの体さえも、跳ね上がった床とともに浮かび上がった。
ここが神殿の最下層でなければ、確実に下へと突き抜けていたレベルの衝撃。
足場が崩れるとともに、ソスランの計算も狂った。
掴んだはずの流れが、手からこぼれ落ちた。
「っったァァァッッッ!!!」
次の瞬間、ソスランの首はヴォルガーの蹴撃に狩られていた。
「が……ッッ!!」
脳を揺さぶる激しい衝撃。
物理的な揺さぶりに連動してかき乱されるソスランの思考力。
それが回復する間もなく、ヴォルガーの追撃は襲いかかった。
このタイミング、ソスランが流れを失ったこのタイミングだからこそ仕掛けられる大技が。
脚に狩られて重力に引っ張られたソスランの体、その両腕を掴み、その背に膝を叩き込み――ヴォルガーの全威力で落とされたソスランが、その勢いのままに地面へと墜落する!!!
「屍之烙印!!」
「っっっっ……!!!」
最早悲鳴をあげることすら叶わない程のダメージ。
ソスランの眼鏡が粉々に砕けると同時に、勝負の決着はついた。
「――昔のお前であれば、ここからでも立ち上がれたはずだ。僅かでもダメージを避ける術を見つけて……」
大切なものを失っていた盟友を、ヴォルガーは悲しく見下ろした。
「……そっちも、終わったところだったか」
破れた結界の向こうから、オグニが歩いてくる。
その肩には、ぐったりと気絶した四人の盗賊を担いで。
「こっちもこの状態だ。ここで憲兵が来るのを待った方がいいかもしれねぇな」
「……そうだな、それがいいかもしれん」
オグニは肩に担いでいた盗賊達を下ろし、ヴォルガーの隣に腰を下ろす。
「……そいつも、起こしてやるか? こんな状況だが、せっかくの同窓会だ」
「……そうだな」
ヴォルガーは地面に突っ伏したソスランを仰向けにし、血塗れになった顔面に不死鳥の涙を塗りたくってやる。
赤い血が軟膏の白で薄まってしばらくした頃……
「……ガハッ」
咳とともに血を吐き出したソスランは、意識を取り戻した。
「よぉ、目ぇ覚めたか」
「……どうだろうな。俺にはもう、自分の判断が信じられん」
「そうだな。それは正しい判断だ」
ソスランは天井を見つめたまま、二人に尋ねる。
「……どうして君達は、ここにいたんだ?」
「俺が居合わせたのは偶然だ。魔王を討伐する旅の途中で、たまたま通りかかった」
「そうか……そうだよな。ヴォルガーは魔王軍と戦っているんだものな……」
一呼吸置いて、バツが悪そうにオグニも語る。
「俺はさ、結婚したんだよ」
「……えっ」
「だから近くの村に住んでる。もうすぐ子供だって産まれる」
「……そうか、そんなことが」
ソスランの頭に浮かんだ言葉は、喉でせき止められて霧消した。
「すまない……本当なら、祝いの言葉を贈るべきだが……」
「そうだな。こんな状況じゃなきゃ祝儀もふんだくってるのによぉ」
「……なぁ、ソスラン」
ヴォルガーはソスランに問いかける。
問いかけたところでオグニに昨晩聞いた話と変わらないかもしれないが、それでも本人から聞きたかった。
「お前に一体、何があったんだ」
「……僕は、知らなかったんだ」
真面目で博学なソスランは、色々なことを知っていた。
年上の同期として、ヴォルガーに多様な知識を与えてくれた。
そんな彼にも、知らないことはあった。
「道場を出て、自由になるまで、僕は知らなかった……。僕が、僕自身がどんなにだらしない人間だったのか、どれだけ幸福感に飢えていたのか、どこまで流されやすいのか……」
そう語るソスランの瞳には、後悔と涙が滲んでいた。
「……ったく、借金くらい俺が肩代わりしてやったのによ」
「……馬鹿なことを言うなよオグニ。その金は、家族のために使ってやらなくちゃダメだろ」
「……ああ、そうだな。その通りだ。相変わらず、お前の言うことは正しいよ」
ただ、沈黙が流れた。
昔のように、笑い話でこの沈黙を破ることができたらどんなに素晴らしいか。
しかし、現実に沈黙を破ったのは、いくつもの足音であった。
「ヴォルガーくん!!」
多数の憲兵を引き連れてやってきたラピアが、ヴォルガーの元に駆け寄る。
「俺は後で大丈夫だ。まず、こいつを治してやってくれ」
「……はい」
ラピアは満身創痍のソスランに治癒魔法をかけ始める。
「待ってください、拘束を――」
「逃げねぇよ」
回復と同時に逃げ出したら、と危惧した憲兵をオグニが制止する。
「大丈夫だ、こいつは逃げねぇ」
オグニの言う通り、ソスランは治療が終わっても一切逃げる素振りは見せなかった。
そしてソスランは、盗賊団とともに連行されていく。
「わりぃ……ここで少し休ませてくれ」
オグニは憲兵にそう言った。




