ep.2 『爆弾』③
***
「うぅ……妙に疲れた……」
奇祭が終わった後の静けさの中、ぐったりとしたヴォルガーがバスルームから出てきた。
普段であれば彼を癒した乳首開発も、この日ばかりは更なる疲労に繋がった。
「もーっ! どうして開けてくれないんですか!」
「どうして開けようとするんだ!」
「まったく! 私もシャワーを浴びてくるのでヴォルガー君はスタンバイしててください!」
「何のだ!?」
いけずなヴォルガーにぷりぷりと怒りながら、ラピアは交代でバスルームへと入っていく。
入っていく前に……ドアに手をかけたまま、少し立ち止まった。
そして、妙にしおらしい表情でヴォルガーに向き直る。
「……どうしたんだ?」
感情の動きがまるで読めず、ヴォルガーは訊ねた。
ラピアは、もじもじと恥ずかしそうに答える。
「あ、あの、ヴォルガー君に限って大丈夫だとは思うんですが、その……覗いたりしないでくださいね……?」
ヴォルガーの心に、稲妻に撃たれたような衝撃が走った。
「おまっ、お前……そういった情緒を持っているなら、さっきまで俺にやっていたことは一体なんなんだ……?」
ヴォルガーの頭の中の『ある程度の知識や常識』が、むしろラピアへの理解を遠ざけた。
先程までの狂乱から一転して純真な顔を見せるラピアの態度は、ヴォルガーにとってあまりにもチグハグで矛盾の固まりであった。
「え、どういう意味ですか……?」
何を理解できないのかが理解できない、といった反応でラピアはバスルームに消えていく。
何も理解ができぬまま、呆然と彼女を見送ったヴォルガーの視界に飛び込んできたものは……
鞭で叩きのめされ、傷だらけになった無惨なドアの姿だった。
「ひっ、ヒィィッ!!」
怯えるヴォルガーは一も二もなく窓から飛び出した!!!
ガシャーン!!!!
窓ガラスをまき散らしながら、三階から地上へと墜ちていくヴォルガー!!!
危なげなく着地すると、その勢いのまま全力疾走で森を駆け抜ける!!!
(わからん!!! もう何もわからんがとにかくラピアさんは恐ろしい人だ!!! それだけは確かだからまずは逃げるッッッ!!!!)
***
冷静な判断やプランがあって逃げ出したわけではない。
本能的な何かしらの危機に怯えて逃げ出したヴォルガーは、何も考えずにとにかく走った。
そんな彼の思考を、突然届いた悲鳴が現実へと引き戻した。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
中年の男と思われる声。
恐らく魔物に襲われているのだろう、と判断して声の方に足を向けるヴォルガー……その耳に、別の声が届いた。
「待ちやがれ!! こそこそ嗅ぎ回りやがって!!」
襲っていたのは魔物ではなく、盗賊か何かだったのか?
正体をわかりかねたまま声のする方に向かうと、そこにいたのは――二足歩行で、鋭い爪を光らせたワーウルフ。
魔物のような姿だが、人語を話すことのできる生き物……つまりは、魔族。
魔界からやってきた魔王の配下だ。
(こんな土地に、魔王軍が……?)
その土地に似つかわしくないほど強力・凶暴な魔物が発生するのは昨今よくあることだが、魔族が出張るのは何かしらの思惑が無ければ考えられないことだ。
その理由はわからないが、今は逃げている男――装備から察するに、剣士のようだった。怪我をしているらしく、腕を庇いながら走っていた――を助けることが最優先だ。
ヴォルガーはワーウルフに向けて、鋭い殺気を放った。
「!?」
ワーウルフは本能的な警戒心でヴォルガーの存在を察知する。
そして、ヴォルガーに襲いかかった。
「誰だァ!! そこにいる人間は!!!」
目にも留まらぬスピードで飛びかかり、月明かりに光る鋭い爪をヴォルガーに立てる。
そして、その爪はヴォルガーの腕を確かに切り裂いた。
ヴォルガーは腕に傷を負い、血を流しながら……見知らぬ剣士が逃げていくのを確かめた。
「ッらぁ!!!」
ワーウルフの爪が、再びヴォルガーに襲いかかる。
振り上げられた右手、その爪が光り、そしてヴォルガーに向けて振り下ろされる。
ヴォルガーはその軌道を見切り、振り下ろされる五本の指――そのうちの中指を、根本からがっしりと掴んだ。
「なっ!?」
ワーウルフは驚くが、対処の暇は与えられない。
「はぁッ!!!」
ヴォルガーが掴んだ指を引っ張ると、ワーウルフは攻撃の威力、勢いの分だけ思い切りバランスを崩した。
ヴォルガーは指を掴んだままワーウルフの後ろに回り、そして首根っこを掴まえて問いかける。
「魔族が直接出向くとは、一体何が目的だ!? 言え!」
言わないのであれば、殺す……その意志を言外に伝えるように、ヴォルガーは首を掴む手に力を込める。
その金剛力は、ワーウルフの骨をミシミシと軋ませる。
「……人間の脅しが魔族に通用するかよッ!」
そう凄むとワーウルフは、ヴォルガーに掴まれていない左手の爪を立てる。
「!!?」
背後から捕らえている以上、その手がヴォルガーに届くことはない。
しかし、直接届かなくとも通じる技が来ないとは限らない。
ヴォルガーが警戒を強める中、ワーウルフは……その鋭い刃で、自らの胸を貫いた。
「ぐぅ……ッッ!!」
断末魔の呻き声をあげ、血を吐いてワーウルフは絶命した。
「……」
ヴォルガーはゆっくりと、その死骸を地面に下ろす。
この魔族の言ったことはある種もっともで、ヴォルガーの知る限り魔族はどんな形であれ人間と交渉するということはない。言葉を交わす知性があっても、互いの意思を擦り合わせるようなコミュニケーションをとることはない。
つまり、脅しも通用することは無い。
殺すか、殺されるかの二択しか無い。
ヴォルガーは、魔族の骸へ静かに手を合わせる。




